第十章 毒霧の海月(メデューズ・ドゥ・トキシック)
58 人を傷つける虚構(フィクション)
霧で視界が塞がれた中、クレムとジェイバーの悲鳴が聞こえる。それに被さって、トワジエムの笑い声が響いた。
「僕の
セティは唇を噛んで、クラゲの群れ、それがまとう霧の中に突っ込んでいった。
「セティ! 待って!」
ソフィーの制止の声に、霧の中から返事をする。
「俺は大丈夫だ!」
そして、ふわふわと漂いながら近づいてくるクラゲを気にせずにただ中を走る。一匹のクラゲが近づいてきて、その長い口腕でセティの肩に触れ、そして腕と首筋に絡みついた。
じくりとした痛みがセティの体を走る。セティは小さく呻き声を漏らしたけど、それでも走るのをやめなかった。
やがて、身を寄せ合ったクレムとジェイバーの姿が霧の中に見えてくる。クレムとジェイバーはそれぞれに、何匹ものクラゲに囲まれて、絡みつかれていた。
「こんなの、痛いだけだ!」
セティは二人に声をかける。両腕で頭を抱えていたクレムが視線をあげて、セティを見た。泣いて腕を振り回していたジェイバーも、動きを止めてセティを見た。
セティは二人の前で、自分に絡みついているクラゲを掴んで、引っ張った。口腕がちぎれて光になる。セティが掴んだクラゲの本体も、砕けたように光になって消えていった。
「ほら、これは偽物なんだ! 痛いような気がするだけなんだ! 傷も、何もない!」
「それでもこんなに痛い!」
ジェイバーが叫んだ。
セティは二人に近づいて、無造作にクラゲを掴んでは放っていった。二人に絡んでいたクラゲが、次々に光になって消えてゆく。
その間にも近づいてこようとするクラゲを、セティは振り返る。
「
大きくないだセティの手、その指先から無数の蝶が生まれる。蝶の炎は霧を晴らし、クラゲの動きを少しだけ遠ざけた。
クラゲを消すほどではないが、蝶に囲まれて守られた中に、クラゲたちは入ってこようとしなかった。
「もう大丈夫だ」
怒ったような声で、セティは二人にくっついたクラゲを引き剥がしてゆく。
「あ、あ……ありがとう……」
震える声で、クレムが言った。セティは最後の一匹を引っ張って、放り出して、それから瞬きをしてクレムを見た。
なんて応えていいかわからずに、視線をうろうろさせて、それから唇を尖らせた。
「俺が勝手にやったことだから、別に……」
クレムは涙がにじんでいた目元を袖で乱暴にこすると、改めてセティを見た。
「それでも、嬉しかった。セティにそのつもりはなくても、助けてもらえて嬉しいよ」
セティを見て、クレムは笑った。まだ全然安心できる状況じゃない。近づいてこないとはいえ周囲にはクラゲの大群がいる。毒のこともある。
だから、クレムの笑顔は泣きそうで、ぐしゃっとなっていた。それでもクレムは、セティに向かって笑おうとしていた。
その姿を見て、セティは少しだけ安心する。
クレムの隣でジェイバーが、へなへなと床にへたり込んだ。
「もう、無理だ……俺たちはここで死ぬんだ……」
べそべそと、ジェイバーは涙を流していた。クレムがジェイバーを見下ろして、怒る。
「勝手に俺まで死ぬことにするなよ! 俺は生き残ってやるんだ!」
「だって、こんなの、無理だ」
「無理じゃない!」
セティも怒って大声を出す。
「無理じゃない! 誰も死なずに
ジェイバーを睨んだ後、セティは二人に背を向けて、改めてクラゲたちに向き合った。部屋の中はたくさんのクラゲと霧で、相変わらず視界が悪い。
そこへ、笑みを含んだトワジエムの声が響く。
「ああ、言い忘れてた。このクラゲ、中に本物が混ざってるから気をつけてね。本物に絡まれたら痛いだけじゃ済まないから」
痛いだけじゃどう済まないのか、トワジエムは話さなかった。名前の通りに
(さらに毒……)
どんな毒かわからないのは厄介だった。死ぬような毒なのか、
(考えても仕方ない。少しでも数を減らせば……!)
「
セティの目の前に、
自分の身長よりも長い槍を、セティは構えた。そして突き出す。
クラゲを一匹仕留めた。光になって消える。どうやら本物ではなさそうだった。
近くにいたクラゲを一気に薙ぎ払う。クラゲの消える姿が光の軌跡になる。
それでもクラゲはまだ、部屋中に漂っている。数が減っているのかもわからない。こうしている間にも増えているのかもしれない。
「……っ!」
セティは長い槍を振り回す。無数のクラゲが巻き込まれて消えてゆく。けれど、全ては
セティの後ろで、クレムとジェイバーは
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