第25話 はっきりと言葉にできた気持ち

「もうすぐバレンタインですな~」


 学校帰りに私と桜ちゃんと樹木ちゃんの3人で立ち寄ったカフェで購入したフラぺを飲みながら、桜ちゃんがそんなことを口にする。

 バレンタインデーである2月14日が近づいてきて、女子同士だけで集まっているこのタイミングだからこその話題と言えるだろう。


「まだ2週間くらいあるじゃん。気が早すぎない?」

「いやいや、いっちゃん。どんなチョコにするか決めて、試作したりと準備にも時間はかかるものだし。考えるのは早いに越したことはないんだよ」

「アンタ手作りするんだ」

「そりゃあね~。ナルは彼氏だし、拓道もなんだかんだ付き合い長いしね~」

「ふ~ん」

「聞いておいて興味なさそー」


 桜ちゃんの言葉を聞いた本人の樹木ちゃんが、あまり興味なさそうにスマホをいじりながら返している。

 この二人は仲がいいのか悪いのかわかりにくい距離感だけど、樹木ちゃんも特に嫌がっている様子もないし、仲が悪いということはないだろう。


「ふふっ」

「ん?どうしたの栞」


 私がふいに零した笑みを不思議に思ったのか、2人が私の方を見てくる。

 

「なんでもないよ。ただ、改めて拓道君と成人君を入れたこのグループで一緒に居られることが嬉しいし楽しいなって感じただけだよ」

「まあ少し前まで全然接点なかったからね~。特にいっちゃんとは」

「アタシの方こそ、アンタらと一生関わろうとは思わなかったわ」

「えー、それちょっとひどくない?」

「ま、まあまあ落ち着こう?」


 また軽い口論が始まりそうになったので、さすがに止めに入る。

 しばらくこの二人を止める役は私と成人君になりそうだな。


「まあ素直じゃないいっちゃんはさておき・・・しおりんはバレンタインどうするの?」

「へっ?どうするってなんのこと?」

「だから、バレンタインに拓道にチョコ渡すのかって話だよ」

「・・・えっ!?わ、私が拓道君にチョコを渡す!?なんでそんな話になってるの!?あっ、も、もちろん渡すのが嫌ってわけじゃないし、むしろ渡したいけれども・・・!」

「お、落ち着いて栞!」

「はぁ・・・はぁ・・・」

「わぁ~・・・これは予想以上の反応・・・」


 一気に喋りすぎたためか息が上がったので、少し深呼吸をして心を落ち着ける。

 

「落ち着いた?」

「う、うん」

「栞は男子NGだったから、男子にチョコあげるとか考えたことなかったんだろうけど・・・」

「ここまで慌てるとはね~」

「だって、バレンタインは基本的に女の子の友達に配ってただけだから・・・」

「まあでも今は拓道とも仲いいし、一応成人も同じグループだしさ」

「一応ってひどいな」

「はは・・・」


 でも、そうか。

 今は私、同い年の男の子とも関わっているし、仲良くしてくれているお礼も兼ねて渡したい。

 

「でも、どうして拓道君に渡すかどうか聞いてきたの?」


 誰かに渡すかどうか聞くだけなら、拓道君に渡すのかって聞き方をする必要はないはずだ。

 まあ私の交友関係で渡せる男子と言えば拓道君と成人君くらいしかいないので、それで聞いてきた可能性もあるけど・・・。


「えっ、そりゃあ・・・ねえ?」

「まあ・・・」


 二人が『逆になんでわからないのか』とでも言いたげな顔でこちらを見つめる。


「「だって、拓道のこと好きなんでしょ?」」

「・・・ふぇっ!?!?」


 2人がさも当然のことのように声を揃えて言った言葉に、まるで心臓が爆発でもしたかと感じてしまうほど大きく鼓動する。

 ドクン、ドクンと躍動する心臓によって血液が身体中に行き渡ったせいか、心なしか体温まで上がってきているように感じる。


「・・・この反応はもしかして自覚無し系?」

「あぁ、多分。それかアタシたちが気づいていないと思ってるかのどっちかだな」


 落ち着かない心臓の音を必死に抑えようとしている私を余所に、二人は呆れた顔で私を見つめている。

 どうして、なんで、そんな風に思われているのだろうか。

 

「え、えっと・・・私が拓道君のこと好きって、どういう・・・」

「そりゃあ言葉通りだよ。もちろんライクじゃなくて、LOVEのほうね」

「ら、らぶ!?」


 確かに『もしかしたらそうなのかも』くらいの自覚はあったけど、いざ他の人に言われると落ち着かない。


「アタシがたまたま二人と居合わせてファミレスで話した時、アタシと話してる拓道が楽しそうに見えてヤキモチ焼いたりしてたし、褒められた時だって、拓道の時はいつも以上に嬉しそうにするし」

