2 生意気な少年
まぶたを持ち上げた少年は、何回か瞬きをしてから周囲を見回した。部屋の中はソフィーの肩に止まっている
黒い髪がさらりと揺れる。
ソフィーはその様子を見ながら、どうするかを考えていた。人の姿をしているということは、この
(なんにせよわたしは
それで、そっと声をかけることにした。
「あの、あなたは」
その声を遮って、少年はソフィーを睨みあげた。
「お前みたいなのが
声変わり前の、透き通った声だった。
ソフィーは最初ぽかんと口を開いて──少しして、何を言われたのかをようやく理解した。
開いている
でも、そういう
少なくとも、ソフィーは今まで、そんな話を聞いたことはない。
「待って。だって、わたしちゃんと
「それでもだ! 俺の
「アンブロワーズって
ソフィーは瞬きをする。
少年の姿の
「俺をその辺の
「ええっと……」
ソフィーの中にはいろんな疑問が渦巻いてはいたけれど、一回首を振って全部脇に置くことにした。
今はとにかく
「わかった。ともかく、外で話しましょう。ちょっと待っててね」
ソフィーはそれだけ言うと、いつも自分の
「
「いやだ! 命令は聞かない!」
「は!?」
「どうして!? わたしちゃんと
「だから認めないって言っただろ! 命令も聞かない!」
ふふん、と少年は自慢げな顔で腕を組む。
ソフィーは額を押さえて溜息をつく。
「命令を聞かないなんて、どうやってやってるの」
「俺は特別なんだ。なにせ、アンブロワーズのじいさんの最後の作品にして、最高傑作だからな」
少年は人差し指をぴんと立てて、びしっとソフィーに突きつけた。
「お前なんかに、この俺が扱えるはずがないんだ」
「どういうことなの……」
ソフィーの混乱が伝わったのかどうか、肩に止まっていた
少年はその姿に気を取られて、
「ふん、こんな小物で良い気になってるなんて。やっぱりどうってことないな、お前」
その姿は、生意気な少年そのもの。生意気で、わがままで、偉そうで、言うことを聞かない子供。
でも、
本人の言葉によれば、魔術師アンブロワーズの最高傑作。
(いったい、その中にあるのはどれほどの知識なの……?)
ソフィーは少年の姿を見て考える。
きっと、自分はとても運が良い。そのくらい、この少年は貴重な
ソフィーは腰をかがめて、少年と視線の高さを揃えた。顔を覗き込めば、少年はきょとんとした顔でソフィーを見返した。
そういう表情は、まるっきり年相応の幼さを持っていた。
「あのね。ともかく、
ソフィーの言葉に少年はつまらなさそうに唇を尖らせた。
「命令は聞かないからな」
「これは命令じゃなくて、お願い。あるいは、提案。
あなたは最高傑作なんでしょう? わたしはそんなあなたに興味があるし、話を聞きたい。その間に、あなたもわたしのことを知ってちょうだい。
それでももし、あなたがわたしのことを認めないなら、わたしはあなたの
なんにせよ、落ち着いて話す時間が必要だと思わない?」
少年は、ソフィーの顔を見たまま、何度か瞬きをした。それから首を傾けて、何かを考えるように視線を揺らす。
ソフィーは辛抱強く、少年の言葉を待っていた。
次に少年がソフィーを見たとき、ソフィーにとっては思いがけず、少年は不安そうな表情をしていた。
「
ソフィーはその表情に気づかない振りをして、なんでもないように頷いた。
「そうね。その方が安全だし。落ち着いて話もできると思うし」
「俺は……外に出たことがないから……」
少年が、眉を寄せてうつむく。ソフィーは柔らかく微笑んだ。
「大丈夫。別に怖いことはないから」
「別に俺は怖いわけじゃないんだからな! 俺は最強なんだ、怖いものなんてない! ただ! ただ……外のことはわからなくて、初めてだし、うまく判断できなくて……でも、怖くないから、行く」
最後の方はふてくされたような声になっていた。
ソフィーは何気なく、その頭に手を置いて、さらさらと流れるまっすぐな髪を撫でた。少年がすぐにその手を払いのける。
「子供扱いするな!」
「えっと、わかった。ごめんね」
「外に行くんだろ! さっさと行くぞ!」
さっきまでの不安そうな表情はどこにいったのか、少年はもうすっかり偉そうに胸を張って顎を持ち上げている。
ソフィーは苦笑して、かがめていた腰を伸ばした。それからふと、思い出したように声をかける。
「あのね、わたしはソフィーっていうの」
「……ソフィー?」
「そう、わたしの名前。あなたは? なんて呼んだら良い?」
少年は少し、何かを思い出すように視線をさまよわせた。それからふと、呟く。
「……セティ。そう、言われた」
「そう、セティね。とりあえず、よろしく」
よろしく、と言われたセティは、どう反応したら良いかわからないかのように、そわそわと落ち着きなく周囲を見回して、それからぐいと顎を持ち上げた。
「ふん、よろしくしてやる」
話せば案外素直な子かもしれない。そう思ってソフィーは、ふふっと笑った。
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