第27話 バレンタイン②
「はぁ~・・・」
「ちょっとー?いきなり深いため息つかないでよ~」
「うるせー・・・」
昼休み。
朝に話していたように5人で集まって昼食を食べていた。
1限目の授業が終わる頃には遅刻してやってきた樹木は、なんだかどっと疲れたような様子だ。
「それにしても、樹木が遅刻とはな。なにかあったのか?」
「別に大したことじゃないんだけど・・・」
「そうそう。いっちゃんがウジウジしてただけだし」
「さ、桜ちゃん・・・」
「「?」」
いまいち状況を理解できない僕と成人は顔を見合わせながら首をかしげる。
学校を遅刻するほどだから「大したことではない」とはどういうことだろう。
少なくとも僕の知る限りでは、樹木が遅刻しているところは見たことがない。
少々派手な見かけによらず真面目なので、そんな彼女が遅れるのには相応の理由があると思っているのだが・・・。
「拓道、今失礼なこと考えてたな?」
「なんで君ら僕の心の中ナチュラルに読んでるの?」
「考えてるじゃん」
「栞、僕ってそんなわかりやすい?」
「えっ、私にはわからないけど・・・わかったらいいのに・・・」
「えっ?」
最後の方の声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「最後の方何か言ってた?」
「えっ!?う、ううん!なんでもないよ!」
「?そう?ならいいけど」
最後の方に何か言っていた気がしたが、栞が慌てて首を横に振って否定するのでそれ以上はなにも聞くことができなかった。
「はい!拓道が失礼なことを考えている話はハバネロ入りチョコを渡すことで水に流すことにして」
「おい待て」
「とりあえず今日はバレンタインなので、私たち女子組はチョコやお菓子を作ってきました!」
「おー」
パチパチと手を叩きながら一人で場を盛り上げる桜。
ハバネロ入りチョコを渡されるかもしれないという恐怖がなければ素直に一緒に盛り上がるところだ。
一緒の作って来たという栞と樹木はなんだか緊張している様子だ。
「まあもったいぶっても仕方ないので、どうぞ」
「サンキュー」
「ありがとう」
桜から可愛らしいデザインの袋を受け取った。
中身はトリュフチョコレートが入っていた。
成人が受け取ったのは袋ではなく、丁寧にラッピングされた小さい箱で、中身はドーナツだった。
僕が受け取ったものは無難なものだったことに比べて、成人は彼氏だということもあってか相当気合を入れて作ったようだ。
「おー、ずいぶん凝ったものを用意したな。こりゃお返し考えるの大変だな」
「えへへー!そうでしょ~!お返しは期待してるよ?」
気が付けば二人がじゃれ合っているのは触れない方がいいだろうか。
まあ最近は一緒に行動することが多く、二人だけの世界に入り込む機会も減っていることだしそっとしておこう。
僕らもいるということを忘れないでもらいたいところではあるが。
「それじゃあ、次はいっちゃん!」
「あー、はいはい。義理だけど、まあてきとーに食って」
そう言いながらチョコクッキーが入った袋を2袋取り出して、それぞれ僕と成人に渡してくれた。
義理といえどもらえるだけで嬉しいので、用意してくれただけでも感謝だ。
「ありがとう、樹木」
「うむ。ちゃんと渡すことにしたようでよかったよかった」
「?どういうこと?」
「ふふっ・・・樹木ちゃん、作ったはいいけど渡すのがなんだか恥ずかしいって言って、直前まで渡すか渡さないか迷ってて・・・それで遅刻までして」
「し、栞!余計なことを言わなくていいから!」
顔を真っ赤にしながら慌てる樹木の代わりに栞が説明をしてくれた。
つまりは、僕らにバレンタインのお菓子を用意したはいいけど、渡すかどうかで悩んでいて遅刻したということだろう。
たしかに遅刻の理由としては大したことではないし、朝の栞と桜の反応も納得だ。
「渡したことなかったから仕方ねーだろ・・・もう渡したからいいだろ!次、栞の番!」
「あ、うん。それじゃあ・・・」
最後は栞の番ということで、梱包が異なる袋が3つ机に置かれた。
なぜ3つなのだろうか。
「はい、こっちは成人君の分。クッキーにしてみました」
「おう。ありがとな」
「それで、残りの2つが拓道君の分だよ」
「2つ?」
「うん。あ、こっちはお母さんからだよ」
