後編

──依頼を受けた翌日の昼過ぎ。


神図つかさと絵縫るみは依頼人である吉良映絵美が探している、右耳に赤い花のついたパステルピンクのぬいぐるみを見つけるべく、日本で有名な神社に近い大規模な公園で探索を始める。


「ふむ、こんだけ広い公園で見つけるのは一筋縄ではいかなそうだね」


「大変そう……」


「よし! 早速探してみよう」


 広い公園の木の茂みやベンチ等をくまなく探したが、一向に見つからない。


「絵縫さん、見つかった?」


「いっぱい探したけど何もなかったです」


「そうか……。私もだよ。もしかしたら、すでに誰かがお巡りさんに届けてるかもしれないな」


「確かにそうかも」


「いっそのこと便利屋さんに頼んじゃおっか! 彼らにお任せして私達は美味しいケーキがあるカフェ巡りをしていれば楽に見つけられるよ。名付けて『全自動ぬいぐるみダウジングマシン』! ……なんてね」


「もう、こんな時にふざけないでください!」


「ああ、ごめんごめん。冗談だよ、ははっ」


「……映絵美さんに連絡するのですか?」


「うん、進捗をこまめに伝えるのも仕事のうちだからね」


 つかさは業務用の黒いスマホを取り出し、依頼人の映絵美に調査を報告をしている。

電話を切ると、困惑した表情を浮かべる。


「参ったな。彼女に連絡したら、『さっき思い出したんだけど、噴水広場の近くに落としたかもしれないからよく探してぇ~!』の一点張りだったよ」


「本当にあるのかな……?」


「見つかる可能性を信じて、噴水広場の辺りを探してみよう」




──空は段々と赤く、そして暗く染まり始める。



「全然見つからない……。もうヘトヘト」


「たくさん歩いたし、そこのベンチに座って休憩しようか」


「はい」


噴水広場の前の2人分のスペースがあるベンチに腰かける。


「喉渇いた……」


「飲み物は何がいい?」


「ブラックコーヒーがあればお願いします。でも無かったら何でもいいです」


「分かった。飲み物買ってくるから少し待っててね」


つかさがストレートアイスティーとブラックコーヒーを買いに自販機まで向かう。

自販機の距離が遠かったのだろうか。なかなか戻ってこない。





「おい! るみ!」


突如響き渡る男性の怒鳴り声。


「!!」


 るみは恐怖で固まってしまう。目の前には黒髪に白いTシャツを着た見覚えのある男が立っている。彼こそるみを絶望のどん底に突き落とした元恋人の影取 流有人かげとり るうとだ。


 彼の背後には吉良 映絵美きら ばえみと取り巻きの女2人と男の友達と思われる男2人の計6人がいる。


「お前久しぶりだな」


「えっ、何で……?」


「あなたともう1人がせっせとぬいぐるみを探してるの面白くて見にきたのぉ。ふふふっ!」


「ねぇ、探してるのこれでしょー?」


鞄から取り出したのは、右耳に赤い花をつけたパステルピンクのうさぎのぬいぐるみ。

失くしたはずの子。そう、紛失はでっちあげで最初から彼女の手元にあったのだ。


「ぬいぐるみなんて公園にある訳ないじゃーん!バーカァ!! さすが何をやってもポンコツの劣等生! 成績も運動もあまりに悪いお馬鹿さんだものねぇ~きゃはは!!」


「うそ、あたし達を騙したの……!? 酷い!」


「るみ、俺達の遊びに付き合えよ。今からおもしれーことやるからよ!」


「いやーーー!! 助けて!!」


「うるさいわねぇ! 今からクビ祝いに遊んであげるんだからありがたく思いなさいよぉ!」


「おい、OurChannel(動画配信サイト)で生配信始めるぞ! 早く準備しろよ」


連れの男2人組の内の1人はスマホを取り出すと周囲の木に隠れて、るみにカメラを向けて撮影する。


「どうも、るーとでーす! これから黙って俺から逃げたこいつを成敗するんで最後まで見てくれよな!」


 彼はるみを突き飛ばした後、背中を足で何度も蹴り飛ばす。


「痛い!」


「うちからはこれをお見舞いしちゃいまーす! もうアップしたし、こんなカロリー高くて太っちゃうドリンクと可愛くないぬいぐるみなんていらなーい」


 そう言うと映絵美と2人の女は、手に持っているぬいぐるみを少女に投げつけると、原宿で2時間以上待つ程の人気カフェ『プラネットテラス』の限定キャラメルラテ『ヴィーナス』を背中にぶちまける。


