第29話 ホワイトデー
バレンタインデーで栞から特別な意味の込められた贈り物をもらったので、二日後のホワイトデーに僕もなにか特別なお返しがしたい。
もらったマカロンは手作りだったので、僕も気持ちを込めて手作りとしたいところだが、残念ながらお菓子作りはまったくと言っていいほどできない。
来年までには手作りできるようになろうという決意を密かにしつつも、今年挑戦して中途半端なものを贈るよりは、職人の手によって作られた美味しいもののほうがいいだろう。
もちろん買って用意するだけではなんだか不十分だと感じてしまう為、あとで何かもう一つ用意したいところだ。
「とはいっても、なにを渡すべきか・・・」
明日の放課後にショッピングモールへ買いに行くつもりだ。
テスト勉強の片手間で何を贈るか考えてはいるが、なかなかコレだというものは思いつかない。
「・・・よし」
テスト勉強のほうも区切りがついたので、一度休憩も兼ねて贈り物を考えることに専念することにした。
このままテスト勉強を続けても、おそらく集中できないだろうし、効率も悪い。
コーヒーも温くなったので、今残っているものを飲み干してから再度インスタントのコーヒーを用意する。
「とりあえず調べてみるか」
用意したコーヒーを一口飲んでから、文明の利器スマートフォンのネット検索機能を立ち上げ、検索バーに文字を入力する。
まずは無難に『ホワイトデー お返し』と検索する。
するとホワイトデーに贈るギフト人気ランキングがヒットした。
サイトの中を覗いてみると、1位『チョコ』、2位『マカロン』となっていた。
たしかにバレンタインやホワイトデーで定番のお菓子と言えばチョコだろうけど、個人的にはしっくり来ない。
マカロンは意味もこの間調べたときに知って、贈り物にするのにもうってつけだとは思うが、どこで聞いたか思い出せないがホワイトデーに同じものを贈るのはNGだと聞いたことがある。
となるとチョコとマカロン以外から選ぶことになるが、どうしたものか。
そういえば、マカロンにも『あなたは特別な人』という意味もあったし、同じように意味があるものもネットで見つけられるかもしれない。
さっそく『ホワイトデー お返し 意味』で検索してみる。
「・・・あった」
検索結果に意味一覧が出てきた。
いままでバレンタインデーやホワイトデーのお菓子の意味を考えたことも、あると考えたことがなかったが、存外そういったものにも意味はあるのだと勉強になる。
「・・・マドレーヌ」
開いたページの中にあるお菓子の中で、目を引く意味を持ったお菓子。
二枚貝をモチーフにしたマドレーヌは、二枚の貝殻が重なり合う様子から意味は『あなたともっと仲良くなりたい』、『特別な関係を築きたい』と書いてある。
これからさらに仲を深めて、いずれは恋人になれたらと考えている僕としてはぴったりのお菓子だった。
栞の好意へのお返しという意味で贈るのであれば、マドレーヌがよさそうだ。
あとはマドレーヌと何かもう一つ添えて渡したい。
「そうだ。栞に明後日時間もらえるか聞いておかないと」
スマホを操作してメッセージアプリを起動させ、栞とのトーク画面を開く。
「『明後日の放課後、時間ある?』と。送信」
時間は20:48と少し遅めではあるが、すぐに既読が付いた。
『大丈夫だよ。どうしたの?』と返事が返ってくる。
どうやら問題ないみたいだ。
『渡したいものがあるから、そのまま空けておいてほしい』と送ると、少し間をおいてから『了解です!』というメッセージを呟くうさぎの可愛らしいスタンプが送られてきた。
栞はメッセージでやり取りをするとき、結構な頻度でこのうさぎシリーズのスタンプを使うので、もしかしたらうさぎが好きなのかもしれない。
まあ使いやすいだけなのかもしれないが、心に留めておこう。
「そしたら明日さっそく買いにいくとしますか~」
そう呟きながら、大きく身体を上の方に伸ばす。
1時間と少しの間机に向かっていたので、少しだけ身体からパキパキと音が鳴る。
「さて、続きをやるか」
考えがまとまったところで休憩を終わりにして、テスト勉強へと戻る。
