手首
@fujisakikotora
手首
人 物
道内尊氏(35)陰陽師
冷泉惟茂(26)平安貴族
冷泉市子(22)冷泉の妻
烏哭(16)旅芸人
下女(15)
小間使い(20代・40代)
頭(40)暴漢たちの頭領
暴漢
○平安京・朱雀通り
牛車と人の往来、老若男女の物乞い。
ハエのたかった遺体。その手。
ハエの羽音、だんだん高まって、時を
知らせる太鼓の音が重なる。
○冷泉家・中庭〜縁側
舞の音楽が小さく聞こえる中、色とり
どりの花に蝶が舞っている。
つまらなそうに見ている堂内尊氏(3
5)、汚れた袈裟に無精ひげ。
音楽、終わって拍手が起こる。
冷泉の声「待たせたの」
堂内、振り返る。
縁側と応接間の仕切りの御簾の向こう
側、冷泉惟茂(26)が立つ。
冷泉「これへ」
堂内、ぶらぶら縁側に向かう。
堂内「見事なお庭ですな。京の都も近頃は治安が悪くなるばかり。お聞きですか、先日なんぞ、二条のお屋敷に投げ込まれのは(笑って)耳だの、人の手首だの」
冷泉「(動揺して)やめろ!胸が悪くなる」
堂内「は、いやいや、これは」
堂内、地面に跪く。
冷泉、小さく震えている。
堂内「(頭を下げて)ひらに、ご容赦を」
冷泉、低頭した堂内をみて満足そう
にする。
それを上目遣いに見て冷笑する堂内。
冷泉「ところで今日そちを呼んだのはな(あたりを憚って)もちっとそばへ寄れ」
堂内「はあ」
堂内、庭をいざり寄る。ハエの羽音。
冷泉、そっと鼻をつまむ。
冷泉「(咳払いをして)実は屋敷にもののけの類がでるのだ」
堂内「ほう」
○(イメージ)冷泉家・台所(夜)
下女が柄杓で水がめから水をすくう。
下女、柄杓に目をやると、大量の長い
髪の毛がまとわりついている。
下女「ぎえっ」
柄杓を捨てて腰を抜かす下女。
冷泉の声「下女の見間違いと思ったのだが」
○(イメージ)冷泉家・市子の居室(夕)
歌を書きつけて、おっとりと庭を見
る冷泉市子(22)。庭に立っていく。
冷泉の声「妻がな」
仕切りの御簾の下、水が滴っている。
御簾を上げかけた市子、手を引く。
手に濡れた髪がまとわりついている。
市子が後退ると、御簾の辺りから髪の
毛の大きな塊がびちゃっと落ちる。
市子「ヒエーッ」
気絶する市子。
髪の毛に触れた左手の部分が赤くただ
れている。
家人の騒ぐ声。
冷泉の声「医者を呼んで、すぐに気が付きはしたのだが」
○(イメージ)冷泉家・寝室
額に濡れ布巾をあてられ横になってい
る市子。うなされている。
女性の小間使いが二人ついている。
かっと目を見開く市子。
冷泉の声「だが奇妙なことに……」
市子、わめきながら自分の左手から手
袋を外すような動きを繰り返す。
小間使い、口々にお方様、と呼びかけな
がら寝かせようとする。
市子、自らの左手を噛み始める。
小間使い1「(狼狽して)いけません、いけません、どなたかー!」
市子のくぐもったうなり声。
乱れた布団に血が飛ぶ。
小間使いの悲鳴。
○冷泉家・客間
堂内、思案顔で話を聞いている。
冷泉「とうとう……人の目を盗んで、包丁で自分の左手を」
冷泉、あとの言葉を飲み込んで顔をそ
むけてむせび泣く。
堂内「して……出入りの陰陽師はなんと」
冷泉「役にたたぬ。気休めのまじないだけしおって」
堂内「ふむ……しかし私のような外道の陰陽師をお呼びなのには、他に訳が」
冷泉「……」
堂内「まあいいでしょう。目下、人外よりは人、生霊よりは死霊と見える。まあ、女の霊でありましょうな。今夜あたり私が」
冷泉、舌打ちをする。
冷泉「(小声で)髪が長くても女とは限らぬ」
堂内、いぶかしげに冷泉を見る。