「やめて!!」


 腋の付け根まである黒い髪と新調したロリィタ服が山吹色のラテまみれになってしまう。


「きゃはは! せっかくのダサいコスプレ衣裳が台無しじゃん! マジウケる~写真撮ってアップしよっと!」


「やばっ、学校にいた時より面白くて草生える!」


「ねー?」


 男性恐怖を植え付けた元恋人と過去のいじめっ子たちにまた虐げられる恐怖のあまり、何も抵抗できずにただ彼らの目の前でしゃがんで泣く事しかできない。一瞬立ち止まる者はいたものの、面倒事に巻き込まれたくないためなのか、手を差しのべる通行人は誰もいない。




「どうしたの……?」


 低音で優しく包み込むような声と同時に、るみの背後から一筋の光が差し込まれる。


「あっ、探偵さぁーん! その子突然目の前で転んじゃったからぁ~私達が面倒見てたんですよぉ~」


「ひっ……うぅ」


先程の声の主が少女の手前に姿を現す。


引き締まった綺麗な足首、踝丈の黄色の靴下、茶色のローファー。その姿は紛れもなくつかさである。


「映絵美さんと……お名前は?」


「流有人っす」


「あれ? もしかして、『るーとちゃんねる』の、るーとさん!?」


「そうっす」


「わあ、実際に会うとカッコいいな~! いつも生配信を楽しく見ています」


「マジっすか! あざっす!!」


つかさにおだてられて満面の笑みを浮かべる流有人。しかし、その笑顔はすぐに消える事になる。


「数人の男女がよってたかって夕方の広い公園で女の子を叩く企画思いつくなんてすごい才能持っているんですね! あー、素晴らしい! 感心したよ」


つかさの唐突な言動に、周囲の空気が凍りつく。


「は……?」


「君達のしたことはもう分かっているんだ」


 穏やかな表情から一変、真剣な眼差しで流有人ら一同を見つめる。


一瞬怖じ気づいたが、映絵美が口を開く。


「探偵さぁ~ん、何言ってるんですかぁ~?るみは転んでただけですよぉ~?」


まるで自分達は関係ないと言わんばかりにとぼける彼女に、つかさは推理を始める。


「単に前に転んだだけなら、背中の中心にたくさんの足跡があるのは不自然だ。それに、この金粉と匂いはプラネットテラスの限定メニュー『ヴィーナス』。地面に転がっている空の容器があるからすぐに分かったよ」


 さらに推理を続ける。


「絵縫さんを突き飛ばし、背中を何度も蹴って、手に持っていた『ヴィーナス』をぶちまけたと考えた方が自然だね」


女探偵の的確な推理に反論する者は、もう誰1人いない。


「どうして、このこををいじめたりしたの? せっかくこうしてあえたんだから、みんなともっとおはなしがしたいな。なやんでいることがあったらなーんでもきくよ?」


まるで子どもに言い聞かせるような柔らかい口調で尋ねるつかさ。


「あんたに話す事なんかねーよ」


「うちもー」


るみを虐げた理由を頑なに話さない流有人と映絵美達。


 その時、木に隠れて動画を撮影していた連れの1人が突然姿を現すと、突然スマホの画面に向かって叫びだした。


「おい、流有人!! やべぇ事になってる!! これ見ろよ」


「何だよ、どうなってんだよこれ!」

 

スマホの画面を食い入るように見つめる流有人。


「コメントはっ、と……。『垢BAN待ったなし』『チャンネル登録解除祭り』『後に映っているの、インフルエンサーのあかはなじゃね?』『あかはなとるーと、その他連れの住所特定した』……は?」