2つ目の袋の送り主は華さんからだったようだ。
まさかもらえるとは思っていなかった。
あとでメッセージでお礼を送って、お返しも考えなくては。
「ありがとう」
栞にお礼を言って2つの袋を受け取る。
華さんからはバウムクーヘン。
栞からはマカロンだった。
「へえ~、しおりん、結局マカロンにしたんだ」
「うん。ちょっと難しくてお母さんにも手伝ってもらっちゃったけど」
「あれ?3人で集まって作ったんじゃないの?」
「あ、うん。私の家で集まって作ってたんだけど、私だけ最後までマカロンかカップケーキかで悩んでて・・・」
「それで最終的にマカロンにしたと」
「そういうことです。形が少し崩れちゃってるのもあるんだけど、味の方はうまくできてるはずだから」
「ううん。すごくきれいにできてると思う。家に帰ったらさっそくいただくよ」
受け取ったマカロンを見ても気になるほど形が崩れているようには見えないし、むしろマカロンは作るのが大変だと聞く。
それなのに、用意してくれたのだから感謝しかない。
しっかり味わって食べることにする。
「それにしてもマカロンか~・・・しおりんの攻撃開始だね」
「えっ?攻撃?」
「さ、桜ちゃん・・・!は、恥ずかしいから・・・」
「え~?恥ずかしがることなんてないでしょ~」
「?」
栞の攻撃とはいったいどういうことだろうか。
桜が栞をからかって楽しんでいるようだが、いまいちわからない。
「拓道もお返しはしっかり考えなよ~?」
「わかってるよ。ちゃんと用意しますとも」
「あー、これは微妙にわかってなさそうな感じだな~」
「?どういうこと?」
「なんでもなーい」
「???」
言っていることの意味がわからないが、桜はそれ以上何か言うつもりもないようで成人と雑談を始めてしまった。
ここは栞に聞くべきか。
「桜のアレ、どういう意味?」
「あ、えっと・・・その・・・ノーコメントで・・・」
「えー・・・なんなんだ・・・」
栞まで教えてくれなった。
「でも、まだ言うのは恥ずかしいけど・・・私は気づいてほしいと思う」
「それって・・・」
キーンコーンカーンコーン
「あっ!予鈴だ!」
「うわっ!やべー次移動教室なの忘れてた!急いで戻らねえと。じゃあみんなまた!」
「じゃあねー」
『それってどういう意味?』と聞こうとしたところで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、成人は慌てて自分の教室へと戻っていく。
他の3人もそれぞれの席に戻っていくので、結局聞きそびれて悶々とした気持ちのまま自分の席で教科書などの準備をする。
だがやはり気になって仕方ないので、こっそりスマホで栞にメッセージで先ほどのことについて聞いてみる。
『さっきのって、どういう意味だったの?』
『内緒』
『えー』
『いつか言えるように頑張るから。待ってて』
『よくわからないけど、わかった』
最後に『がんばる』というメッセージが書かれたうさぎの可愛いスタンプを送られて、メッセージのやり取りが終わった。
栞がなにを伝えたいのかまだよくわからないけど、なにか大切なことを伝えようとしてくれている気がする。
答えを得られなかったことで少し悶々とした気持ちは残るが、待っててと言われた以上は、僕にできるのは言われた通り待つことだろう。
ということで、午後はさっと切り替えて残りの授業に集中することにした。
午後の授業も終わり放課後。
最近は陽が沈むのが早いので、少しだけ暗くなり始めている廊下を歩いて昇降口へと向かう。
今日は他のみんなは部活や用事があるということで、一人で帰ることになった。
最近はなんだかんだで5人で一緒に帰ったり、誰かしらといることが多かったので、1人でいることに違和感を覚える。
それだけ誰かと過ごすことが当たり前になったということだろう。
1年前の自分からは想像できないほどの変化だ。
「笹原」
「ん?」
後ろの方から名前を呼ばれ、立ち止まって振り返る。
「天草先生」
そこにいたのは担任の天草先生だった。
どうしたのだろうか。
「今帰りか?」
「はい。それよりどうしたんですか?」
「ほれ」
用件を尋ねると、先生がホットココアを手渡してきた。
「これは?」
「昼休みの缶コーヒーの礼と、まあバレンタインだしそれも兼ねて」
