ドキドキ⭐海高文学部!~アルミ缶の上にある蜜柑~

芽福

第一話 新たなる刺客、伊藤新一

「あの、部長。質問なのですが」

「なんだい、我が文学部唯一の男子部員、田中陸斗よ」

「モノは言いようとはこの事ですね。鈴木部長、あなたこそ文学部唯一の女子部員でしょうに」

「細かいことは気にするでない田中陸斗。表現によって、同一の世界の見方すらガラッと変わる。それが文章の妙てあるとは思わんかね?」

「確かにそうではあるかもしれませんが、それはそれ、これはこれです。もっと廃部に対して危機感を覚えてくださいよ。あっ、そうそう、質問をしにきたんだった!この...なんですか?今の執筆課題の、アルミ缶の上にある蜜柑小説って」

「何って、そのまんまだが?アルミ缶の上にある蜜柑という状況が自然に成立する小説なら内容はなんでもいいぞ。ちな、提出は明日」

「急すぎますよ...まあ、毎度毎度のことですけど」

「締め切りは物語を美しく仕上げるのには必要不可欠な要素だよ田中陸斗。それにだ、当然作品は校内で発表される、われらが2024年度版トキメキ⭐海高(うみこう)文学部作品集vol.322に乗る。つまり、多くの新入生の目に留まるということ!!!」

「二人だけの部活にも関わらず、一年のうちに300ページ近くの作品集がもう321冊も出ているという事実に、僕は感服せざるを得ませんよ、部長」

「褒めても何も出んぞ?」

「褒めてません」

「照れるねぇ~」

「クソォ、会話成立しねぇ!!」

「まあまあ落ち着け、田中陸斗よ。君は最近執筆の速度が遅い。誰にでも不調の波はあるものだが...二人しかいない部員がこの調子では本当に廃部になるぞ?」

「あなたの執筆スピードが異常なだけの気もしますけどね」

「もう、褒めても何も出んぞ?」

「それはもうわかりました。あっ」

「なんだ?小説のアイデアが溢れ出して止まらないのか?それともウンコにでも行きたくなったか?」

「急にきたないですね!トイレなら部室に移動するまでに済ませましたよ。今思ったんですけど、執筆を手伝ってはくれませんか?」

「おお、それは愛の告白かな?」

「どう解釈したらそうなるんですか?断じて違います。家に帰ってもいいアイデアは出なさそうだし、明日が締め切りならここで書き上げてしまいたいので」

「うむ、それは殊勝な心がけだ。それならば」

田中は四畳半ほどの狭い部室の中でくるくると踊り、そして、カッ、カカカッ、カカカカッ、と黒板にチョークを走らせる。

「第一回!アルミ缶の上にある蜜柑小説大賞~!ドンドンパフパフ!」

「相変わらず、無駄に絵が上手い...」

一瞬にして、それっぽいタイトルロゴの横に、アルミ缶と蜜柑のイラストが添えられたアートが出来上がる。間違いなく、天才ではあるのだが。俺はそう思った。

「あっ。そうだそうだ、こんなこともあろうかと」

あれは。ただでさえ狭い部室の面積の3分の1近くを占有する、無駄にでかい、古びた金属製の棚。まさか今回も出てくると言うのか?

「あったあった、アルミ缶と蜜柑の食品サンプルが」

なんであるんだよ。そう、あれは通称わが部室のドラえもんと呼ばれる棚。部長があそこからなんでも取り出してくることで有名だ。と、通称とは言っても通じているのは俺と鈴木部長くらいなものだが。

「これでイメージを膨らませてみろ。短くても雑然としていても構わないから、まずはジャンルを決めようじゃないか」

「うーん。この、ものとものとが重なる感じ、なんだが儀式みたいですね。そういう感じでいきます」

「おう。来なさい」

「えーっとですね。...とある亡国に眠る遺跡の最深部にある秘宝、ミ・カーン。それは巨大帝国サムイ・ ギャーグに代々伝わる王冠アー・ルミーと組み合わせることにより世界を崩壊へと導く力を持っているのであった」

「この手の作品に、世界の危機は外せんスパイスだな」

部長はうんうん、と頷き、続きをどうぞと手のひらでジェスチャーする。俺は必死に書き進めた。次々と湧き出るアイデアに押し流されるがままに、おれは原稿用紙に筆を走らせる。いつしか俺と部長は、作品の中へ入り込み、ついにはクライマックスシーンへと突入した。

「ああ、ギャーグ王子!ミ・カーンをアー・ルミーと合体させてはなりません。それは、氷河期の記憶が内包されているものなのです。再び地球を氷の下に晒すつもりなのですか!」

「俺は構わない。愛も...国も...もう何もかも終わりだ。さようなら、王女。あなたと過ごした時間だけは僕の凍った心を溶かしてくれた」

「今からでも間に合います。どうか、どうか考え直して!キャー!!」

刹那、吹き荒れる氷雪嵐はあっという間に大陸全体を飲み込む。人々は寒さに凍えながら、倒れていく。中心部にいた二人は腐りはてる事なく、永遠に、氷の中に封じ込められたまま。お互いのことを見つめ合うのであった...