「あかはなってうちのアカウント名じゃん! やだぁ、コメント炎上してるし!」


「お前らがさっさと配信切らないから炎上したじゃねーかよ!」


流有人は連れの男2人組に激しく責め立てる

「コメントが盛り上がって、配信切るに切れなかった……」


「はあ、お前らをここに連れた俺がバカだった。くそっ!」


「いいな~ファンレターたくさん送られてきてすっごい羨ましいよ。注目されて良かったね! おめでとう」


 つかさが皮肉めいたお祝いの言葉を送る一方で、辺りに修羅場の空気が流れる。


「どうしよう、るーくん何とかしてよぉ!」


「あ!? そんなの知るかよ! ばえみんがぬいぐるみなんか探すデマ作るから悪いんだろ!?」


「悪いのはこんな粗大ごみ使って配信しようとして誘いに簡単に乗ったるーくんでしょ!? 配信のネタにるみを部屋に招き入れたのだってさぁ、るーくんが有名になりたいって気持ちがあったから許したのに、この恥さらし!」


「ばえみんとは高校入学の時から付き合ってきた仲だからこの際はっきり言うけどよ、お前のかまってちゃんオーラがマジうぜぇんだよ!……ったく毎日どうでもいいメッセージを何回も送ってきやがってよ」


「はぁ!? 何それ、意味分かんない! 今までどれだけるーくんを愛してきたと思ってるのよぉ!? うちからも言わせてもらうけどさー、自分だけじゃロクに動画を伸ばせないヘタレ配信者の癖にダサすぎ!」


「……えっ? うそ……いや!」


2人の口から語られる衝撃の事実に、るみの目の前は暗黒に染まる。







「いい加減にしろよ、このゲス野郎共が!」






 突然の大きな低い怒鳴り声に張り詰めた空気が流れる。



「さっきから黙って聞いていりゃ揃いも揃って自分勝手で責任の擦り付け合いばかりしやがって! るみがどれだけ辛い思いをしたか分かっているのか!? てめえらは何の罪もない女の子の心を平気な顔をして壊した事を今すぐこの場で謝れ! あぁ!?」