「これでラブじゃないのはさすがにね~」


 周りからそんな風に見られているとは思っていなくて、恥ずかしさのあまり顔が段々茹で上がったかのように赤くなっていくのを感じる。


「・・・拓道君のことはその・・・す、好き・・・だと思う。でも、恋かどうか自信なくて・・・」

「んー、恋かどうかはしおりんがどう思うか次第だから、私たちが断言することじゃないんだけど、少なくとも私たちから見れば、しおりんは十分恋する乙女に見えてるよ」

「・・・そっか」


 恋・・・恋か。

 今まで同い年くらいの男の子と関わることから逃げてきた私が、そんな感情を抱ける日が来ることは正直諦めていた。

 でも一緒に居たいって思うことができて、ふとした瞬間には彼のことを考えてしまって、ヤキモチ焼いたり、もっと知りたいって思える人とだったら・・・。


「うん・・・。私、拓道君のこと、好きだな」


 ようやくはっきりと言葉にできた気持ち。

 2人に言われたからじゃない。

 きっかけをくれたのは桜ちゃんと樹木ちゃんだけど、紛れもない私の本心だ。


「うん、応援してるよ」

「なにかあればサポートするから」

「あ、ありがとう。で、でも拓道君が私のことどう思ってるかわからないし・・・」

「あー、まあ拓道は鋭いようで鈍いというか、肝心なところで逃げ腰だからな~」

「確かにあいつは気づいてなさそうだったな」

「でも確実に言えるのは、しおりんのこと嫌いじゃないってことだね。嫌いならそもそも一緒にいないだろうし、私は脈有りだと思うな~」


 この中で一番拓道君との付き合いが長い桜ちゃんが言うなら、多分なんとも思われていないということはないだろう。

 

「まあいくら鈍い拓道でも、しおりんからアピールちゃんとすればさすがに気づくと思うし、まずはバレンタインデーで胃袋を掴んじゃおう!」

「う、うん!頑張る!」

「そうすると、栞もチョコ手作りする感じ?好意を伝えるなら買ったものよりそっちの方がいいよな。栞お菓子作りとかしたことあったっけ?」

「お母さんに手伝ってもらいながらだったら・・・」


 女の子の友達に渡していたお菓子はお母さんに手伝ってもらいながら作ったものなので、1人では作ったことがない。

 簡単なものならば私1人でも作れるだろうけど、どうせならいつもより少しだけ凝ったものに挑戦したい。


「それじゃあさ!バレンタインの前日くらいにどこかで3人のうちの誰かの家に集まって、一緒にお菓子作りしない?案とか出し合えるし、感想も言い合えるし」

「なんでアタシまで作ることになってんの?」

「え~、さっきなにかあればサポートするって言ったじゃん」

「言ったけど・・・」

「せっかくだし、いっちゃんもなんか作って拓道やナルに友チョコとして渡してみればいいんじゃない?」

「私も、樹木ちゃんが居てくれると嬉しいな」

「あ~もう!わかった!やるよ!」


 渋々ではあるものの、なんとか樹木ちゃんの承諾も得られたので、これで3人でお菓子作りが出来そうだ。

 

「問題は場所だけど・・・」

「それなら、私の家で作るのはどうかな?」

「えっ、いいの!?」

「うん。お母さんに聞いてみないとわからないけど、多分オッケーもらえると思う」

「ありがとーしおりん!」

「わっ、危ないよ桜ちゃん!」


 喜んでくれるのは嬉しいけど、急に抱き着かれるとバランスを崩して転びそうになることがあるのでちょっと危ない。

 

「こーら、栞が困ってるだろ」

「はーい」


 樹木ちゃんに首根っこを掴まれて、桜ちゃんはおとなしく私を解放してくれる。


「まあ、とにかく!場所の件はしおりんお願いします!」

「うん。聞いたらまた連絡するね」

「よろしく」

(後でお母さんに場所使っていいかと・・・いいお菓子がないか聞いてみよう)


 こうして、バレンタインに向けてのお菓子作りをすることになった。

 拓道君に喜んでもらえるように、頑張って作ろう。



 話し込んでいる内に陽が落ちて真っ暗になり、街の光だけが照らしている道を、3人でどんなお菓子にしようか話し合いながら、駅に向かって歩いていった――。

 

 

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