59 偽物の中の本物

碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」

鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパイン!」


 たくさんのクラゲに囲まれて、ソフィーもリオンもそれぞれに応戦していたが、それも限界があった。数に圧倒され、追い詰められてゆく。


「リオン、セティと合流しましょう!」

「ああ。向こうまで行くのが大変だけどな」


 リオンは近づいてきたクラゲを針を飛ばして仕留めた。けれど、鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインは一回針を飛ばすと、次の針を準備するまでに時間がかかる。連射できないせいで、数の多いクラゲ相手には苦戦していた。

 次のクラゲが伸ばしてくる口腕を避けられず、絡みつかれてその痛みに思わず声を漏らす。

 リオンは顔をしかめながら、腕に絡みついてきたクラゲを引き剥がす。そのクラゲは光になって消えていった。腕は少し痛かったが、跡も何も残らない。偽物なのだと思えば、どうってことない。

 ソフィーはクレムとジェイバーの悲鳴が聞こえた方──セティが駆けていった方を見た。濃い霧と、その中に浮かぶクラゲの集団。


「行きましょう。はぐれないようにだけ気をつけて」

「できるだけ声出しながら行く」


 ソフィーは水で作った針で、進行方向にいるクラゲを何体か消した。元の数を考えるとあまり意味のない数ではあったけど、覚悟を決めるための儀式のようなものだった。

 そして、二人で霧の中を駆け出す。

 当然たくさんのクラゲをしのぎきることはできない。二人の腕に、足に、クラゲは口腕を伸ばして絡みつく。

 本物ではない。痛いような気がしているだけ。そうわかっていても、その刺激に反射的に声を漏らしてしまう。

 けれど、二人が濃い霧の中ではぐれずに済んだのは、その声のおかげもあった。お互いの呻く声を頼りに、二人は痛みをこらえて進む。

 やがて、霧の向こうに明かりが見えた。それは暖かく揺らめいて、ソフィーとリオンを招いているようだった。

 それはきっとセティの炎の蝶フレイム・バタフライだ、とソフィーは直感した。


「セティ! そこにいるの!?」


 ソフィーの問いかけに、明かりはより一層大きく揺らめいた。そして、一呼吸の後に応えが返ってくる。


「ソフィー! リオンも一緒か!?」

「俺も一緒だ!」


 ソフィーとリオンは足を早める。濃い霧の中、そこだけぽっかりと空間が空いていた。

 空間の中心にはクレムとジェイバーがいる。そして、たくさんの炎の蝶フレイム・バタフライが周囲を飛び回っている。

 クラゲは、炎の蝶フレイム・バタフライに近づかないようだった。それで、炎の蝶フレイム・バタフライが飛んでいるその周囲には、クラゲも霧もない。

 セティは自分の身長よりも長い白銀の槍を持って、それを振り回していた。たくさんのクラゲがそれで消えたけれど、それでもクラゲの数は減っているように見えない。

 もしかしたら、こうやっている間にもトワジエムの虚構フィクションの知識で増えているのかもしれなかった。

 ソフィーは首筋に絡んでいたクラゲを剥ぎ取ると、ほっと息をつく。


「良かった、無事で。セティ、勝手に行っちゃうから心配したんだ……か、ら……」


 ソフィーの声が途切れる。ソフィー自身にも意味がわからなかった。急にめまいがして、立っていられなくなった。くらりとして、その場にしゃがみ込む。

 それでもまだめまいは収まらずに、床に体を投げ出してしまった。


「ソフィー!?」


 自分の体に絡みついていたクラゲを引き剥がし終えたリオンが、慌ててソフィーに駆け寄る。

 セティは目を見開いて、その場に立ったままソフィーの姿を見ていた。


「あ、あ……何、これ……苦し……」


 息苦しさに、ソフィーは背中をのけぞらせた。顎をあげて、空気を求めて喘ぐ。

 そのとき、ソフィーの足に絡んでいたクラゲが、その口腕を解いてふわりと浮き上がり逃げ出した。

 リオンがはっとして鋼刺の山荒メタルソーン・ポーキュパインで狙ったときには、もうそのクラゲは霧の中に紛れてしまった後だった。


「今のが、本物だったんだ!」

「きっと……毒……」


 ソフィーの額には、嫌な汗が滲んでいた。それでも必死に、動こうと、喋ろうとする。


「何もしなくて良い!」


 ようやく、セティは動き出した。ソフィーに駆け寄ると、恐る恐るその額に触れる。汗でじっとりと濡れて、冷たかった。


「少し場所を移すぞ」


 リオンの指示で、セティは二人でソフィーの体を運んだ。クレムとジェイバーの前に。


「クレム、ソフィーのことを見ててくれ」


 セティの言葉に、クレムは不安そうな顔をした。


「俺、見てるしかできない……」

「それで良いから……俺は、一緒にいられないから」


 苦しげに浅い呼吸を繰り返すソフィー。セティはソフィーから視線をあげると、立ち上がって部屋の中に向けて振り返った。

 リオンも立ち上がって、霧の中を見る。


「さっきの本体。あれを見つけて壊せば、ソフィーの毒も消えると思う」


 セティの言葉に、リオンは頷いた。


「なんとかしてやろうぜ。ソフィーを助ける。あの子たちも。そしてみんなで書架ライブラリを出るんだ」

「当たり前だ!」


 セティは一角獣リコルヌの槍を構え、リオンも腕に山荒ポーキュパインを乗せて棘を準備する。

 どこからか、トワジエムの笑い声が響いた。



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