第30話 言葉にできるように

 明日の学年末テストに向けた勉強をしている最中に拓道君から『明後日の放課後、時間ある?』とメッセージをもらった。

 明後日の放課後は特に予定はないので『空いてるよ。どうしたの?』と返信する。

 すると、『渡したいものがあるから、そのまま空けておいてほしい』とメッセージが返ってくる。

 渡したいものがあるというメッセージと、明後日の日付を確認して理解する。

 3月14日、ホワイトデーだ。

 拓道君はバレンタインデーのお返しを渡したいのだ。

 私が渡したマカロンの意味に気づいているかはわからないけど、もし気づいていたとしたら、なにかそのことについて話をされるのだろうか。

 少し不安と期待が入り混じった気持ちになるが、ひとまず拓道君に了解の旨を伝えないと。

 慌ててしまって上手く字が打てず、致し方なくいつも使っているスタンプの中から『了解』と伝えるためのスタンプを送る。

 メッセージでのやり取りを終えると、教科書やノートが広がっている机に突っ伏す。

 

「・・・もしかして、気づいてくれたのかな」


 私がマカロンで伝えたかった『あなたは特別な人』だということを。

 言葉にして伝える勇気がないけど、バレンタインで少し思いを形にして渡したかったから、お母さんにも相談してマカロンを選んだ。

 手作りは初めてですごい苦戦したけど、お母さんの協力もあってなんとかできた。

 少し形が歪になってしまったが、個人的にはうまくできたと思う。

 拓道君も後日美味しかったと感想を伝えてくれて、嬉しかった。

 そのときは特にマカロンの意味に気づいたそぶりは見せなかったけど、もしかしたら、とも思ってしまう。

 もし伝わっていたら、なにか言われるのかな。

 拒まれたらどうしようという恐怖と、受け入れてくれたらという都合のいい期待が胸の中で喧嘩する。

 その答えももしかしたら、明後日分かるのかもしれない。

 まだ2日前なのに、もうすでに緊張でどうにかなりそうだ。


「・・・落ち着け私。いまは明日のテストに集中しないと」


 逃げるようにテスト勉強へと戻る。

 明日は学年末テストなので、しっかり勉強をしなくてはいけない。

 この緊張も集中すればきっと忘れてくれるはず。


「よし、頑張ろう」


 そう意気込んで、再びシャーペンを走らせて問題を解いていく。

 心の中で明後日のことが気になってしまうのを見て見ぬふりをしながらテスト勉強をして、日付が変わる直前にはベッドに入った。

 明後日、どうか悪い結果になりませんように。

 そう願いながら眠りについた。





 そうしてホワイトデーの当日を迎え、学校終わりの放課後に拓道君と初めて話をした公園へと来ていた。

 ここへ来る道中、お互いに緊張のためか会話がなく終始無言だった。

 無言の時間が徐々に私の中の不安を大きくしていき、逃げ出したいという気持ちさえ顔を覗かせてきたが、ぐっと堪える。

 気持ちに向き合うって決めたから、ここで逃げちゃダメだ。

 大丈夫・・・と自分に言い聞かせていたら、拓道君の方から話を切り出した。


「・・・これ、ホワイトデーのお返し・・・受け取ってくれると嬉しいです」


 そう言いながら差し出されたのは、うさぎが描かれた包みだった。

 拓道君も緊張のためか少し固い言葉になっている。


「あ、ありがとうございます」

 

 そういう私も、同じように緊張していて固い言い回しになりながらも拓道君から包みを受け取る。

 中身は何だろう。


「中、見てもいい?」

「もちろん」


 ここで開けてもいいと了承を得たので、丁寧に包みを開けていく。

 すると中から金平糖と、メッセージカードが入っていた。

 私が中身を見ている間、拓道君は目を泳がせながら早口になにかを言っているようだが、メッセージカードに書かれたメッセージに釘付けの私の耳には入って来なかった。


「・・・ふふっ」


 思わず、笑みを零れる。

 

『待ってる。

  僕も、栞の想いに応えられるように頑張るから。

                       拓道』


 カードにはこう書かれていた。

 おそらくマカロンの意味に気づいてくれたのだと、そしてそれに応えてくれるつもりなのだと分かって、嬉しくなって笑みが零れたのだ。

 それと同時に、気づいてくれて、応えようとしてくれているのに直接言葉にしてくれなかったことにほんのちょっぴり残念だと思ってしまった自分が居て、思わず意地悪なことを口にする。


「でも、言葉にはしてくれないんだ?」


 きっと拓道君には今の私の頭と背中に悪魔の角と羽が付いているように見えているだろう。

 でも、少しだけ許してほしい。

 私を不安な気持ちにさせた君へのほんの少しの仕返しだ。


「今はまだ、受け止められる自信がないから。でも今だけだから」


 拓道君はそう言った。

 自信がないのは今だけ。

 これからは変わって、受け止められるようになるから、と言っているのだ。

 だったら私も、伝える勇気を持てるように、自信を持てるように頑張っていくだけ。


「・・・そっか。お互い頑張らないとね」

「・・・そうだね」

 