「くーーーっ!!いいじゃないかいいじゃないか!特に王子が国を凍結させるに至った経緯の心の機微の描き方、私は最高に好きだぞ。だが難点がある」

「なんですか?」

「これ、ミ・カーンとアー・ルミーっていう架空物質が出てるから、それはもはやアルミ缶と蜜柑じゃないのでは?」

「それ今更言います?初期構想から出てたじゃないですか。もっと自由を尊重してくださいよ、いいでしょ別に!」

「確かにそうかもしれないが、田中陸斗!君ならば、もっともっと素晴らしいシチュエーションでこの蜜柑onアルミ缶を表現できるのでは無いかと思うとな」

「くそう、やってやりますよ。ならば次は恋愛モノでいかせていただきます」

「のぞむところだッ!」

ひかれ合う、アルミ缶のアルミンと蜜柑のミカルン。二人は決して、重ね合わせられることはない。俺は情熱の赴くまま、筆を走らせた。それはまるで水上を走るバジリスクのように優雅に、筆が走っていく。

「だって、僕たち二人がそばにいるといつも笑われる。あっ、ギャグの組み合わせだwなんて言われて。耐えられないんだ、君が笑われるのが」

「そうか。それで私から離れてくれてたんだ。ありがとう、アルミンさん」

「ミカルン、僕はもう君が傷つくのを見たくないんだ!...もう別れよう。僕は...」

「バカっ!」

がこぉぉぉぉぉぉおん。ミカルンが全力の張り手でアルミンをはたくと、その空洞が鳴った。

「そんなふうに言われたのだとしても、それでも私はあなたのそばを選んだ。どうしてそれをわかってくれないの!わたしは、私はこんなにもあなたを愛しているのに」

「ミカルン。俺...俺、間違ってた」

「ううん、分かってくれたならいいの。もう、ずっとはなれないから。あなたと重なりあいたい」

アルミ缶の上にミカンが重なる。二人は恍惚に浸りながら...

「って、ほんとに重なってこないでくださいよ気持ち悪いですね!」

物語に入り込むあまり熱意が最高潮に達した部長が本当に折り重なって来そうになったのを、俺は全力で振り払った。

「ああ、済まない。つい、ミカンの気持ちになって熱演してしまった。だが」

「だが?」

「まだ足りぬ!君のパッションをもっと見せてみろぉぉぉぉおおおお!!!」

「やってやるぜぇぇええええ!!」

そして俺は、迸る感情に逆らわず描き続けた。青春もの、ミステリー、SF、時代小説。小さな窓から差し込む光が無くなり、部屋が闇に染まる。だが、もはや俺たちに蛍光灯は必要ない。もはや俺たちの気持ちはアルミ缶と蜜柑と一体化し、その意識は宇宙の彼方へと飛び立って行った。

「...なんだぁ、これ」

真新しい制服を着込んだ、一人好きの青年。今彼は、乱立した部活勧誘のポスターの傍にひっそりと置いてあった小説集を読み終えた。パラパラ、と本を表紙の方向にめくり戻すと、そこにはVol.322の文字。

「いったいどこからどこまでが本当のことなんだろうか...」

もう一度本を開くと、その著書欄には田中陸斗、執筆協力者・鈴木愛理の文字。

「これ自体が、アルミ缶小説というメタ構造なんだろうけど。いや、そうであってほしい、頼むから」

裏面の地図には、作中にあるような狭い部室の場所が表示してある。だが、そこに一度でも近づけば。

「...近寄らんとこ」

そう言った生徒の胸には、伊藤新一、の文字。そして、それを知らぬ田中と鈴木は部室で二人菓子を食べながら、

「なんで、文学部の部員、増えないんだろうね」

「勧誘の熱心さが足りないとか?」

などと、文句を言い合っていた。この時はまだ誰も知らない。ここから海高文学部に起こる、様々な事件と青春の物語を__!


次回予告!避けて通ろうとするほどに魅力を増す文学部の誘惑に心惑わされる伊藤新一。その心の隙間を狙う鈴木の魔の手から彼を守るべく颯爽とあらわれた彼の幼馴染を名乗る佐藤ネネの正体とは?次回、ドキドキ⭐海高文学部第二話~布団が吹っ飛んだ~

お楽しみに!

(続かない)







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