谷崎潤一郎の女性崇拝・補遺
夢美瑠瑠
☆
谷崎潤一郎文学について、僕は専門家とか、もちろん、そんな烏滸がましいことは言えませんが、自分のパーソナリティーが何となく親近性を持っている、長年の間その作品に慣れ親しんできた、知名度も高い、そういう関係から、何らかの物事を語るのに、一種の投影版?というか水晶玉に何が映るかを占っているような、そういう対象として谷崎氏は恰好の存在ではないか?そういうことで、俎上にのぼせてみたわけです。
結論としては、まだまだ、僕は何か作文を練習し始めてからの日も浅いし、人生自体にもアマチュアで、いつもそうですが、書きたいこともいまいちはっきりしなくて隔靴搔痒で、?今回もそんな気味合いがあってしまっている…
が、英語に「veteran bore」という表現があって、これは「退屈な人、退屈させるベテラン」という意味ですが、人生には倦み疲れるくらいにベテランでも、人物としては退屈極まりないという場合もあるから、アマチュアなのは伸びしろがあるかもしれないとも言える?
で、”未完の大器”のまま終わってしまう場合もありうるが、可能性という言葉
は、無限:大と同義とも言える。同じタイプの著述家・
て、谷崎潤一郎氏に戻りますが、氏のどちらかと言うと「HENTAI」じみた女性崇拝、女性への偏執は有名で、確か「悪魔」という小説の中に女性の汚○にアレコレする、ちょっと書くのが憚られるような描写があるというので、国会に呼び出されたことがあったらしい。
詳しい経緯は知らないですが、そういうスキャンダラスなところが寧ろ谷崎氏の真骨頂で、?なぜそういうことを書いてしまうのか、「鍵」でも「瘋癲老人日記 」でも、「幇間」でも、普通の公序良俗に敢えて反発して人間の、おのれの真実を描き出す、そういう執念の鬼のような文学の求道者、ユニークで徹底的すぎるくらいの女性美への嗜好と愛着、そこが谷崎氏の本懐なのだ、生意気な言い方?ですがそこがネックでありキーポイントなのだと思う。
そうして性の極限の形、性愛の究極の姿を表現せざるを得ないカルマ?業?を背負っている文学の鬼のようなそういう感じが谷崎文学の嚆矢、異様なまでの存在感の来歴なのだと思います。
大袈裟になったですが、古い文学者にしては谷崎潤一郎は本当にラジカルで、ユニークで、奥が深いと思う…まだまだ生半可ですが、自分にとってはやはり一期一会で唯一無二の、不滅の金字塔、望蜀の嘆の蜀?、もっとも模範にしたい目標の人物なのかなあ、と思う…
谷崎潤一郎の女性崇拝・補遺 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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