蛙の宮殿2
『誰のものでもあるようで、誰も手に入れられない、決まった日に姿を隠す恥ずかしがり屋』
(一体何のことを言っているのか、さっぱり分からない)
姫棋は
(もしかして何かの動物とか……?)
恥ずかしがり屋の動物ならたくさんいそうだ。しかし特定の日にだけ姿を隠すものなどいるのだろうか。
それに、仮に動物だとしても、誰のものでもあるとはどういうことだ。その辺にたくさんいるという意味なのだろうか。なら誰も手に入れられない、のは毒でも持っているから……?
姫棋が頭を抱えて悩み苦しんでいると、何かが窓に当たる音が聞こえた。蛙でも飛び跳ねたのかと窓際に寄ってみると、窓の外にはいるはずのない人物が立っていた。
「何でここにいるの」
窓の向こうにいたのは、木蓮だった。
ここは後宮のなかでも皇帝の妃たちが住まう区画。男の立ち入り厳禁
「首尾はどうかなと思って」
そう言う木蓮は、のんきに窓辺に頬杖をついている。
「どうかなって、ここがどこか分かってるの? 見つかったらどうするつもり」
「そんなへまはしないよ。ここは私の庭のようなものだから」
庭って……。そんな頻繁に立ち入り禁止区画に入ってきているということか。
「まさか、皇帝の妃たちに……」
怪訝な目を向ける姫棋に木蓮は首を傾げたが、すぐ意味を理解したらしい。クスクスと笑いだした。
「そんなわけないだろう。さすがに私も皇帝の妃になんて、そんな大それたことはしな……」
と何か思い当たる節があったのか、木蓮は語尾をまごつかせる。
(え、まさか図星?)
非難の目で姫棋が見つめると木蓮は、ハハと笑いながら目をそらした。
(まあ、木蓮が誰と何をしようが知ったことではないけれど)
「木蓮が捕まったらわたしまで――」
といいかけて、木蓮の後ろに登った大きな月に目が吸い寄せられた。今日は満月らしい。薄くたなびく雲の隙間から見える月は見事だった。
「誰のものでもあって、誰も手に入れられない………。そうか!」
月だ。月はどこからでも見える。でも誰もそれを手に入れることはできない。そして決まった日に姿を隠すというのは、おそらく新月のこと。
姫棋は置いてあった筆と紙をひっつかむと、木蓮を押しのけて窓から外に出た。そして月を見ながら浮かんだ情景を描いていく。
答えが分かってからは早かった。途中木蓮がどこかに消えたことにも気づかず描きおえたのは、ちょうど
◯ ◯ ◯
「ほう。これは」
姮娥は姫棋が仕上げた絵を食い入るように見ている。
姫棋が描いたのは、玉蟾宮の上に登った月、そしてそれを見上げる一組の男女である。
「なるほどのう。木蓮の言うとおりにさせてみて正解じゃったようだ」
「へ?」
もしかしてこのお題を考えたのって……。
「いや木蓮がの、簡単に部屋を与えては面白くなかろうと言うてな。この謎かけを考えおったんじゃ」
(あの男……!)
だから、のこのここんな所までやってきたのか。高みの見物に。
「そう怒るでない。絵は、よう描けておる。わらわの好みも、あのわずかな問答だけでよくぞ見抜いた」
「ええ。本当に姮娥様にぴったりの絵と存じます」
好みを見抜くって、前面に出てましたけど。と内心思った姫棋であったが、それは言わずに飲み込むことにした。
このあと、姫棋は念願の個室を手に入れることとなる。
他の宮女たちが自分も、とならぬよう表向きは「木蘭」という宮女と二人部屋、ということにして。
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