 普段の温厚なつかさからは想像もつかない程の口調とまるで犬が牙をむき出しにして威嚇しているかのような鋭い形相に、るみは驚きの表情を見せる。

静寂な雰囲気の中、流有人が声を震わせながら口を開く。


「あんたには関係ねーだろ! ていうか一体るみとどんな関係なんだよ!」


 つかさは深呼吸をして息を整える。


「ルームメイトであり、友達でもあり──」


 首の後で一つに縛っているゴム付きの黒いリボンに手をかけ引き抜くように解く。背中まである栗色の後ろ髪を風に靡かせながら鋭い眼差しで彼らを睨み付ける。



「──俺の大切な社員パートナーだ」



『もう一度誕生日会』でるみからもらったリボンを左手に握りしめて、その拳を前に突き出す。


「うわああああ!!」


 何もかも追い込まれて自暴自棄になった流有人はつかさに殴りかかる。


彼の拳が相手の顔にくるよりも先に、つかさは左手の拳で流有人の腹の中心に強烈な打撃を与える。女にしては強い力に彼は思わず叫び声を上げる。


大学時代に父からの勧めで体力作りのためにトレーニングジムで身体能力を鍛えていたからである。


「痛ってぇ!!」


「分かっただろう? これがるみの気持ちだ」


恐れをなして流有人ら5人は一目散に噴水広場から逃げ出した。


「ちょっと! うちを置いていかないでよ!!」


 7センチ程度の高いヒールを履いているため逃げ遅れた映絵美。つかさは彼女にゆっくりと近づいて穏やかな口調で話しかける。


「映絵美さん、ピンクのうさぎのぬいぐるみ、今持っているよね? ほら、バッグの中から耳が出ているよ?」


「……!! これはさっきうちが見つけて……」


「じゃあ、その子を出して、私達によく見せてもらえるかな?」


映絵美はなかなかそれを出そうとしない。明らかに動揺しているようだ。


「なんでみせられないのかな? おねえさんにおしえてくれるかな? るみにぶちまけた『のみもの』がそのこのからだにもついちゃってるから?」


「!!」


「自分で洗濯して破棄すれば見つからなかったって事に出来る。そして依頼料が返ってきて実質無料ってしたかったんだろうけど、残念だったね」


反論の余地がない映絵美は、ただ立ち尽くすしかできない。


「誓約書に書いてあったはずだよ。『虚偽の依頼が発覚した時は、然るべき法的処置をささせていただく場合がある』と。調査費用の支払いに加えて部下に危害を加えたことによる損害賠償とクリーニング代を後日請求するから、



──覚悟しておけよ?」




相手を睨み付けてドスの効いた低い声で警告するつかさ。まるで幽霊を見たかの如く震え上がる映絵美。


「こ、こんなぬいぐるみいらないわよ!いやああああああ!」


そう捨て台詞を残し、映絵美はぬいぐるみを叩きつけるように地面に投げ捨て、高いヒールの音を激しく鳴らしながら走り去っていく。


「はあ、とんでもない奴らだな……。るみちゃん、怪我はない?」


「ひっく……うぅ……」


「もう私がいるから大丈夫。それにしても、酷い汚れだね。このままじゃ風邪引いちゃう」


 冬が近づくにつれ、少しずつ日が暮れるのが早くなる秋の空。『ヴィーナス』を背中に浴びせかけられて寒さに震えるるみ。


すると、つかさは自身が着ている灰色の膝丈トレンチ風コートを脱ぎ、るみの背中を覆うようにしてそっと肩に掛ける。


「これで暖かくなったね。さあ、お家に帰ろう」


「待って……」


「どうしたの?」


「この子、連れてって……いい?」


本来なら幸せになるはずだった『いのち』。薄汚れた承認欲求の犠牲になった『子ども』。

暖かい手に包まれて帰路につく。


まだ消えぬ恐怖と悲しみに暮れてすすり泣くるみの肩を抱き寄せながら、絶え間無く賑わっている街中をゆっくりと歩いていく。




 自宅に着いた頃には夜7時をまわっていた。

部屋着に着替えて寝室にこもったきり出てこないるみ。


「るみちゃーん、入っていいかな?」


ドア越しに啜り泣く声。部屋に入ると、拾ったパステルピンクの子を抱きかかえてベッドに横たわっている彼女が目に飛び込む。


少しずつ乾いてはいるが、キャラメルの甘い匂いが漂う。


「つーちゃん、あたし何もできなくて……ごめんなさい」


「君は何も悪くないよ。こっちこそ、今日は驚かせちゃってごめんね」


「ううん、あたしの為に怒ってくれてありがとう。……いじめっ子もだけど、やっぱり男の人って怖い。でも、克服したい。強くなりたい」


「るみちゃんは十分強いよ。頑張っているのは私がよく知っている。そんな君が──大好きだよ」


小声で優しく囁くつかさに、るみは飛び起きると吸い込まれるようにぎゅっと抱きしめる。



翌日の朝。


「これから大変だな……」


 リビングのテレビに映し出されている映像を見て、つかさはそう呟く。アナウンサーやコメンテーターの辛辣な意見が部屋を響かせる。


 階段を降りる音が聞こえる。咄嗟にテレビの電源を切る。


「つーちゃん、おはよう」


そこには、最初に出会った時に着ていた赤いロリィタ服に身を包んだるみの姿があった。


「やあ、昨日はよく眠れた?」


「うん、何とか……でも気持ちが落ち着いたから大丈夫」


「そっか……。汚れたお洋服とぬいちゃんはクリーニングに出しておくね。今回は無料特別サービスで出来るからお金の事は心配いらないよ」


「ありがとう」


「さあ、今日も張り切っていこう!」


「はい!」

2人はいつものように事務所へと向かう。


 多くの迷える依頼人とぬいぐるみを救うべく絵縫るみと神図つかさは、今日も忙しくも楽しそうに仕事に励む。



おわり

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出会いたくなかった日(つかさ探偵事務所) つなびぃ @Ori_tsuna273

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