○同・敷地内(深夜)
堂内が庭をぶらぶらと歩いている。
フクロウの声が響く。
虫の声、突然途絶える。
気配に気づいて振り向く堂内。
堂内「(相手を見て)そなたか」
○同・応接間(夜)
下座の堂内の前に御膳が並んでいる。
上座、御簾の向こうに冷泉がいる。
冷泉「礼を申すぞ堂内」
堂内、手づかみで料理を食べている。
冷泉「さすが、外道とはいえ腕は都いちと言われた陰陽師」
堂内「……」
冷泉「どうじゃ、味は、うん?」
堂内「冷泉様は、舞がお好きだそうですな」
冷泉「(警戒して)うん?ああ」
堂内「(取り繕って)いやあ、私も好きなのです。ご存じですかな。ふた月ほど前、旅の芸人一座が都に参り申した。舞いが大層上手く、特にある男がたいへんな美男で」
扇を口に当てる冷泉。
○(イメージ)舞台
旅の一座が舞いを披露している。
華麗に舞う手の向こう側に牛車。
牛車の中に、恍惚とした表情で舞を
見る冷泉。
○冷泉家・客間
堂内「男女問わず夢中になるような美男だったそうですが、一座は不意に前触れもなく都を去ってしまいました。みなずいぶん残念がったとか。その男の名は確か……」
○(イメージ)冷泉家前・通り(深夜)
堂内に向かい合って、青白い霊体の姿
で立つ長髪の美男子、烏哭(16)。
烏哭、涙を流している。右手がない。
その口が動く。
堂内の手元。堂内、懐紙に「烏哭」と
綴り、都郊外の住所を書き留める。
○冷泉家・応接間(夜)
冷泉「(吐き捨てるように)知らんな。乞食同然の旅芸人の舞に興味はない」
咀嚼しながら冷泉を冷たく見る堂内。
○(イメージ)平安京・座敷茶屋(夕)
裸で寝ている烏哭と冷泉。
冷泉「なんじゃと」
烏哭「僕には舞が一番です。舞があって、次が冷泉様」
冷泉「(身を乗り出して)わしか舞かと問われたら、舞を取ると申すか」
烏哭「(冷泉を愛撫しながら)ええ」
烏哭の右手を握っている冷泉の左手に
力が入る。
烏哭の悲鳴。
○(イメージ)平安京・廃墟(深夜)
右腕を押さえて倒れている烏哭。
斧を持った暴漢がその口を抑える。
牛車からそれを見ている冷泉。そばに
控えている頭。
冷泉「これで舞は踊れまい」
烏哭「僕の手が!僕の手が!」
冷たく笑う冷泉。
旅芸人の声「何事だ!烏哭!いるのか」
ハッとして声の方を見る冷泉。
旅芸人たちが松明を手にやってくる。
冷泉「(頭に)殺せ!皆殺してしまえ」
頭「いいんですかぃ」
冷泉「構わぬ。皆旅に出たと思うだけじゃ。殺して焼いてしまえ。褒美は弾む」
頭「よっしゃ」
怒声と悲鳴の中、去っていく牛車。
炎のはぜる音が重なる。
× × ×
焼け跡の髑髏。その手前、煤に塗れて
烏哭の右手だけが焼け残っている。
腐り始め、ハエがたかっている。
やってきた堂内、懐紙をしまってし
ゃがみ込み、合掌する。
○冷泉家・応接間(夜)
冷泉の笑い声。
ギラギラした目で冷泉を睨む堂内。
堂内「残念ながら私は舞を全く解しません」
冷泉「そうかそうか。まあ口に合う合わんは仕方ない。料理と同じように」
食べ散らかされた堂内の料理。
堂内「(微笑んで)それは、いい、お例えですな」
冷泉「何?」
冷泉、自分のお膳を見る。
と、そこには烏哭の右手が横たわって
いる。右手、突如這い出して冷泉の左
手に絡みつく。
悲鳴をあげかけた冷泉の後ろから、凄
まじい形相の烏哭が立ち現れ、長い髪
が冷泉の顔をたちまちに包んでいく。
冷泉のくぐもった泣き喚き声。
立ち去り際、薄く笑った堂内。
堂内「死ね外道」
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