出会いたくなかった日(つかさ探偵事務所)

つなびぃ

前編

 雲がひとつもない青い空と太陽の暖かい光、そして少し肌寒い空気に包まれる原宿の秋の朝。


(はあ、賑やかだった社内も随分寂しくなってしまったな……離れた社員には申し訳ないことしてしまったかな)


 しかし、今は──


「おはようございます、つーちゃ……社長」


「やあ、おはよう絵縫えぬいさん」


 『神図探偵事務所』から『つかさ探偵事務所』に名称が変わって一週間が経つ。絵縫えぬいるみは現在、27歳の事業主である神図こうずつかさの元で助手として勤務している。


 18歳で社会人として未熟である上に、社長の身分であるつかさと同じ屋根の下で生活しているせいか、会社内で『つーちゃん』と呼びそうになってしまう事がある。

「あははっ、いつも通り接してもいいんだけどなぁ」


「それだと仕事って感じがしないので社長って呼びますっ……もん」


「さあ、今日もよろしく頼むよ」

「はい!」


 ──15時頃。


「……はい、つかさ探偵事務所です。あっ、確認致しますので少々お待ちください。あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? ……それでは○月○日14時にお待ちしています。よろしくお願いします。失礼致しします」


「絵縫さん、電話上手いね」


「あたし高校の時に期間限定で電話番の学内アルバイトをしていたの……です! 今の受け答えで大丈夫でしょうか?」


「う~ん、今の感じも良いんだけど、電話を切る前に『お電話ありがとうございました』と付け加えると気持ちが込もって暖かい印象になると思うよ」


「あっ、そうですね。勉強になります! メモメモ……」



その時、出入り口の受付辺りから足音が聞こえる。


「今ちょうど依頼人が来てるから、お茶の準備よろしくね」


「はーい!」


 緑茶をうさぎのマークがついた湯呑ゆのみに入れ、お盆に乗せて応接室に入る。


「失礼します。あっ……」


「あらぁ、るみじゃーん! 久しぶりぃー!!」


 応接室には入口近くの席にいるつかさとその向かい側に、きつく巻き髪をした長い金髪のポニーテールをした依頼人の女性が甲高い声を上げてるみを出迎えている。しかし、るみの表情はなぜか笑顔がひきつっている。


「久しぶり……」


「あれ? お知り合いかな?」


「はい! 高校の友達なんですよぉ! こんな所で会えてよかったぁ!」


るみと同年代ぐらいの依頼人の女性は嬉しそうに話す。


「……それでは、本題に入らせて頂きます」


依頼人の名前は吉良 映絵美きら ばえみ。るみと同い年で、谷間を露出したマゼンタのミニ丈ワンピースに7センチ程のハイヒール。まるで夜のお店にいる従業員のような見た目である。