「あー、それでわざわざ探しに来てくれたんですか?」
「たまたま見かけたからな。それに最近は寝坊もしなくなったし、ここらで餌付けでもしてこの状態を維持してもらおうと思ってな」
「いや、餌付けされなくても維持しますよ。それに元々寝坊はそんなに多くなかったでしょう・・・せいぜい3回くらい」
「6回だ。都合よく記憶を改変するな。というか何回でも寝坊は寝坊だ」
「ごもっとも」
ド正論で返されてしまった。
まあ、最近は気を付けているのでよほどのことがなければ大丈夫だとは思う。
読書の時間も前より減らしているつもりだ。
というよりも、読書の時間よりあの4人と一緒に居る時間が増えて自然と読書の時間が減っているだけなのだが。
「そういえば、お前柊木と仲がいいようだな」
「まあ、友達ですし」
「そうか。担任として柊木の男子が苦手な部分には思うところはあったが、なにしろデリケートな問題だからな。お前が友達になったようでよかった」
「まあ、たしかに触れにくい部分ではありますよね」
「教師と言っても、してやれることは限られてるからな。お前たちのおかげで柊木もこの先大丈夫だろうし、私は引き続き見守って、必要があればサポートはしていくつもりだ。お前も友達として、これからも頼むぞ」
「わかってますよ」
「それで、今日はバレンタインなわけだが、お前チョコもらったんだろう?」
さっきまでの真剣な話から一転して、急に世間話へと切り替わる。
「急ですね・・・もらいましたけど。といってもチョコといよりどっちかっていうとお菓子ですね。栞からはマカロンで、樹木からはクッキーでしたし」
「マカロンか。なるほど・・・そうではないかと思っていたが」
先生はなにか知っているのか、意味深なことを言う。
「・・・なんか栞も桜も意味深な反応をしていたんですけど、どういうことですか?2人とも教えてくれなくて」
「なるほどな。お前は知らないのか」
「えぇ、まあ」
「2人が教えてくれなかったということは、自分で気づけということだろう。だから私から言うのはやめておこう」
「えぇ・・・」
先生まで、教えてくれる気はないようだ。
「そうだな・・・。アドバイスをするのであれば、もしその意味が分かったなら、逃げずに向き合え、ということくらいだ。どうしても気になるなら調べてみるといい。まあ頑張れ」
「はあ・・・わかりました」
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
「あ、はい。さようなら」
結局、よくわからないアドバイスをして、先生は手を振りながら職員室の方へと戻っていった。
気になるなら調べてみるといいと言っていたが・・・。
「まあ、調べてみるだけなら・・・」
スマホを取り出して、検索の画面でマカロンと打ち込む。
すると、検索ワードの候補に『マカロン 意味』というワードが出てきた。
ということは、マカロンを相手に贈るというのには何か特別な意味があるということだろうか。
花などを贈る際にも意味はあると言うので、お菓子にも同じような意味があっても不思議ではない。
恐る恐る、出てきた検索ワードに触れて、検索結果を表示させる。
「・・・これって・・・」
一番上の検索結果を見て、心臓が一瞬鼓動を大きくする。
表示された内容は、マカロンの意味を説明している文だった。
意味は『あなたは特別な人』と書かれている。
マカロンを贈る相手を特別な人だと思っているということだ。
つまり、栞にとって僕は・・・。
「・・・これは、参ったね」
廊下の壁に寄りかかって、ため息をつく。
本人に直接言われたわけでもなく、実際どういう気持ちでいるのかもわからない。
でももし栞が僕を特別な人だと思ってくれているのなら、僕はどうするべきなのだろうか。
このまま見なかったことにして、栞を待つべきなのだろうか。
わからない。
「・・・とにかく、帰ろう」
ここで考えていても、思考は纏まらない気がするので、ひとまずは家に帰ることにする。
「これは、結構手間取りそうな問題だな」
そんなことを呟きながら、確かな気持ちの昂りと不安を胸に帰路に就いた――。
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