38 セティの欲しいもの
オリヴィアの店を出て、セティはメインストリートに戻った。そこから下の層に向かいながら、並ぶ店を眺める。
セティの目的は
店頭に並ぶ、あるいはディスプレイされた装備品を見ては少し足を止め、眺めて、また歩き出す。それを繰り返して、やがて一軒の店の前でようやく気に入ったものを見つけることができた。
それは、多くの
革製で、色は黒。艶々と輝いて、とてもかっこよく見えた。
セティはそれを自分が装備しているところを想像する。
(うん、悪くない)
値段は一万二千。手元にはさっき手に入れた一万八千分の結晶がある。買える値段だ。
(これにしよう)
そう決めて手を伸ばしかけたとき、店の奥から店主の男が出てきた。そして出てくるなり、セティを怒鳴りつけた。
「こら! 売り物に触るんじゃない!」
セティはびくりと手を引いてから、自分に向かって怒鳴った男を見上げる。どうして怒られているのか、セティにはわからなかった。
「えっと、あの……俺、これを買いたくて」
セティの言葉に、店主の男は眉を寄せて胡散臭いものでも見るように、セティを見下ろした。
「子供が? うちの商品は
「お金ならある! 持ってる!」
「だいたい、
頭ごなしに怒鳴られて、買いたいという言葉も拒否されて、セティは目の奥がじんとした。悔しかった。それでも泣くのは嫌で、目元に力を入れて、ぎゅっと店主を睨み上げる。
「こ、子供扱いするな! 俺だって
店主はセティの姿を頭から爪先まで眺め回して、それから「はん」と笑った。それっきりだった。
セティにはもう、その店で買い物しようという気持ちはなかった。それでも悔しくて悔しくて、だからちょっとくらいなら
それでも、ソフィーに言われた「マナー違反」という言葉を思い出して、我慢した。
「じゃあ、もう良い。こんな店、二度とくるもんか!」
セティは涙をこらえたまま、くるりと向きを変えて、その店先から離れた。足元の少し先の地面を睨みつけて、早足で人混みを歩く。
(子供扱いされた! 馬鹿にされた! 買い物できなかった!)
奥歯を噛み締めて、ぎゅっと力を入れて、涙をこらえる。あまりに頭にきていたから、最初はそれが自分を呼び止めているのだと気づかなかった。
「おい、お前さ、ちょっと待てよ、待てったら」
何度目かでようやく、その声が自分を追いかけてくることに気づいた。そして、自分が声をかけられていると思い至って、立ち止まる。
振り向いたら、セティよりも少しだけ背の高い少年が、そこにいた。セティと目が合って、ほっとしたように笑う。くすんだ金髪に、そばかす顔の愛嬌のある顔をしていた。
「ああ、ようやく止まってもらえた」
「えっと……なんの用だ?」
戸惑うセティに、少年は安心させるように笑う。
「お前さ、さっきの店で
思いがけない提案に、セティは瞬きをした。
「お前の……父さんの店?」
「そう。ただ、俺の父ちゃんは修理屋だから、新品はないんだ。中古品ばっかり。それでも良ければ、案内するけど、どうだ?」
「中古品、てどういうことだ?」
「あー……つまりさ」
少年はちょっと考えてから言葉を続けた。
「誰かが使って、でももう使わないってものを修理して、綺麗にして、売ってるんだ。新品より安上がりだし、その割に良い品物もあるんだぜ。とにかく、一回見に来いよ、な?」
セティは戸惑って、ちょっと考えた。さっき断られたことを思い出すと、自分でまた知らない店を探して入ってみようという気持ちにはなれなかった。
子供扱いされないなら、良いかもしれない。そう思って頷いた。
「じゃあ、行っても良い」
セティの言葉に、少年はへへっと笑って喜んだ。
「良かった。じゃあ、お前は父ちゃんの店のお客さんだな。案内するから、ついてきなよ」
少年はくるりと回れ右をすると、歩き出した。すぐに振り返って、セティがついてくるかを確認する。それでセティも、歩き出した。
「俺はクレムっていうんだ。お前は?」
「……セティ」
「そっか。セティ、よろしくな」
クレムと名乗った少年は、愛嬌のある顔でにやりと笑った。戸惑うセティは何も返せない。それを気にすることもない様子で、喋り続けていた。
「さっきの店で
セティはこくりと頷いた。
「本当だ」
「じゃあ、
クレムの言葉に、
一人前の
(少しだけなら……でも)
ソフィーは「マナー違反」と言っていた。セティが知識を使ったと知れば、きっとソフィーは怒るだろう。
(別に、ソフィーに怒られるのが怖いわけじゃない。でも)
ソフィーが怒ったり悲しんだりすることを考えると、胸がざわざわと落ち着かなくなる。それは嫌だな、と思った。
目の前のクレムという少年の期待に応えないでがっかりされるよりも、ずっと、嫌だと感じた。
だから、セティは首を振った。
「街なかで
「へえ、そういうところしっかりしてるんだ。すげえな」
クレムの賞賛の言葉は、セティにとっては意外だった。落胆されるかもしれない、と思っていたから、セティは気分が良くなった。
少なくとも、さっき子供だからと店を追い出されたことは、もうすっかりどうでも良くなっていた。
セティは歩きながら、顎をあげて胸を張った。
「それはまあ、当然だ。
「すげえ、子供でも
子供扱いされたのは少し気に入らなかったけれど、クレムの案内にセティはすっかり機嫌を取り戻していた。
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