第28話 向き合い方

 バレンタインデーが終わり、今日からまたいつも通りの日常に戻る。

 浮ついていた教室も学年末テストが近いということもあって、まだ朝早い時間だというのに机に向かって勉強する生徒もチラホラいて、比較的落ち着いた朝の時間となっている。

 そんな落ち着いた教室の中、僕の心は落ち着きとは程遠い状態にあった。

 原因は昨日栞からもらったマカロンである。

 いや、もちろんマカロンは美味しくいただいたが・・・。


(結局、あれからいろいろ考え込んでしまってほとんど眠れなかった・・・)


 栞が僕に好意を抱いているかもしれない。

 このことが頭から離れず、どうするのが正解かわからないまま気が付けば朝を迎えていた。

 寝ても仕方ない時間だし、することもないためいつもよりだいぶ早く学校へ登校したので非常に眠い。

 正直このあとの授業を起きたまま受けられる自信がない。

 一応時間はまだあるので、机に突っ伏して軽く眠ろうかと考えたとき、背後から声をかけられた。


「お、拓道今日は早いじゃん」

「・・・桜。おはよ・・・」

「あれ、元気ないね。どしたの?」

「いや・・・ちょっと眠くてね」

「また夜更かししたの?」

「まあ、そんなところ・・・」


 栞のマカロンの意味について考えていて寝れなかったとは言えない。


「いつもみたいに小説読んでたってわけでもなさそうだね。もしそうなら寝落ちして寝坊してくるし・・・」

「失礼な・・・」


 失礼な物言いではあったが、妙に鋭いので内心ヒヤヒヤしている。

 僕のことわかりすぎじゃない?っていつもながらに思う。


「悩みなら聞こうか?」

「・・・そうだね」


 このまま1人で考えてもスッキリしないし、せっかくなので相談してみよう。

 こういうときの桜はなんだかんだ頼りになるのだ。


「もし、自分が誰かから好意を持たれていることを間接的に伝えられたとき、桜ならどうする?」

「・・・ふ~ん。気づいたんだ」


 桜が意外だとでも言いたそうな顔でそう呟く。

 まあ誰のことかはバレているだろうが、ここでは敢えて栞であることは伏せておく。


「それで?どうなの?」

「ん~・・・拓道がどう思ってるか次第じゃない?自分自身が相手のことをどう思っているのか。もし自分も好きだって思うなら告白でもしてみればいいんじゃない?」

「簡単に言うね・・・」

「でも、相手のこと嫌いってわけじゃないんでしょ?じゃなきゃここまで悩まないと思うし」

「それはそうだけど・・・直接言われたわけでもないし、確信があるわけじゃないし」


 あくまでも渡されたものにそういった意味があるというだけで、栞から直接言われたわけではない。

 友達としての好意だという可能性だってある。


「それじゃあもし直接言われていたら、拓道はどうしてたの?」

「それは・・・」


 そう言われて、少し考える。

 もし実際に栞から告白されたとして、僕はどう答えるだろうか。

 受け入れるのか、拒むのか。

 栞のことは大切に思っているし、好き・・・だとは思う。

 拒む理由も、思いつかない。

 ただ・・・。


「受け入れていたかもしれない。でも、怖いんだ」

「怖い?」

「僕は、簡単にいろんなものを諦めてしまったから。大切だと分かっていたものも・・・。だから、誰かからの好意を受け入れたとしても、なにか二人の間にすれ違いがあったりしたとき、自分はその関係さえも簡単に諦めてしまうんじゃないかって。そのことが相手を傷つけるかもしれないことが怖い」


 欲しかった光景も掴む努力も諦めてしまった僕が、誰かからの気持ちを諦めずにいられる自信がない。

 好きだと思っているのに、大切だと思っているのに、こんな後ろ向きで中途半端な気持ちでいる自分が好意を受け止めきれるとは思えない。


「だったら、変わればいいんじゃない?」

「・・・」

「少なくともさ、相手が好意を抱いていて、自分もそれに応えられると思えるくらいに相手を想えているわけでしょ?でもそれに対して自分に自信がないっていう不安要素があるなら、拓道が変わればその不安要素はなくなって、何も問題なくなるでしょ?」

「・・・ほんと、簡単に言ってくれるね」

「実際そういうことだしね。まあ、きっとその相手も直接拓道に伝えたわけじゃないってことは、まだ心の準備ができてないってことなんだろうし・・・私としてはもう素直に言っちゃえばいいのにって思ってるけど」

