3 知識を食べる
一度通った場所だ。罠のような危険を避けて、戻るだけ。そう思っていたのは、油断だった。
ソフィーが気づいたときには、もう遅かった。ソフィーとセティを囲むように、氷が伸びて、それは分厚い壁になった。
二人は、氷の中──
(うっかり
ソフィーは小さく溜息をつく。冷静に振る舞おうとしてはいたけど、セティとの出会いで、やはりどこかふわふわと浮き足立っていた。注意が足りていなかった。
悔やんでも仕方ない、とソフィーは思考を切り替える。
「
試しにと開いた
はらはらと壁の近くを飛び回るが、表面を溶かして窪みほどの小さな穴を開けることしかできない。その窪みだって、小さすぎてすぐに氷で塞がれてしまう。
床にも氷が這ってくる。この
(そうなるわけにはいかない)
ソフィーは氷の様子を観察しながら、脱出のための方法を考える。
冷たい氷に囲まれて、ソフィーの体温は容赦なく奪われてゆく。
(急がないと)
吐き出す息の白さに、ソフィーは少し焦っていた。
セティが、つまらなさそうな顔で口を開く。
「さっさとそれで氷を溶かせば良いだろう」
ソフィーは目を見開いてセティを見下ろした。セティは「それ」と視線で
なんでそうしないんだ、と言わんばかりの表情だった。
「だって……
ソフィーの声に、セティは訝しげに眉を寄せた。
「なんだ、そんな小物もまともに扱えないのか」
「扱うって……だって……」
ソフィーは今までだって
(扱うって……そういうことじゃないの?)
ソフィーにはセティの言葉の意味がわからなかった。何か別な方法があるのだろうかと考えてみたけれど、想像もつかない。
セティは自慢げに笑って、胸を張った。
「俺だったらそれでなんとかできるぞ」
「どうやって?」
セティは、
「その
「なんとかって……どうやって?」
ソフィーの戸惑いを、セティは疑いだと受け取った。機嫌悪そうに唇を尖らせる。
「なんとかはなんとかだ。とにかく、それを俺によこせ」
ソフィーは少しだけためらった。この少年の姿をした
けれど、すぐに好奇心が勝った。何をするのか、見てみたいと思った。もしかしたら、大魔術師の最高傑作、その知識の一端を見ることができるのかもしれない。
期待と不安が入り混じったまま、ソフィーは手を持ち上げる。何も言わなくても、
ソフィーが
「お前の知識、食らってやる。俺の一頁になれ」
にやりと笑ったセティが、
「ちょっと! 何やってるの!?」
「黙って見てろ!」
セティが
ぼうっとセティの体が光った。まるで、
セティはソフィーを見上げてにやりと笑った。
「これで、この知識は俺のものだ。
セティが持ち上げた指先、そこに小さな炎が灯る。その炎は渦巻いて、揺らめく翅になり、蝶になった。
「俺の
そしてまた一つ、炎が灯る。また、蝶が飛び立つ。
「アンブロワーズのじいさんの最後の作品、最高傑作」
セティの指先から次々と
「唯一、成長できる
気づけばソフィーとセティの周囲には、無数の
揺らめく無数の炎がソフィーとセティの肌を赤く染める。冷たく色のなかった氷にも、赤い炎の色が映って揺れている。
無数の
「成長、できる……? どういうこと?」
ソフィーはセティから目が離せないままだった。
(それが、こんなにたくさんの蝶を生み出せるの……?)
セティが扱うこのたくさんの蝶が
(もしかしたら、人間は
(それに……セティ、セティエム・グリモワール。彼自身だって謎が多すぎる)
少年の姿をした
様々な疑問がソフィーの胸の中を渦巻く。けれど何も言えないまま、ソフィーはただぼんやりと、無数の
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