37 仕事の対価
大きなすり鉢状の穴、その側面を削って作られた
その
セティ以外にもちらほらと人通りが見える。オリヴィアの店はそんな先にあった。
相変わらず看板も何もなく、扉にかかった「開店中」と書かれた札が、かろうじてそこが何かの店だと主張していた。
セティは腰に手を当てて胸を張って、ドアと対峙する。
(どうってことない。一人でも問題ないじゃないか)
満足げに一人頷いてから、セティはドアに手をかけた。扉を開くと、かろんと柔らかなドアチャイムの音が響く。
「はーい、いらっしゃいませ! あ、セティくん……と、ソフィーは?」
店の奥からオリヴィアが出てきて、大きな丸い緑の瞳でセティを見る。オリヴィアはあまり背が高くない──といってもセティよりは高いけど、それでも向き合っても威圧感が少ないから、セティも落ち着いて話すことができる。
「今日は一人で来た」
「え、大丈夫なの? ソフィーはこのこと知ってるの?」
「ソフィーに頼まれたんだ」
セティはちょっと自慢げに顎をあげると、カウンターに近づいて、ポケットから
一冊、二冊、三冊。
「おつかいってこと?」
くりくりとした目でオリヴィアが首を傾ける。セティはむっと唇を尖らせた。
「子供扱いするな。ソフィーに使われてるわけじゃない。単に俺一人で来ただけだ」
睨み上げられて、オリヴィアは何度か瞬きをしてから明るく笑った。
「そっかそっか、わかったよ。じゃあ、これ預かるね。ソフィーに修復を頼んでた傷物だよね、これ」
セティはまだ訝しげにオリヴィアを見上げていたけれど、それでもこくりと頷いた。
「そうだ」
「確認するね」
オリヴィアは一冊一冊手にとって、顔に近づけて状態を確認する。四角い
「うん、ちゃんと修復できてる。いつもありがとう……って、ソフィーに伝えておいて」
オリヴィアの言葉に、セティはまたこくりと頷いた。
今オリヴィアが持っている
だから
ソフィーには「修復したお金でチョコレートを買うから」と言われて、修復を請け負った。だから、オリヴィアのお礼は本来はセティが受け取るものだった。
もちろん、オリヴィアには秘密だけれど。
それでもセティは悪い気がしなくて、なんだか少しくすぐったいような気分になっていた。
「支払いはいつもみたいに振り込みで大丈夫かな」
「あ、いや、直接くれ。このあと、買い物があるから」
セティの言葉にオリヴィアは快く頷いて、支払いを用意する。
あるいは、複雑な魔術で組み上げられたシステムによるクレジット管理。カードでのクレジット管理は人気があるが、使えない店もある。
「買い物かあ、なるほどね。何を買うの?」
「え、別に……なんで聞くんだ?」
「ただの世間話。言いたくないなら言わなくても構わないよ」
「言いたくないっていうか、別に……」
戸惑うセティにも、オリヴィアは笑顔だった。カウンター越しにクレジットを渡す。
「はい、修復三つ分、クレジットで一万八千」
「ん」
セティが受け取ったのは十八個の結晶だ。セティは手のひらにそれを受け取ると、無造作にポケットに突っ込んだ。
実際にお金を自分の手で受け取るのは嬉しいことだった。この後の買い物のことを考えて、セティはにんまりと笑う。
セティの表情を見て、オリヴィアも顔をほころばせた。
(あんまり話してくれないけど、可愛いところもあるよね)
ふふっと笑って、それから思い出したようにカウンターの上に身体を乗り出した。
「あ、そうだ。また傷物があるから、時間あるときに来てってソフィーに伝えてくれる?」
セティはポケットの上から結晶の感触を確かめていたけれど、オリヴィアの言葉に顔をあげた。
「それ、俺が見る」
「え?」
オリヴィアが丸い目をさらに丸くする。セティは真面目な顔をしていた。
セティにとっては、自分が修復するものだった。だから、修復するかどうかは自分で見てわかる。そう思って言い出したことだ。
その事情がわからないオリヴィアは戸惑って、けれどすぐに笑顔に戻って頷いた。
傷物の
「わかった、じゃあ今出すね」
オリヴィアは台に乗って、棚の上の方から傷物の
「これなんだけど、どうかな」
いつもソフィーにやってるように、オリヴィアは振る舞ってみせた。それは、セティを気分良くさせるものだった。
カウンターに置かれた四冊の傷物を順番に見て、セティは二冊を手にした。
「こっちは修復できる。そっちは傷が深いから駄目だ」
「わかった。じゃあ、修復できたら持ってきてってソフィーに伝えてね」
「任せておけ」
セティは二冊の傷物の
「さてと、わたしの方の用事は以上。君の用事は?」
「俺ももう用事はない」
「じゃあ、商売は終わりだ。またおいで、待ってるから。ソフィーにもよろしく」
こくり、と頷いてセティはオリヴィアの店を後にした。その表情はやっぱり満足そうに笑っている。
オリヴィアは大きく手を振って、その後ろ姿を見送った。かろん、とドアチャイムの音が響く。
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