学年末テストは天草先生にも前の件があって釘を刺されているので、いつも以上に頑張らなくてはならないのだ。
そのまま日付が変わる直前まで机の前で区切りのいいところまで勉強をしてから、ある作業をして眠りについた。
翌日の放課後、さっそくショッピングモールへと足を運んだ。
ショッピングモールの中にもいくつかパティスリーがあるので、ひと通り見て回って、桜たちのお返しも含めて探すつもりだ。
というわけでさっそく一店舗目へ来たのだが、なんとマドレーヌが売り切れていた・・・。
マドレーヌ以外の商品もいくつか売り切れてしまっていて、残っているものも数が少ない。
「しまった・・・。そうだよね。他の人も買うよね」
ホワイトデーの前日ともなれば、お返しを求めて多くの人が買いに来るのも当然の話で、マドレーヌの日持ちのことも考えれば前日に買っておくのがいいだろう。
完全にこのパターンは予想していなかったので、少し焦りが生まれる。
「いやまだ、他のお店もある。大丈夫」
そう自分に言い聞かせ、早めに2つ目のお店へと向かう。
だが、このお店でも・・・。
「ここも、売り切れ・・・」
思わず膝から崩れ落ちそうになるが、何とか堪える。
2店舗目でも同様にマドレーヌも売り切れている。
幸いにも桜たちに渡そうと考えていたものはあったので、それだけ購入してから急いで次のお店へと向かった。
だが、次も、その次のお店でも売り切れていて・・・。
「こ、こんなことって・・・」
ショッピングモール内にあるお店をひと通り回ったが、欲しいものだけきれいに売り切れており、現在はショッピングモール内のベンチに腰を下ろして頭を抱えていた。
現在時刻は18時とかなり遅く、他のお店を探そうにもどこも閉店間際で間に合わない。
恋の神様は、僕になにか恨みでもあるのだろうか。
直接言葉で伝えない奴に、恋する資格がないとでもいうのか。
そんな思いが口から零れそうになるが、回りくどい向き合い方をしているのは自覚しているので、ぐっと我慢する。
このまま座っていても何も始まらないので、ひとまず立ち上がってお菓子が置かれているお店が他にないか見て回ることにした。
なにかないか、いい案が浮かばないまま歩く。
「・・・ん?」
和菓子が置かれているお店の、あるお菓子が目に留まる。
「金平糖・・・」
たしか昨日調べたときにも、名前が載っているお菓子だ。
意味は確か・・・『あなたのことが好き』だった気がする。
僕の込めたい気持ちにも、近いものと言える。
考えていたものとは違うが、これにするべきだろう。
ホワイトデーに金平糖っていうのもなんだか変な気もしなくもないが、まあこの際気にしないことにして、金平糖の包みを一つ取って、レジへと持っていく。
「すみません。これお願いします」
「はい。お預かりします」
「あ、これってラッピングしてもらうことはできますか?」
「はい、可能ですよ。こちらの中から好きなデザインの袋をお選びください」
「では、こちらでお願いします。それと中にこれも入れておいてもらえますか?」
「かしこまりました。では少々お待ちください」
そういって代金を支払い、あるものを渡して店員さんが買った商品と一緒に包んでくれる。
予定通りとはならなかったが、なんとか贈り物は用意出来たので良しとしよう。
今回の失敗は今後に生かせばいいのだ。
「お待たせいたしました。こちらお品物になります」
「ありがとうございます」
「またのご来店をお待ちしております」
そういってそのお店を後にする。
「はぁ~~~・・・なんとか買えた~・・・」
贈り物を用意できたことへの安堵で、思いっきり息を吐き出す。
マドレーヌがすべて売り切れていたときは軽く心が折れそうになったが。何とかなって本当に良かった。
さて、後は明日これを栞に渡すだけだ。
正直これを渡すこと自体が、もはや告白と変わらないと思わなくもないが、やはり言葉で伝えられるようになりたい。
おそらく栞も同じように考えての『待ってて』なのだろう。