「・・・やっぱり、知ってたんだね」

「そりゃあね」


 予想通り、栞のお菓子の意味も気持ちも全部知っているようだ。


「2人には2人の向き合い方があるし、私はお互いが納得のできる形でその気持ちに決着をつけてほしいと思ってる。だから拓道も、真剣に考えて答えを出してね」


 真剣な表情で桜が僕の顔を見て言った。

 2人の友達という立場で、どちらの幸せも願ってくれているのがわかる。

 きっと言いたいことはいろいろあるだろうに、それでも友達のことを考えてくれる。

 桜と友達でホントに良かったと思う。


「・・・ありがとう桜」

「どういたしまして。あ、でもこれだけは言っておくね」

「ん?」

「もし、不誠実な態度でしおりんのことを泣かせたらグーパンで殴るからそこのところよろしく」

「・・・はい」


 笑顔なのに妙に圧のある声色で恐ろしいことを言われる。

 こういうときの桜は冗談ではなく、本気マジでやるので肝に銘じておかなくてはいけない。

 この気持ちには真剣に向き合うつもりでいるので、殴られる未来にならないように努力しなくては。


「さて・・・桜に相談出来たおかげでなんだかスッキリしたし・・・」

「スッキリしたし?」

「・・・おやすみなさい」

「いや寝るんかーい!」


 そろそろ眠気が限界に近づいてきており、このまま目を閉じれば余裕で夢の世界へ旅立てるだろう。

 頭上から「やれやれ・・・」と桜の呆れた声が聞こえたが、眠いので仕方がない。

 眠れなかった要因が取り除かれた以上、睡魔に抗う術を僕は持っていない。

 桜は呆れつつも、寝かせてあげようとしてくれたのか自分の席へ戻っていく。

 そのことを確認してから机に突っ伏すと、1分待たずして意識が微睡の中に沈んでいった――。

 




「私の授業で熟睡とはいい度胸だな?笹原ァ・・・」

「いや・・・その・・・すんません」

「授業で寝る奴があるか。しかもなんでまた私の授業なんだ」


 場所は職員室の隣にある生徒指導室。

 鬼の形相をした天草先生と対峙している。

 朝スッキリして微睡の世界へダイブした僕は、そのまま授業が始まる時間まで眠り続け、さすがに天草先生も堪忍袋の緒が切れてしまった。

 当然授業が終わった後「あとで生徒指導室へ来い!」と言われ、今に至る。


「考え事してたら一睡もできなかったので・・・」

「ほう?それで私の授業では眠りこくってしまったわけだ。ずいぶんと余裕だな?これは学年末テストが楽しみだ」

「勘弁してください。ほんと悪かったですから」

「まったく・・・寝坊しなくなったと思えばこれか・・・」


 天草先生は頭を抱える。

 ほんと申し訳ないと思っているが、今日ばかりはほんとに許してほしい。

 

「・・・よし。次居眠りや寝坊なんぞしたら罰を与えるからそのつもりでいろよ」

「そんな殺生な・・・」

「これで何度目だと思っているんだ?寝坊含め7回だ7回。これ以上は看過できん」

「・・・たしかに」


 むしろいままでとくにお咎めがなかったほうが不思議なのだ。

 それだけ天草先生は寛大だったということか。


「まあ、お前は真面目な生徒だ。きっとテストでも素晴らしい点を取ってくれると信じているぞ?」

「いや、その・・・あまり期待されましても」

「 信 じ て い る ぞ ? 」

「・・・はい、頑張ります」


 天草先生の凄まじい圧に、首を縦に振るほかなかった。

 これは真面目に学年末テストで頑張らなくては、後が怖いことになりそうだ。

 それに学年末テストは進級にも響くので、どのみち頑張らなくてはいけない。


「よし。それじゃあ今回はもう行っていいぞ」

「はい。失礼します」


 席を立って、生徒指導室の出口へと向かう。

 

「・・・笹原」

「はい?」


 出口の扉に手をかけたところで、先生に名前を呼ばれたので振り返る。


「悩み事は、解決したのか?」

「・・・まあ解決までは行ってないですけど、友達に相談して何とか向き合い方は見つけたって感じですかね」

「そうか。ならいい」

「急にどうしたんですか?」

「いや、興味本位で聞いただけだ。もし困ったことがあれば相談に乗るから、一人で抱え込むなよ」

「ありがとうございます。でも、僕には頼れる友達が4人もいるんで、多分大丈夫です。もしどうしようもなくなったら、そのときはお願いします」

「・・・そうか。引き止めて悪いな」

「いえ。では失礼します」


 そうして生徒指導室を出る。

 それにしても天草先生があんなことを聞いてくるとは思わなかった。

 もしかしたら僕が一人暮らしで、周りに頼れる大人がいないので生徒を心配してのことなのかもしれない。

 教師という立場で、生徒のプライベートな事情にまで深く踏み込むことができない中で純粋に生徒を心配して気遣える先生なので、やはりいい人だと思う。


「・・・さて、戻りますか」


 昼休みの時間ももうすぐで半分なくなりそうなので、急いで教室へ戻ってお昼を食べなくては。

 おそらく今日もみんなも集まっているので、また今回の呼び出しの件で成人あたりからいじられるかもしれない。

 でも、それはそれで楽しいと感じるだろう。

 5人の関係が僕にとって心地のいいもので、亡くなってほしくないと思う。

 だから、栞との好意にも、自分の気持ちにもしっかり向き合って、5人で変わらずいられるこの関係が壊れないように頑張ろう。

 密かにそんな決意を固めながら、教室へ向かっていった――。

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