 詳しく話を聞くと、どうやら原宿にある大きい公園で、右耳に赤い花をつけたパステルピンクのうさぎのぬいぐるみを落としたらしい。


 つかさはるみにお茶を出すようにアイコンタクトをとる。

湯呑みに入れた緑茶を映絵美の前に置く。


「どうぞお飲みください……」


「ありがとぉー!」


すると映絵美は湯飲みを手にした途端、




「あっつぅーーい!」




叫び声をあげ、すぐに湯呑みから手を離し床に落としてしまう。


「ごめんなさぁーい! 手にしたらあまりに熱くてぇ~」


「お怪我はありませんか!? お召し物は無事ですか!?」


心配して駆け寄るつかさに、映絵美は強く怒りを露にする。


「何なのよぉ、この子! ねぇ、どういう教育してる訳ぇ!?」


「私の部下が大変失礼いたしました! 絵縫さん、タオル持ってきてくれるかな? 給湯室に新品のあるからそれ使って」


「あっ、はい……申し訳ありません……」


るみは同じ階の給湯室にあるタオルを取りに行こうと慌てて走ると、何かに躓いたのか激しくうつ伏せに転倒してしまう。


「絵縫さん、大丈夫!?」


「ごめんなさい! いたっ……。タオル取ってきます」


その言葉のあと、るみは給湯室へと向かった。




 ──数時間後。


「また何かありましたら、わたくし神図つかさまでお気軽に連絡ください」


「フォロワーからもらったすっごい大事なぬいぐるみが見つかるまでよろしくお願いしますぅ。あー、お気に入りのお洋服が濡れなくて良かったわぁ」


るみの顔を真顔で見ながら映絵美はそう呟く。


「その件については誠に申し訳ございませんでした」


「まー、いいわぁ。じゃあよろしくねぇ~うふふっ」


ヒールの音を高く鳴らしながら、彼女は事務所を後にする。


「社長、ごめんなさい……」


「映絵美さん結構怒ってる様子だったけど、何とかなだめておいたよ。辛かったらゆっくり休んでていい。後は私一人で仕事回すから、ね?」


「まだまだ頑張ります」


「……あまり無理しないでね」



──業務終了。事務所向かいにある自宅のリビングにて。


「るみちゃん、今日は災難だったね」


「うん。つーちゃん、あのね……」


「どうしたの?」


 るみの話によると、高校の在学時代にるみは主犯格とその取り巻きの同級生の女子3人組に、男子生徒からちやほやされている事が気にくわないという理由でいじめられたという。その内の主犯格こそ、今日の依頼人である吉良映絵美だった。


 いじめの内容は、どれも心が痛むものばかりだ。女子トイレで水をかけられる、物を捨てられる、事実無根の噂を学校中に流される等の事は日常茶飯事だった。何より悲しかったのは、孤児院の牧師からもらった大切なぬいぐるみが原型が分からない程にバラバラにされた事である。


 そんな彼女に差し伸べてかばってくれたのは、元恋人の流有人だった。

いじめから守ってくれた彼にるみは一目惚れをして付き合い、卒業後は同棲を始めた。

しかし、次第に彼が冷たくなり、わずか3か月で突然アパートを追い出されてしまった。


「そうだったんだ……」


「ごめんなさい、こんな暗い話しちゃって」


「ううん、今まで本当に辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。私がいるから……」


目に涙を浮かべた少女に、そっと頭を撫でて優しく微笑ほほえむ。



 ──とあるアパートにて。


「ねぇ、聞いてぇー」


「何? どうした?」


「今日ねぇ、るみに会ったぁ! うちの友達がるみにそっくりな子が事務所のビルに入ってるところを見かけたって教えてくれたから行ってみたのぉ。そしたらホントにいたぁ」


「マジかよ!?」


 電話の相手は影取 流有人かげとり るうと

絵縫るみの元恋人であり、生配信動画編集の傍らコンビニの夜勤アルバイトで生計を立てている。


「で、あいつ今何してんの?」


「あの子さぁ、無能の癖して超カッコ良くて優しい探偵の所でキモい服で働いてんのマジムカついて足ひっかけたらぁ、ド派手に転んでてすごいウケたぁ!」


「やべぇ! 想像しただけですっげぇ草生えるんだけど! ははははっ! ざまっ! つーか会社クビになったんじゃね!?」


「多分そうかもぉ! だって差し出されたお茶すごいぬるかったもぉーん! 本当にポンコツよねぇあの子、きゃはは!!」


 2人で標的の失態を嘲笑あざわらい、一瞬無言になった後、映絵美は開口一番に尋ねる。


「ねえねぇ、るーくん。動画の再生数が最近いまいち伸びないって言ってたじゃん?」


「ああ、あいつが出ていってからすっげぇ減った。生配信で俺よりちやほやされてたから気に食わなくて追い出したけど、またあいつ見つけてネタにしよっかなー」


 オレンジ色の炭酸飲料を一口飲んで天井を見上げて彼は呟く。


「ねぇ、明日公園行こうよぉ。あの2人がぬいぐるみ探しに行くって言ってたしぃ。もうここにあるけどぉ」


「よし! 今からダチにバレないように跡をつけてこいって伝えとく」


「うちも友達連れてくるねぇ~あー楽しみぃ!」


「だなっ! ははははっ!」



後編へつづく

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