第九章 劫火の不死鳥(フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス)

53 トワジエム・グリモワール

 扉を開いた先は、どうってことのない石積みの部屋だった。

 そしてそこに、長い銀髪の男が立っていた。造り物めいた顔、白い肌。すらりとした立ち姿は、ソフィーと同じくらいの年頃に見えた。

 その後ろ、壁際に子供が二人座っていた。クレムとジェイバーの二人だった。


「あれが、クレムとジェイバーだ」


 セティの言葉に、ソフィーとリオンは頷いた。

 銀髪の男は、セティたちの姿を見て、嬉しそうに透き通った青い瞳を見開いた。それからクレムとジェイバーの方を振り向いて、大きく腰を曲げると二人の顔を順番に覗き込む。


「ねえ、君たちが言っていた『セティ』って彼のことだよね?」


 クレムは泣きそうな顔で唇を噛み締めて男を見上げていた。ジェイバーは怯えた顔で何度も頷く。


「良かった。やっぱり君たちが言うセティは、僕が探してたセティエムのことであってたよ」


 ふふっと笑うと、銀髪の男はくるりと振り向いた。長い銀髪がふわりと広がる。


「じゃあ、君はここにいる人間たちと知り合いってことだよね、セティエム」

「それを聞いてどうするつもりだ。それに、お前は誰だ」


 銀髪の男は指を口元に当てて首を傾けた。その姿勢で少し考えてから、ようやく頷いて話を進める。


「それもそうか、名乗らなくっちゃね。僕の題名タイトルはトワジエム・グリモワール。セティエム・グリモワール、君の兄だよ。よろしくね」


 ふわりと優しげに、銀髪の男──トワジエムは笑った。


「セティエム、君に用があって兄さまに連れてきてって頼んだんだ。会えて嬉しいよ」


 ソフィーもリオンも、トワジエムの目的がわからずに動くことができずにいた。シジエムのように攻撃してでもセティを連れてゆくつもりなのか。それとも、さっきのドゥジエムのように、セティエムに何かするつもりはないのか。


(でも、彼はずっとセティを探していた。何か目的があるはず)


 ソフィーは警戒を緩めないまま、セティの後ろでトワジエムの様子を観察していた。リオンは何気ない様子でクレムとジェイバーの様子を観察する。駆け寄るタイミングを見計らっていた。


「なんの用だ」


 セティの言葉に、トワジエムはおっとりと首を傾けた。銀色の髪がサラサラと流れる。


「うん。姉さまにね、セティエムを連れてくるようにって言われてるんだ。だから、ずっと探していた。ようやくこうやって迎えにこれたよ。一緒に来てくれないかな」


 トワジエムの言葉は落ち着いていた。セティはゆっくりと首を振った。


「駄目だ。俺はソフィーやリオンと一緒にいたいんだ。だから、お前と一緒には行かない」


 きっぱりとしたセティの拒絶に、トワジエムは困ったように眉を寄せた。


「断られちゃったか……困ったなあ。どうしようかなあ」


 そんなことを言いながら、トワジエムは口元に指を当てた。そうやって少しの間考える様子を見せていたけれど、不意にその指先をクレムとジェイバーの方に向けた。


「そういえばね、この二人にはさっき毒を飲んでもらったんだ」


 ひぅ、とジェイバーが声を漏らした。その反応を楽しむように、トワジエムがふふっと笑う。


「早く解毒しないと、死んじゃうかもね、この人間たち。さ、セティエム、どうする? 僕と一緒に来てくれる気になった?」

「毒……」


 セティは目を見開いてクレムとジェイバーを見た。二人とも顔色が悪い。ジェイバーはがたがたと震えている。

 トワジエムはあくまで穏やかに微笑んでいた。セティはトワジエムを睨む。


「俺が……お前と一緒に行くって言えば、二人の毒はどうなる?」

「解毒の方法はあるよ」

「もし、もしも……一緒に行かないって言ったら……?」

「毒で死ぬのと、書架ライブラリから出るの、どっちが先だろうね」

「いやだっ! 助けてくれ!」


 ジェイバーが叫ぶ。それをクレムが止めた。


「叫んでもどうにもならないんだ、黙ってろよ」

「だって、だって……こんなことで、こんなふうに死ぬなんて、思ってなかったんだ。こんなの……こんな……書架ライブラリなんて来るんじゃなかった」

「今そんなこと言ったって仕方ないだろ、黙ってろよ!」


 クレムがジェイバーを叱りつける。ジェイバーは涙を流して、「うぅ」と呻くように泣き出した。クレムが気まずそうに「泣くなよ」と声をかける。

 その様子を見たセティは、動揺して視線を揺らした。トワジエムはクレムやジェイバーの様子を気にすることもなく、あるいは楽しんでいるかのように、微笑みを崩していなかった。

 相変わらず穏やかなまま、首を傾けてセティを見ている。


(俺が行かないと、クレムとジェイバーは死ぬ……?)


 セティは唇を震わせてクレムとジェイバーを見た。ジェイバーは相変わらず泣いていて、クレムは泣いてこそいないが、不安と心配で顔色を悪くしていた。

 ふと、クレムの視線がセティに向いた。目が合って、クレムはくしゃくしゃっと顔を歪めた。泣きそうな──でも泣き出すことはなかった。そのまま無理矢理笑おうとして失敗したような、そんな顔だった。

 覚悟できないまま、セティはトワジエムを見た。


「俺がお前と一緒に行けば、二人は死なずに済むんだな?」


 トワジエムはにっこりと笑った。けれど、それよりも早く、リオンが会話に割って入った。


「待てよ。解毒の方法ってのはなんだ? 先に聞かせろ」


 ソフィーがセティの両肩に手を置いて、わずかに自分の方に引き寄せた。


「そうね。仮にセティが一緒に行くとしても、解毒が先」


 トワジエムは目を細めてリオンとソフィーを見た。


「時間がないって言ってるのに、人間って意外と冷静なんだね。それとも、死んでも構わないと思ってる?」


 煽りの言葉に、ジェイバーはまた「嫌だ」と声を漏らした。その声に、セティは動揺する。

 けれどソフィーもリオンも、うろたえることなくトワジエムを見ていた。譲らないという意思が、その態度に、視線に現れていた。

 トワジエムが笑い出す。


「仕方ないなあ。わかったよ、じゃあ先に解毒だ」


 造り物めいた白い指先で、一冊のブックを取り出す。


開けオープン劫火の不死鳥フェニクス・デュ・フー・ドゥ・アポカリプス



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る