99 吹雪の中の戦い

 空の上で、リオンの乗った疾風の大鷲ゲール・イーグル凍刃の二足翼竜ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエがぶつかり合う。

 お互いが生み出す風がぶつかり合って、周囲は嵐のようにめちゃくちゃに風が吹き荒れていた。その風の中、大鷲イーグル二足翼竜ワイバーンはどちらも譲ることなく、空の王者は自分であると知らしめるように羽ばたいていた。

 大鷲イーグルの風が二足翼竜ワイバーンの翼を邪魔すれば、二足翼竜ワイバーンの風が大鷲イーグルの羽根を散らす。散った羽根は吹雪とともに、吹き荒れる風に乗って宙を舞った。


(大丈夫、この傷は表面だけだ)


 大鷲イーグルの背で、リオンは落ち着いて状況を見据える。二足翼竜ワイバーンの体は大鷲イーグルより一回り大きい。力も強く速い。

 それでもリオンは、二足翼竜ワイバーンの動きをなんとか押さえることに成功していた。

 大鷲イーグルの生み出す風を二足翼竜ワイバーンが生み出す吹雪にぶつけて、その威力を受けないようにすること。それから、その鋭い鉤爪の攻撃をかわすこと。

 そうやって翻弄しながら、二足翼竜ワイバーンへの反撃の機会を伺っていた。


(どうやって攻撃する……どうやったら動きを止められる)


 主張してくる足の痛みを頭の外に追いやって、リオンは二足翼竜ワイバーンへの攻撃を考える。

 鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインの棘は、この嵐のような風の中では二足翼竜ワイバーンには届かない。届いたとしても、小さすぎる。よほど良い位置に刺さらなければ、二足翼竜ワイバーンを傷つけることはできないだろう。


大鷲イーグルの鉤爪で二足翼竜ワイバーンの喉を捉まえられるか?)


 迫ってくる二足翼竜ワイバーンの鉤爪を避けて、大鷲イーグルは舞い上がる。今度は大鷲イーグルが急降下して二足翼竜ワイバーンに迫る。

 二足翼竜ワイバーンは吹雪を生み出して、大鷲イーグルと距離をとった。空中で、お互いに風をまとって睨み合う。

 吹雪で視界が悪い中、リオンは視線をちらと地上に向けた。そこではセティがセティの写しコピーと槍をぶつけ合っている。


(せめてセティくらいの武器があれば……)


 リオンは目を細めてセティの様子を見て、またすぐに二足翼竜ワイバーンに目を向けた。二足翼竜ワイバーンがその大きな体で迫ってくる。

 大鷲イーグルは風を生み出してその勢いを弱め、体を斜めにして二足翼竜ワイバーンを避ける。


(そうか、武器か……)


 リオンはもう一度、地上を見た。白い雪の上で戦う、黒い染みのような二冊。その姿を捉えて、頭の中で動きを組み立てる。


   ◆


 セティはセティの写しコピーと槍を打ち合わせていた。二冊とも、どちらも譲ることはない。

 さっきまでは音迷の跳鳴虫グリヨン・ドゥ・リリュゾン・ソノールの知識で写しコピーを翻弄するセティがわずかに有利に立っていたが、それも凍刃の二足翼竜ウィヴェルヌ・フォルジェ・パル・レ・グラシエが開かれるまでのこと。今は吹き荒れる吹雪の音にかき消されて最初ほどの効果を出せなくなっていた。

 吹雪で視界が悪くなっているのも、足元が雪で動きにくいのも、力を出しきれない理由だった。もっとも、それは写しコピーも同じことで、今も動きにくそうに雪を踏みしめている。

 その二冊の輪郭が、吹雪の中でぼんやりと光って曖昧になる。限界が近いことは、お互いにわかっていた。それでも、攻撃する手を止めることはできない。

 セティが踏み出して槍を突き出せば写しコピーは体をひねってかわし、写しコピーが槍を振り回せばセティはそれを槍で受け止める。そんな攻防がもうずっと続いていた。

 真っ黒い髪に白い雪の塊がくっついては、動きに合わせて散ってゆく。

 不意に、風が強くなって、二冊は膝を曲げて体を沈めた。吹き付ける雪に腕で顔を覆う。動きを止めた二冊の頭上すれすれを大鷲イーグルが飛ぶ。


「セティ! お前が二足翼竜ワイバーンをやれ!」


 リオンの声に、セティは顔をあげる。大鷲イーグルの背に乗ったリオンと目が合う。その一瞬で、セティはリオンの期待を理解した。

 低く飛ぶ大鷲イーグルを追いかけて、二足翼竜ワイバーンも地上に迫ってくる。その鉤爪を避けた大鷲イーグルは、空中で旋回してまた低く飛ぶ。一度上昇した二足翼竜ワイバーンもまた、首を地上に向けた。


(つまり、二足翼竜ワイバーンが地上に降りてきたところを攻撃しろってことか)


 写しコピーの相手をしながら、二足翼竜ワイバーンの相手もしろと、リオンは言っている。それでもセティは無茶だと思わなかった。

 きっと自分ならできると、そう感じた。

 大鷲イーグル二足翼竜ワイバーンが地上に近くなって、風もより強くなった。セティと写しコピーのさらさらとした黒い髪が、風になぶられて乱れ舞う。

 写しコピーが足を踏み出す。槍の穂先がセティに届く。それをセティはぎりぎりでかわした。

 大鷲イーグルがまた頭上を飛ぶ。それに合わせてセティは踏み込んで槍を突き出す。写しコピーは槍を引いて、その柄でセティの槍を弾いた。セティはさらに踏み込む。

 吹雪が強くなる。二足翼竜ワイバーン大鷲イーグルを狙って地上に降りてくる。吹き付ける風に、写しコピーは膝を曲げて姿勢を低くした。

 セティは雪を蹴って、その写しコピーの肩を踏んだ。写しコピーの体を踏み台にして、より高く跳ぶ。

 地上へ向かって滑空してくる二足翼竜ワイバーン、その鉤爪を大鷲イーグルはかわす。そして、大鷲イーグルの影からセティが、二足翼竜ワイバーンの腹を狙って槍を突き上げた。


雷光の羊ムトン・エクレル!」


 トドメとばかりに、槍を通して雷を流し込む。

 二足翼竜ワイバーンは首をもたげ、咆哮した。傷口から、黒い液体が吹き出す。

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