十一 消えない因縁
「封印の後、
「……それで、
「はい。貴人に封じる術があるならば、その子が力を扱う術もあると考えた顓頊帝は三人を皇宮から逃し、隠れて援助を続けたそうです。それが、我が一族の始まり……ですね」
「……という事は、余とそなたは遠縁に当たるな」
「我々にも高貴なる姫家の血がある……謀っている、とお怒りになりますか?」
確かに、安易に遠縁とはいえ皇帝と親族である。などと語るものではない。特に、その皇帝本人の目の前でなど。
ただ、舜は流麗が嘘を述べているとは一切考えていなかった。
まだ出会って数日。流麗が嘘をつくような人物には見えない、などという陳腐な言葉では事足りない。言うならば、因縁を感じていた。
「言っただろう、狭量ではないと……ただ、そなたの中には禍があるのか?」
「あります。姚家の女だけが、その力を受け継ぎ、扱う事が出来ます。禍を祓う術は後天的に身に付ける事は出来ますが、姚家の女だけは禍をこの身体に取り込む事が出来る。お陰で、我々の界隈では、姚家は
流麗は一息つくと、喉を潤すように酒を喉へと流し込んだ。静まり返り、リーン――と虫の音が夜の闇の中に響く。
その声に耳を澄ませた横顔に、夜風で月光の輝きに照らされた黒髪が黒絹の如く滑らかに流れる。その髪を抑える仕草一つ、月の精にも似た美しさと言えるだろうか。
その姿を見つめていると、横へと流れていた流麗の視線が正面へと戻る。
「どうか、されましたか?」
月明かりの所為か、小首を傾げ、微笑む姿は妖艶だ。その姿からは、流麗がどういった生き方をしてきたのかを想像するのは難しい。
「……そなたは、今の生き方は苦ではないのか?」
「と、言いますと?」
「禍を継ぐのは女だけ、と言っただろう。であれば、女に生まれた時点で道は決められたも同然。反抗しようとは思わなかったのか。余が病にならねば、此処に来る事もなかったはずだ」
舜は、流麗に問いかけているようで、自問している気分だった。
決められた道に生きているのは、舜も同じである。
流麗は、杯を両の手で抱えて少しばかり首を傾ける。悩んでいる、というよりは言葉を選んでいるようで、うーんと珍しくも間を置いた。が、それもそう経たずに流麗の口は動き始めた。
「……私は――そうですね。陛下だからこそ、でしょうか」
「どういう意味だ」
「陛下の様な聡明な方にお仕えできる事は、大変名誉な事です。それで十分です」
流麗に迷いはなかった。黒翡翠の瞳は変わらず真直に舜を見つめて、その輝きは眩しくもある。
ふと、流麗が立ち上がったかと思うと、卓を回り込んで舜の目の前に膝を突き首を垂れた。
「陛下。私は陛下をお守りする為に此処にきました。決して裏切らず、陛下の為ならば死をも厭いません」
宣言と共に、流麗は舜を見上げた。決意ある眼差しと声には、今この瞬間を切望していたように情熱が籠る。恐れを知らず、欲望を宿さず、その言葉がどれだけ重いかを知っているだろう。
「何なりと、御用命を」
舜は、意図せずに流麗が自分の手に入った気分だった。手を伸ばせば、思いの儘になるだろう。されど、それでは先帝がやっていた事と何ら変わりない。
「では、今夜は
しれっと言い放った舜に対して、流麗は如何に受け取ったのか。ただ跪いたまま微笑んで見せた。
「仰せのままに」
ザア――と、再び秋の夜風が金木犀の香りと共に走り抜ける。
◇◆◇◆◇
暗闇の麒麟宮。暗闇と言っても、今日は月が眩しく夜を見通すには良い夜だ。
周皇后は、月明かりに照らされた自室で一人長椅子に腰掛ける。
幽鬼が如く、生気を失った瞳は暗闇を宿しているかにように重い。だが、とある一点を見つめる眼差しは聖母の如く柔らかかった。
その目線の先は、周皇后の腕の中。
しかし、腕の中には何もいない。
ただの丸まった布地が、さも
微睡へと誘うように、聖母の慈悲に満ちた子守唄を歌い、優しく腕の中のものをあやす姿は、母親そのもの。
「……
優しく、ゆっくりと籠の中へと下ろす。
良い子、良い子、と胸をとんとんと叩いて、深い深い眠りへと誘っていく。
何も存在などしていないのに。
籠の中の
「……
周皇后は顔を上げて、自身を見つめていた瞳を思い出す。白い仮面の向こうの、眼差しを――
「あれは、消さなければ」
不穏な言葉は、流れる風の中へと消えていった。
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