第五章 爆炎の赤竜(ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオン)

24 竜(ドラゴン)との対峙

 爆炎の赤竜ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオン──ずっと見上げていると首が痛くなるほどに大きなドラゴンだった。灯りの足りない洞窟の中でも、その鱗は赤くぎらぎらと輝いている。

 大きな口からは、鋭く尖った歯が並んでいるのが見えた。人間など、たった一噛みで上半身と下半身が別れ別れになるだろう。その隙間から、ちらちらと炎の息が漏れていた。

 太い前脚の先にはこちらにも鋭い爪がある。軽く振り回されただけで、どれほどの被害ダメージになることだろう。

 背中には立派な皮膜の羽があるが、この巨体が自由に飛び回るほどの空間は、このテリトリーにはなかった。それだけは、ソフィーたちにとって幸いなことだった。

 ソフィーは上空を飛び回るドラゴンの姿を想像してしまい、小さく息を吐いた。これがさっきの草原のような場所であったら、どれだけ厄介だったか。


ドラゴンとかマジかよ」


 リオンは信じられないものを見るかのように、呆然とその姿を見上げる。

 その巨体の肩に、シジエムと名乗った少女が座っていた。足をぶらぶらとさせて、造り物めいた綺麗な顔で退屈そうに地上を見下ろしている。


「さ、人間たちを殺してしまって」


 シジエムの声に応えるように、ドラゴンがその喉を大きく伸ばした。ソフィーははっと声をあげる。


「セティ、氷を!」


 そして自分はブックを取り出す。


開けオープン碧水の蛙アクアルーラー・フロッグ!」


 ソフィーのブックは透き通る水になり、透き通った液体のまま蛙の姿になった。

 一瞬遅れて、セティが手を持ち上げる。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴル!」


 氷色の兎がセティの足元で跳ね、氷の壁を作る。ソフィーはその内側にカーテンのように水の幕を作った。

 リオンもさっとその内側に位置取る。

 ドラゴンは持ち上げていた頭を下ろして、ソフィーたちの方に向けると、大きな口を開いた。隙間から漏れ出ていた炎の息が、塊となって吐き出される。

 炎は氷の壁にぶつかり、氷を溶かした。内側にあった水の幕がその熱気を遮ったが、それでもその熱は、ソフィーたちの肌を撫でた。

 リオンは周囲を見回したが、ちょうどよく身を隠せそうな場所はない。退がっても、ごつごつとした岩肌しかない。追い詰められるだけだった。

 立ち込める水蒸気の向こうで、ドラゴンが今度は前脚を持ち上げた。なんてことないように、軽く持ち上げて下ろす、それだけの動作。

 セティはまた氷の壁を作って、それを防ぐ。砕け散る氷のかけらが、周囲にきらきらと光を振りまいた。セティはそれでも構わずに、また氷で壁を作る。

 すぐにドラゴンの太い尻尾が振り回された。氷の壁がまた砕け散る。


「セティエム、どうしてそんな人間をかばうの? 放っておけば良いのに」


 ドラゴンの肩から、不思議そうに首を傾けてシジエムが見下ろす。セティはそれを睨みあげた。


「理由なんかない! ソフィーやリオンが死ぬのは嫌だ!」

「何それ」


 シジエムはつまらなさそうな顔で、ドラゴンの鱗を撫でた。


「それじゃあきっとセティエムのことも巻き込んじゃうけど、でも安心して。あなたが壊れてもちゃあんと再生してあげるから」


 その言葉に、ソフィーが顔をあげる。


「再生……できるの?」


 呟きのような言葉に返答はない。ドラゴンがまた顔を持ち上げる。それでソフィーははっとドラゴンの方に意識を戻した。

 透き通る水の蛙が地面を跳ねて、水のカーテンを作る。氷色の兎も周囲を跳ね回る。分厚い氷の壁が出来上がる。

 吐き出された炎で氷は溶かされ、視界を覆うほどの水蒸気が立ち込める。ソフィーもリオンも、蒸し暑さににじんできた汗を拭う。


「今はドラゴンをなんとかしなくちゃ」


 ソフィーは自分に言い聞かせるように、そう口にした。

 セティは今、ドラゴンの攻撃を防ぐだけで手一杯になっている。このままでは、いつかセティが疲労して、限界がくる。そしたら終わりだ。

 炎をかわして近づいても、鉤爪に襲われる。長くて太い尻尾も厄介だ。何より、あの巨体に押しつぶされたらひとたまりもない。


ドラゴン所有者オーナーになれると思う?」


 ソフィーの問いかけに、リオンは肩をすくめた。


「今はあいつが所有者オーナーだろ、きっと。だとしたら、まず無理だな」


 リオンの答えは、ソフィーも想像していたものだった。だからすぐに頭を切り替える。


「リオンは、何か良い考えある?」

「そうだな……疾風の大鷲ゲール・イーグルで気を逸らせたら、多少はセティの負担が楽になるかも? まあ、気休め程度だろうけど」

「ううん、そうね、それはお願い。その間に何か考えるから」

「了解」


 そうやってやりとりしている間にも、ドラゴンは暴れているしセティは氷の壁を出し続けてそれを防いでいる。

 リオンは道具袋ポーチからブックを取り出す。


開けオープン疾風の大鷲ゲール・イーグル!」


 リオンの掌の上のブックが、ぼうっとした光を放つ。その光で四角い輪郭が曖昧になり、そして大きな翼が広がった。

 人よりも大きな翼は、疾風を巻き起こし、風とともに上空へ飛び立つ。疾風の大鷲ゲール・イーグルはかなり大きいブックだが、それは人と比べての話で、目の前の爆炎の赤竜ドラゴン・ルージュ・ド・エクスプロジオンと比べれば、それでも小さい。

 ともすれば、ドラゴンにとっては大鷲イーグルの羽など一口で噛みちぎってしまえるだろう。

 それでも大鷲イーグルはリオンの意思で、果敢にドラゴンの目前を飛ぶ。ドラゴンは邪魔そうに首を振ると、大鷲イーグルに向けて威嚇するように口を開いた。

 吐き出された炎を、大鷲イーグルは風を起こして押し返した。その隙に高く飛んでゆく。ドラゴンは首を曲げて、その動きを追いかけた。

 その様子を見て、ソフィーも一冊のブックを取り出す。


開けオープン白輝の一角獣ルミナス・ユニコーン


 ソフィーのブックが形を変える。ブックの光は月が満ちるように輝きを増し、無数の光の帯となってソフィーの傍らに集まってゆく。

 まず現れたのは、長く突き出た白銀の角だった。そこから銀のたてがみがなびく。真っ白い体はたくましく、しなやかな四つ足で地面に降り立った。

 赤竜ドラゴン・ルージュのぎらぎらとした赤い鱗の輝きに比べると、一角獣ユニコーンの姿は神々しいまでに清浄な、美しい白銀だった。それは、ソフィーのとっておきのブックだ。

 その名前の通りに輝く一角獣ユニコーンは銀のひづめで、地面を掻いた。その首を撫でて、ソフィーはドラゴンを睨みあげた。



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