27 所有者(オーナー)としての命令
打ち付けられてうめくソフィー。その体を抱えて、セティはシジエムを見上げる。少し離れたところでは、リオンも
シジエムは相変わらず
(勝てると思ったのに……)
いつもの強気な態度をとることもできない。勝つとも勝てるとも勝ちたいとも、口から出てくることができない。セティの心が、勝てないと感じてしまっていた。
「さあ、セティエム、わたしと一緒に行きましょう。そうしたら、その人間たちをこれ以上傷つけることはしないわ」
慈悲深い微笑みで、けれど無慈悲にシジエムは語りかける。セティはソフィーの手を握る。
「俺がお前と行けば、ソフィーはこれ以上痛い思いをしないのか……?」
弱ったセティの心に、シジエムの言葉が入り込む。そして、言葉はセティの心を縛る。
「そう。ねえ、もしこのまま戦い続けてこの人間たちが死ぬようなことがあれば、それはセティエム、あなたのせいよ。あなたがこの人間たちを殺したも同じ」
「俺、俺は……死んでほしくない、ソフィーに。リオンにも」
「じゃあ、もうやめましょう。そして、わたしと一緒に行きましょう」
セティの心は今、不安と絶望に支配されていた。このままでは
(俺が、俺が我慢すれば、いなくなれば、ソフィーもリオンも死ななくて済む)
セティの心を支配する不安と絶望に、その考えはまるで唯一の希望のように響いた。
「お前たちと一緒に行って、俺はどうなるんだ……?」
セティは、自分の不安を隠そうともせずにシジエムを見上げる。シジエムは微笑みをたたえたまま、
「そうね。まずはその汚れた頁をぜえんぶ再生してあげる。造られたときのまま、真っ白なあなたに戻りましょう」
「頁を……真っ白に……」
今まで自分が手に入れた知識も全部消えるのか、とセティは考える。
(
ソフィーは、
それも全部なくなってしまうのか。
(それに、
何かを食べるのも、初めての経験だった。チョコレートも、クロワッサンも、ミルクも。目玉焼きだってそうだ。
それに、一緒に
その経験も、セティの知識になっているのだとしたら、セティの頁に刻まれているのだとしたら、全て失ってしまうのだろうか。
気づけば、セティの頬を涙が滑り落ちていた。初めて、セティは泣くこと経験をしていた。でもきっと、この涙も忘れてしまう。それはなんだか、とてもツラいことのように思えた。
対照的に、シジエムは機嫌が良さそうだった。
「そうしたら、
くるりとシジエムは回る。金色の髪の毛がふわりと広がり、それを黒いリボンと白いレースが追いかける。膨らんだスカートの裾も広がり、たっぷりの白いパニエが揺れる。
ふふふ、とシジエムの笑い声が
「変わることが、ない……」
それは、新しい知識も経験もない、ということだった。
(いろんな経験をして、たくさんの知識を手に入れて、そうやって成長すれば大魔道書になれるって……じいさんは言ってたけど)
シジエムと一緒に行くなら、そうなることはない。成長して、背だって伸びて、大魔道書になって──そんな未来はやってこない。
(でも、このままだとソフィーやリオンが死んでしまう)
セティは泣いた。何も捨てたくなかった。ソフィーやリオンが死ぬことは耐えられない。でも、自分の知識や経験を失うのも嫌だった。
未来を諦めるのも、今を諦めるのと同じくらいに怖いことだった。
どうすれば良いかわからなくなって、初めての感情に振り回されて、セティは混乱していた。
「セティ」
温かさが、セティの手を強く包み込んだ。ソフィーの手だった。
ソフィーは顔をしかめながら起き上がって、小さく息を吐くと、セティに向かって微笑んだ。無理をしているのははっきりしていたが、それでもソフィーは諦めていなかった。
強い意思が感じられる瞳で、セティを見ていた。
「ソフィー……」
「わたしなら大丈夫。リオンもきっと、大丈夫。だってわたしたちは
「でも、でも……
「セティなら勝てる。わたしはそう信じてる。だからわたしは負けない」
ソフィーは少し目を閉じて、苦しそうに息を吐いた。すぐに目を開いて、笑ってみせる。
「セティ、あなたは大魔道書になるんでしょ。たくさんの知識を集めて、経験も知識になって、そうやって成長するんでしょ。
ねえ、あなたの知識も、経験も、あなた自身のものなんだから手放しちゃ駄目」
「だって……でも……っ!」
ソフィーは一回深く呼吸をすると、セティの隣に立ち上がる。そして、セティに向かって手を差し伸べた。真剣な眼差しで、セティを見下ろす。
「立って! 立ちなさい、セティエム・グリモワール! これは
ソフィーの姿は傷だらけでボロボロだった。それでも、力強く立っていた。まっすぐに、美しい立ち姿だった。
セティははっと息を呑んで、それから手の甲で頬に流れる涙を拭うと、ソフィーの手を取って立ち上がった。
ソフィーと同じ、強い意思が宿った瞳でソフィーを見上げる。
「俺はお前を
セティもソフィーも、強い眼差しでそれを見返した。セティはまだ、負けていなかった。
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