100 失くしたくない
「
ソフィーは
サンキエムは傷を恐れて舌を引っ込めるようなことはしなかった。水の刃はそのまま、舌を切り裂いた。張り詰めていた舌が力の行き場を失い、宙に放り出される。その切り口からは、インクのような黒い液体が流れ落ちる。
舌を辿ってソフィーに迫っていた
ソフィーはそれも水の刃で切り裂いた。蠍の胴体が真っ二つになる。
「
サンキエムはすぐさま新しい
「無駄だよ。どれだけ
懐に入ってこようとするサンキエムを、ソフィーは
しなやかに鞭のように舞う舌を掻い潜って、サンキエムはソフィーに迫る。
「ねえ、人間は壊れるとどうなるの?
ソフィーは体をねじって突き出される短剣をかわす。そのねじった勢いで、
びしぃっと鋭い音がして、サンキエムの腕に舌が打ち付けられる。それでもサンキエムは動きを止めなかった。
「僕、お前のことが大嫌いだ! お前が壊れるところが見たいよ! ねえ、壊しちゃって良いよね? お前はセティエムの
「させない!」
サンキエムが短剣を握っている右手、その手首にソフィーが放った
ソフィーはサンキエムの顔を見下ろす。
「わたしはセティの……セティエム・グリモワールの
真っ直ぐなソフィーの視線に、サンキエムは嘲笑を返す。
「傲慢! 人間がグリモワールシリーズの
サンキエムは空いている左手で、
ソフィーはその右手を掴んで、短剣が自分の体に届かないように力を入れる。手首をひねって、短剣の向きを変えようとする。
サンキエムは押し込むのを諦めて、少しだけ引くと、短剣を跳ね上げた。ソフィーは咄嗟に顎を持ち上げて切先をかわす。ウェーブがかった茶色の髪が、幾筋か宙に舞い、吹雪まじりの風に吹き飛ばされた。
ソフィーが一歩退がる。サンキエムが一歩踏み込む。短剣はソフィーの首を狙って横に動く。冷たい風を切り裂く。ソフィーはさらに退がってそれを避ける。
「だってわたしはセティの
ソフィーが
雪に刺さった短剣を、サンキエムは蹴飛ばす。飛んできた短剣を、
「わたしは諦めない! あなたにも負けない!」
今、ソフィーにあるのは強い意思だった。サンキエムに負けたくないというそれだけではない。いろんな感情が、気持ちが、ソフィーの中にあった。
セティの
それから
それらは全て、今のソフィーを形作る大切なものだった。そのどれも、失くしたくない、諦めたくない。
サンキエムはそんなソフィーの大切なものを全て否定した。だからソフィーは、負けたくなかった。負けるわけにはいかなかった。
「人間なんか、大っ嫌いだ……」
サンキエムの声はうめくようだった。
「そうね。わたしもあなたのことは嫌い。それでも……あなたという
「欺瞞だ」
「なんとでも言えば良い! わたしは諦めないから!」
そのとき、
サンキエムの体から力が抜ける。すっかり雪が消えた石の床に、膝をついた。
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