ならば僕も変われる努力をして、しっかりと言葉にできるように、気持ちに応えられるようになるだけだ。
他人から見れば、不器用で不格好で回りくどい恋なのかもしれないけど、これが僕と栞の向き合い方なのだ。
一歩ずつ近づく、それだけだ。
「さて、帰るか~」
ショッピングモールを出て、駅へと向かう。
陽はすっかり沈み切っていて真っ暗な道を、軽い足取りで進んでいく。
贈り物、喜んでくれるといいな、なんて考えながら帰って行った。
ホワイトデー当日の放課後。
今日は栞に昨日用意したお菓子を渡すため、このあと一緒に帰る予定だ。
渡す場所は教室だと人目が多いのと、できれば二人きりで渡したいので栞と初めて話した公園で渡すことにした。
桜たちにはホワイトチョコを個別に渡しているので、お返しは栞の分と華さんの分だ。
華さんの分に関しては直接渡すべきなのだろうが、いろいろ都合もあって栞から渡してもらうことにした。
「お待たせ、拓道君」
「それじゃあ行こうか」
「う、うん」
支度を終えた栞がやってきたので、2人で教室を出る。
なんだか少しだけ栞が緊張しているようだ。
今日がホワイトデーということもあって、僕の要件も察しているためだろう。
僕もいざ渡すことを意識し始めると緊張してきてしまい、2人の間に会話は生まれず、無言のまま公園へと向かった。
歩いて十数分ほどで公園へ着いて、敷地内にあるベンチに2人で腰を下ろす。
緊張のためかしばらく言葉が出ず、沈黙が続いた。
だがいつまでもこうしていては始まらないので、とりあえずバッグの中から昨日ラッピングしてもらった包みを取り出して、栞へと差し出す。
「・・・これ、ホワイトデーのお返し・・・受け取ってくれると嬉しいです」
ようやく切り出せた言葉が、緊張で妙に固い感じの言い方になってしまった。
「あ、ありがとうございます」
栞も緊張のためか固い言い方になっているが、渡した包みは受け取ってくれた。
「中、見てもいい?」
「もちろん」
そう伝えると、栞は丁寧にラッピングを取って中を開ける。
「・・・金平糖と・・・メッセージカード?」
栞が中から取り出したのは、昨日買った金平糖と店員さんに一緒に入れておいてほしいと頼んだメッセージカードだった。
「・・・本当は栞みたいに手作りでなにかって思ってたんだけど、僕そういうの得意じゃないからせめてメッセージカードと思って。金平糖も元々用意しようとしてたものとは別のもので、でもそれしか見つからなくて、えっと・・・」
言い訳のように次々と言葉を並べ、かなり恥ずかしい姿を見せている気がする。
そんな僕を余所に、ギフトカードを読む栞。
「・・・ふふっ」
「・・・なんで笑うの?」
「嬉しいから、かな。伝わってくれたんだって」
「・・・まあ、うん」
「でも、言葉にはしてくれないんだ?」
自分の伝えたかったことが僕にも伝わっていると理解した栞は、なんとも意地悪なことを言ってくる。
栞の頭と背中には悪戯好きな小悪魔の角と羽根が付いているように錯覚する。
言葉にする勇気も、受け止める勇気もできていないのに、そんなことできるはずもないと分かっているくせに・・・。
「今はまだ、受け止められる自信がないから。でも今だけだから」
「・・・そっか。お互い頑張らないとね」
「・・・そうだね」
お互いに自信を持って言えるようになったら、そのときは気持ちを伝えよう。
きっと僕たち2人の間には、そんな決意が生まれたのだと思う。
「お返し、ありがとう」
「こちらこそ、改めてバレンタインデーのマカロン、美味しかった。ありがとう」
「来年はもっと美味しいの作れるようになるから」
「僕だって、今年はダメダメだったけど、来年こそは・・・」
ここからはお互いに来年こそは、と1年先の未来で一緒にいる前提で話をした。
栞も来年以降も一緒にいてくれるつもりなのだとわかって、嬉しく思う。
でもいまは、その未来に行きつくまでの過程をしっかり踏みしめていこう。
そう誓いながら、栞との会話に花を咲かせるのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます