十三 食違い

 流麗が最初に手に取ったのは、舜の異母兄弟の資料だった。その殆どが病死または不審死とされ、真偽の定まらぬ“毒”という言葉はどこにも記載されてはいなかった。

 どの子供の死も、根拠らしきものは見当たらず、大体が、生まれて数日から、三歳程度。大きくても、六つ、七つまで育つと、衰弱による不審死と診断されていた。  

 段々と食事を摂る事もままならなくなり、栄養不良により、眠るように息を引き取ったとされている――要は、原因は不明ということなのだろう。


 ――何を持ってして毒と言う噂が……?


 舜の言葉から、皇后が関与していたと思われる程度で、記録が虚偽の可能性もあった。だが、皇帝の血筋の死因の記録を偽る理由はなんだろうか。

 過去、流麗の知る限り、先帝の時代は皇后の発言力があった事は事実だろう。多少なりとも巷にもそういった噂は出回るもので、流麗にも覚えがあった。

 だとすれば、皇后が虚偽の記録をするように命じる事も可能ではある。


 ただ、疑問は浮かぶ。皇后、朱貴嬪の他に多くの妃嬪だけでなく侍女、女官も同時期に死亡していている。が、一番の問題は――当時、皇都の市井しせいでは流行病はやりやまいなど無かったという事実だ。

 当時は貧困層の死亡率は高かった。同じく乳幼児が多く死亡していた時期でもあるが、根本的な死亡の原因は多くが餓死だ。

 飢餓状態は身体中の骨が浮き出るほどに痩せこけるのに、下腹だけは膨れ上がった死体が出来上がる。

 明確な違いは、死に様そこだ。

 

 ――陛下の言葉も記録も信憑性が無い。そこに色々知っている方がいるけれど、どこまで話してくれるのか……

 

 流麗は、立ち上がると別の資料を探した。皇后と第一皇子の病死。当時は病が流行っていたというが……


「次は何を探す」


 流麗が、書棚を端から覗くと、他の資料を読み漁っていた隋徳が訝しげな目を流麗に向けていた。


「趙皇后陛下の資料を」

「それならば、あちらだ」


 隋徳が指さしたのは、儒帝の資料が積まれた辺りだった。本妻、側室は全て皇帝と共に括り付けられているのだと言う。


「趙皇后は関係があるのか」

「いえ、ちょっと気になって」

「何が知りたい」


 流麗は口にするかどうかも悩んだが、隋徳ならば知っている可能性も大きいとあって、あっさりと口を開いた。


「皇后陛下は確か、儒帝陛下と同時期に亡くなっていたような……と思いまして。陛下の御兄弟と同じ病だったのかな、と」


 これには、再び隋徳の顔が歪んだ。後悔にも似た、悔やんだ表情を浮かべて目線が下がる。


「当時、随分な人数が同時期に亡くなられていますよね。先帝陛下も病死、陛下のご兄弟も病死、さらには陛下の母君も。陛下は、先の皇后陛下の毒殺もあったのではないか、と仰っておりましたが、記録は病死とされています。資料には、真実は記録されていないと考えても宜しいのでしょうか」

「衰弱死の原因が判らず、皇后に疑いの目が向いた…というだけだ。実際、毒は見つかっていない」


 ああ、と流麗は納得した。皇后が疑われる理由があったのだろうが、多くが衰弱が何が原因かが特定できなかった、ということだろう。


「私が病を治せなかった事は事実だ。陛下と同じで、どのような薬を使ったところで、何の効果もなく次々に亡くなられた。それも、陛下の症状よりも恐ろしい速さでな。……それと、趙皇后陛下は自害だ」

「え?」

「あとは、けい殿下……陛下の異母兄君あにぎみもだ」


 流麗は、目を細める。趙皇后の資料とともに、同じ区画にあった儒帝の資料も手に取った。一番最後の記録。死に際の――


 記録を目にした瞬間、流麗は再び隋徳を双眸にとらえた。隋徳もまた、流麗を視線を向けたまま離さない。監視、牽制とはまた違った意味合いを込めた瞳は、どんよりとした薄暗い感情が垣間見える。


「……先帝陛下も、病死ではないのですね」


 隋徳は何も答えなかった。ただ、目を背けることもなく、流麗の言葉を否定することもない。

 資料には、先帝の死は薬の服用による突発的な心停止と書かれていた。当時、舜は十四歳で即位後すぐに政務に取り組んでいる。何も知らぬ子供ではなかったはずだ。


「都合の悪い死はな、隠匿される。病という都合の良い言葉でな」


 隋徳の言葉は、皇宮で生きた者の重みと禍々しさがあった。

 

 その後も、真偽も定まらない多くの死を目の当たりにしながらも資料を擦り合わせるように、読み耽った。

 そうして見えてくるのは、趙皇后が毒殺を疑われた理由。そして、唯一、舜が語らなかった、舜と周皇后に一番関わりが深い人物の死だった――――




 ◇◆◇◆◇




 その日、流麗は再び耀光宮へと戻った。そちらに部屋が用意されたというのもあったが、皇帝陛下が帰ってくる場所でもある。その日も顔を合わせるようにと言われたのもあった。舜は、公務が長引けば食事は執務室で食す事が殆どで、しかも二日に一回は妃嬪達と顔を合わせる為に後宮で夕餉を共にする。その為、耀光宮は無駄に広い寝るだけにある家、とも言えた。


 しかし、流麗が現れた事により、その流れが狂ってしまったのも事実である。

 どうにも舜から『夕餉は耀光宮で』、と伝達があったらしく部屋で休んでいた流麗に食事の時間はしばらく後だと女官の一人が伝えにきた。

 その女官の顔も、困惑が透けて見える。二日連続で耀光宮で食事をするという事にではなく、皇帝の家に泊まらせている客人でもない女と食事をする為に皇帝陛下がお帰りになる。

 それが、どうにも気に掛かっているようだった。


 ――あまり良しとしない状況ですよねぇ


 流麗自身も、妃嬪達を敵に回すと知っていながらも、耀光宮に留まっている。まあ、皇帝に命じられた時点で断る事はできない。そもそも、断るつもりもないのだが。

  

 流麗からしてみれば、誰にどう思われようとも知ったことでもないので、気にも留めていない。噂で何を言われようが、後宮が敵に回ろうが、国中を駆け巡っている流麗には関係がないからだ。

 今も、暇。ぐらいにしか考えておらず。身体が沈む程の綿の入った寝台に図太くも気持ち良さげに寝転んで、閲覧した資料を頭の中でまとめるという状態だった。

  

 恐らく、後宮の存在自体を舜が望んでいないという道筋ができているのもあるのだろう。

 流麗は古い記憶を呼び起こし、先帝陛下が崩御した直後の巷の話題を思い出す。


 ――確か、陛下は即位後、一度後宮を解体した筈……


 先帝時代、後宮の内情は皇后や妃嬪、侍女や女官も合わせて二千人にものぼると言われていた。それを、即位後の舜は何ひとつ残さなかった。多くの女官が解雇され、行き場のない女が道観や寺院へ出家して尼僧であぶれた時代でもあったのだ。

 十五歳で現皇后を妻として迎え、その後、結局は後宮は新設され舜は側妃を迎えている。

 そこに、舜の意思があったのか。流麗は今一度知る必要があった。

 そして、最後に見つけたひとつの死。


 ――陛下は、多分……


 流麗は、一度目を閉じるも、部屋の外から声がかかり上体を起こした。


「陛下がお戻りになりました」

「……すぐにお伺いします」


 寝台からするりと降りると、撫でる程度に髪を整え、流麗は部屋を後にした。

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