第26話 バレンタイン①

「今日チョコ貰えるかなー」

「お前は無理だろ」

「なんだとー!」

「ねえねえ、チョコ誰かに渡すのー?」

「うん・・・その、気になってる先輩に渡そうと思って・・・」

「きゃー!誰誰?私の知ってる人?」


 いつもは比較的静かな朝の教室だが、今日はみんな浮ついた雰囲気だ。

 原因は言わずもがな、今日がバレンタインデーだからだろう。


「みんな浮ついてるね」

「そりゃあバレンタインだしな」

「さすが、余裕だねナルは。もらえるのが確定してるようなもんだし」

「多分桜からもらえるだろうけど、タクも人のこと言えないと思うぞ」

「まあ・・・確かに期待はしていなくもない」


 中学のときは女子との交友はほとんどなく、特に目立ってもいなかったので、一度だけ1人の後輩の女の子にとある相談事に乗ってくれたお礼ということで中3のときにもらったことはあるが、その一度以外はもらったことはなかった。

 しかし、高校に入ってから栞や樹木と交友を持つこともできたし、桜からはもらえると思っているので、『3つはもらえるかも』と密かに期待していたりする。

 まあ、もらえなくても寂しくないさ。

 深夜に涙で枕を濡らすだけだからね。


「そういえばさっき面白い場面に遭遇したな」

「面白い場面?」

「天草先生が女子生徒複数人からチョコ渡される現場。めっちゃ困ってたみたいだった」

「あー・・・想像できるな」


 女子生徒にすごい勢いで「受け取ってください!」とチョコを差し出されて、若干引いて困っている先生の顔が目に浮かぶ。

 友チョコのような感覚で女子同士がチョコやお菓子を渡していても不思議ではないが、女子からの人気もあるので、もしかしたら本命も混じっているのでは?と邪推してしまう。

 成人の話によれば、渡されている方の天草先生は困っていたそうなので、もしかしたら甘いものが苦手なのかもしれない。

 生徒から好かれるし、生徒想いのいい先生ではあるのだが、どこか苦労人気質なところがある。


「あ、おはよう~!二人共」

「おはよう」

「おはようさん」

「おはよう、二人一緒なんだ」

「うん」


 『天草先生も苦労するな』と思っていると、少し遅めに登校してきた桜と栞がやって来た。

 樹木はどうやらまだ来ていないようだが、なにかあったのだろうか。


「樹木はまだ来てないみたいだが、なにかあったのか?」

「あ~・・・いっちゃんは己の葛藤と戦ってるんじゃないかな」

「あはは・・・」

「「葛藤?」」


 成人と二人で首をかしげる。

 なにかトラブルがあったわけではないようなのでひとまずはいいとして、二人の反応が微妙なのが気になるところだ。


「まあそのうち来ると思うから大丈夫じゃないかな」

「?まあ大丈夫ならいいけど・・・」

「そうだ。昼休みは二人とも空いてるよね?」

「空いてるよ。というかいつも通りみんなで集まるものだと思ってたけど」

「俺も同じく」


 昼ごはんはたまに成人が部活の仲間と食べに行ったりすることがあるが、基本的には5人で集まることが多い。

 桜がこのように確認してくるということは、バレンタインのチョコを渡したいから改めて確認しているといったところだろう。


「それじゃあ、昼休みは楽しみにしておいてね」

「はいはい。期待せずに待っておくよ」

「拓道~?渡すつもりがなかったハバネロ入りチョコをご所望かな~?」

「そんな悍ましいもの用意しないで?」


 もちろん期待していないのは冗談だが、桜も桜で恐ろしい笑顔でチョコが入っているであろう黒い箱を取り出してとんでもないことを言い出す。

 僕が辛いの苦手だって知ってて言っているに違いない。

 というか渡すつもりがないものを用意するな。


「大丈夫だよ、拓道君。桜ちゃんの冗談だから」

「そうでないと困るよ」


 とりあえず、昼休みは痛い目を見ないことを願うばかりだ。


「それで、さっき二人で何の話してたの?」

「あぁ、いや。ナルが天草先生が女子生徒からチョコ貰ってる現場を目撃したって話」

「あー、天草先生何気に人気だもんね~」

「その天草先生はちょっと困ってるみたいだったけどな」

「女なのに女子生徒から渡されるとは思ってなかったんだろうね~」

「天草先生クールでかっこいいから、人気なのはわかるな。私の友達も何人かそういう話してたことあるし」

「天草先生も苦労するな~。おまけに自分の受け持っているクラスに自分の授業の時だけ寝坊してくる生徒も抱えてるしさ」

「いやもう最近は寝坊してないでしょ。それに狙ってたわけじゃないから」


 ここぞというばかりに、僕のことをいじってくる桜。

 天草先生には悪いとは思っているし、なるべくこれからはしないように気を付けているし、仏の顔は三度までだから。

 だが反省はしていない。


「おっと、もうすぐ時間だな。それじゃあまたあとでな」

「あ、うん。またね」


 気が付けば、もうすぐHRの時間になっていたようで、成人は自分の教室へと戻っていく。

 こういうとき、成人だけ別クラスであることを少し寂しいと感じてしまう。

 同じクラスであれば、もう少し一緒に雑談したりできるのだが、クラスが違えばそうもいかない。

 この学校は2年までクラス替えがなく、3年で文系クラスと理系クラスに分かれるので、そのときにみんな同じクラスになれればと思っている。

 実際はお互いの進路だったり、得意不得意の違いで難しいと思うが・・・。


「お~い、HR始めるぞ~。席つけ~」


 成人が自分のクラスへ戻って5分くらいで、天草先生が少々疲れた顔でやってくる。

 先ほど成人が話していたように、若干ではあるが疲れた様子だ。

 ・・・あとで、ブラックの缶コーヒーでも差し入れでもしよう。

 そういえば結局樹木は来ていないようだけど、どうしたのだろうか。

 栞や桜の反応を見るに、トラブルに巻き込まれていたり寝坊とかではないようだが。

 まあ考えすぎても仕方ないか。

 きっと大丈夫だろう思うようにして、昼休みのお楽しみのためにいつもよりちょっと浮ついた気分で午前の授業を受けるのだった――。


 

 

 

 

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