 お互いの気持ちがもっと近づいて、はっきりと言葉にできるようになるまでの過程を2人で、周りの人たちの手も借りながら歩いて行く。

 そこからは私と拓道君で来年の話をした。

 まだあと1年もあるのに、2人で一緒に居る前提で。

 今後も一緒に居てくれるつもりだと分かって、胸が温かくなる。

 そう思ってくれていることが嬉しいと感じつつ、拓道君との会話に花を咲かせるのだった。



 拓道君と別れ、家に着く。

 家まで送ろうかという提案もあったが、今は1人でこの嬉しさに浸りたかったので遠慮した。

 お母さんに『ただいま』と言いながら、自室へと向かう。

 部屋に入るや否や、荷物を床に下ろして、拓道君からもらった包みを取り出してから着替えるのもあとにしてベッドへと倒れ込んだ。

 胸には拓道君からもらった金平糖とメッセージカード。

 カードに書かれたメッセージを読み返して、笑みが零れる。

 金平糖もマカロンの意味を調べたときに知ったのだが、意味は『あなたのことが好き』だという意味があるらしい。

 マカロンのことも拓道君には伝わっているので、理解して選んでくれたということになる。

 直接言葉で伝えてくれなかったのは、私と同じように言葉にする勇気がないからなのか、何か別の理由があるのかわからないけど、その気持ちを知れただけでも今日はいい一日になったと思う。


「・・・一粒だけ」


 そう言いながら包みを開け、金平糖を一粒取り出して口に運ぶ。

 口に入れた瞬間に、程よい砂糖の甘さが口の中に広がって美味しかった。

 甘さが広がると同時に、拓道君の気持ちも込められていると思うからか、心の中が温かくなっていくような気がする。

 まだしばらく続きそうな甘さように拓道君との関係も続いていけばいいと思いながら、この暖かさに身を委ねるのだった。





 バレンタインデー、学年末テスト、ホワイトデーとイベントを終え、今日終業式を迎えた。

 明日から春休みに入り、それが終われば僕たちは高校2年へと進級する。

 学年末テストではそこそこの点数だったので、とくに補習を受けずに済んだ。

 天草先生からするどい眼光で睨まれながらのテスト期間で胃がキリキリしたものの、なんとか乗り切れた。

 そして校長先生の長い話に寝落ちしそうになるも終業式とHRを終え、放課後になると、いつもの5人で集まった。

 

「いやぁ~!明日からついに春休みだぜ~!」

「テンション高いね、ナル」

「いいだろ別に。そういうタクがテンション上がらないのか?」

「上がらないわけないでしょ。いまから踊り出したいくらいにはテンションが上がっているよ」


 僕だって高校生だ。

 春休みなどの長い休みに心が躍らないわけがないだろう。


「どういう例え?」

「あはは・・・拓道君も成人君もテンション高いってことだね」

「ふっふっふ・・・。諸君、今日の放課後みんな空いてる?空いてるって?オッケー!遊びに行こ―!」

「いや、誰も何も言ってないし」

「ふふっ。桜ちゃんが一番テンション高いね」


 まあこの中の一番のムードメイカーである桜がテンション上がらないわけがなく、さっそく今日の放課後遊びに行こうとしている。

 僕は今日に限らず、基本的に放課後はフリーなのでもちろん参加するが。


「で、どこ行く?」

「カラオケとかいいじゃね?」

「いいねー!私久しく行ってないから、カラオケ行きたい!みんなは?」

「僕もいいよ。あんまし歌える曲ないけど」

「わ、私カラオケ行ったことなくて・・・」

「アタシも」

「えっ!?それじゃあなおのこと行こう!」


 カラオケを強く勧める桜は、樹木に抱き着く。

 栞も樹木もカラオケに行ったことがないのは驚きだが、せっかくならこの機会に行くのも悪くないだろう。

 ここは桜のスキンシップに負けて樹木が折れてくれれば、行き先はほぼほぼ確定だろう。

 

「あーもうわかったから!カラオケでいいから引っ付くな!」

「やったー!いっちゃん大好き!」

「成人、アンタの彼女どうにかして」

「前も行ったが、俺には止められん」

「はぁ・・・」

「あはは・・・」


 いつも以上に押しの強い桜はここにいるメンバーの誰にも止められないだろう。

 まあともあれ、今日の放課後にみんなで遊ぶことが決まったので、楽しみなことには変わらない。

 

「それじゃあ、早速行こうー!」


 そうして5人でカラオケのある駅方面へと向かって歩いて行く。

 この5人で遊ぶのも恒例になり、変わらずこのメンバーでこうやって遊びに行けると思うと、2年生も楽しみになってくる。

 僕がこんな風に思えるようになるとは夢にも思わなかったけど、これも去年に比べて僕も変わってきたと思っていいんだろうか。

 もしそうなら、嬉しいと思う。

 2年生でも頑張っていくという想いを胸に、4人の後ろを追いかけるのだった――。





「――—先輩?」



――2年生編へ

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男子が苦手な女の子を家まで送っていったら、友達になってほしいと頼まれた。 小笠木 詞喪(おがさき しも) @takomasa0308

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