25 新しく埋める頁は

 疾風の大鷲ゲール・イーグル爆炎の赤竜ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオンの顔の前を飛ぶ。ドラゴンの標的はソフィーとリオンだが、目の前を飛ばれては無視するわけにはいかない。

 ドラゴンは鋭く並んだ歯の隙間から炎を漏らして、大鷲イーグルに鼻先を向けて、顔を持ち上げた。口から吐き出された炎の塊を大鷲イーグルはもう一度、風を使って羽が焦げそうな距離でかわしてみせた。

 そうやって顔の近くを飛び回る大鷲イーグルの方に、ドラゴンは完全に気を取られていた。


「今っ!」


 ソフィーの声とともに、白輝の一角獣ルミナス・ユニコーンが駆け抜け、跳ぶ。その軌跡に、輝きが残って見えた。

 一角獣ユニコーンドラゴンの前脚に、その立派な白銀の角を槍のように突き刺した。

 痛みからか、ドラゴンは唸り声をあげ、前脚を持ち上げた。

 いなないて体の向きを変えた一角獣ユニコーンは、振り下ろされた前脚を素早く避けてソフィーの元に戻ってきた。

 ドラゴンの前脚の傷からは、わずかにインクのような黒い液体がこぼれただけだった。

 傷は浅い。ソフィーは唇を噛んだ。


「ささやかな抵抗ね。その程度の攻撃、爆炎の赤竜ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオンには効かない」


 ドラゴンの肩に乗ったシジエムが、つまらなそうにセティを見下ろす。


「セティエムも諦めて、わたしと一緒に行きましょう?」

「嫌だ! 俺は知識を集めて頁を埋めるんだ!」


 セティはシジエムを睨み上げる。

 ソフィーは戻ってきた一角獣ユニコーンの首を抱く。


「あまり効いてない……この程度の傷じゃ、どうにもならない」


 でも諦めてはいなかった。そのときにはもう、ソフィーは覚悟を決めていた。


「リオン、もうしばらく時間を稼げる?」

「なんとかするよ」


 リオンは鋭く口笛を吹いた。その音とリオンの意思に従って、疾風の大鷲ゲール・イーグルが舞い戻る。

 ドラゴンの顔が下りてきて、炎を吐き出した。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 セティが氷色の兎を操り、氷の壁を作り出して炎を防ぐ。防ぎきれない熱気が、三人に押し寄せてくる。

 その熱気の中で、大鷲イーグルが地面に降りて羽を畳んだ。リオンはその体によじ登って、背中にまたがった。


「直接行くつもり?」


 所有者オーナーブックの近くにいる方が、より意思を伝えやすい。特に細かな指示があるなら、すぐ近くにいる方が良い。それは、探索者ブックワームの中では常識のように言われていることだった。

 そうとわかってはいても、ソフィーは心配そうな視線をリオンに向けた。


「まあね。ちゃんとかわしてみせるさ」


 リオンは明るく言って、ソフィーにウィンクして見せた。ソフィーの心配そうな顔が、呆れたものに変わる。リオンはその変化にほっとして、ドラゴンを見上げた。

 長い尻尾が振り回されて、その衝撃をセティが氷の壁で受け止める。その隙に、大鷲イーグルはリオンを乗せて飛び立った。


「邪魔ね」


 ドラゴンの鼻先を飛び回る大鷲イーグルに、シジエムは眉をひそめる。ドラゴン大鷲イーグルに気を取られて、顔を持ち上げた。今にも炎を吐こうと、その眼は鋭く大鷲イーグルを追いかけている。

 リオンを見送ったソフィーは、一角獣ユニコーンと一緒にセティの隣に立った。セティは、ドラゴンを見上げて少しぼんやりとしていた。時折、ぼうっと輪郭が光って曖昧になる。

 書架ライブラリに入ってから、セティはずっとブックの知識を使い続けてきた。その疲れが、きっと溜まっている。さっきの休息スリープで多少は回復したのだろうけど、それじゃあ足りないのだ。


(それでも、ドラゴンを倒すためにセティは必要。セティがいなければ、きっとわたしたちは勝てない)


 あのドラゴンに勝つ。その意思を込めて、ソフィーはセティの名前を呼んだ。


「セティ」


 セティははっとしたように振り返った。ぼんやりしていた表情が、ぎゅっと引き締まる。こんなの全然どうってことないと言いたげに、唇が引き結ばれる。いつもの生意気な顔をする。

 その表情を見て、ソフィーは微笑んだ。


「セティに、白輝の一角獣ルミナス・ユニコーンをあげる。セティがこれを使えば、きっとあのドラゴンを倒せると思うから」


 ソフィーが一角獣ユニコーンの首筋を撫でると、一角獣ユニコーンは大人しくセティの前に進んで頭を下げた。薄暗い洞窟の中で、その姿はきらきらとまばゆいくらいに輝いていた。

 セティは何も言わなかった。言わなくても、聞かなくても、ソフィーの意思を受け取ったと思った。目の前にいる美しい一角獣ユニコーンは、ソフィーの意思そのものだった。

 自分の前で頭を下げる一角獣ユニコーンに向かって、セティは両手を広げる。長い角を避けて、その頭を抱える。


「お前の知識、食らってやる。俺の一頁になれ」


 一角獣ユニコーンの体が光の塊になる。セティは両手で抱えた光の塊を、大きく息を吸うように飲み込んだ。白い喉がこくりと動く。

 光を飲み込んだセティの体も淡く光る。

 シジエムがその光を見下ろして、哀れむような顔をした。


「セティエム、あなたはまた、せっかくの白い頁を汚したのね」


 セティはシジエムを睨み上げた。


「汚れじゃない! 知識だ! 俺は知識を手に入れて、成長してるんだ!」


 隣で、ソフィーもシジエムを見上げる。


「勝ちましょう、セティ!」

「当たり前だ! 白輝の一角獣リコルヌ・リュミヌーズ!」


 セティの前に、真っ白に輝く一角獣リコルヌが姿を見せる。


「こい!」


 セティが手を差し伸べると、一角獣リコルヌは一声いなないた。そして、その体が光をまとう。

 強くなる光が一角獣リコルヌの輪郭を曖昧にする。一角獣リコルヌは光の塊に変化して、セティの手に向かっていった。

 セティが強い意思とともに光を握りしめる。セティの手の中で一角獣リコルヌの光は意思の力を受けて変化してゆく。それは長く、細長く。そして光は白銀をまとう。

 光が収まったとき、セティの手には、その身長よりも長い白銀に輝く槍が握られていた。



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