第7話 あなたに雛罌粟を
空からとめど無く水が溢れる。
それと共に隣で叫ぶ滝の音も混じる。
さらに日も落ちて暗くなっていく。
湿気で火がつかないのか町の中の明かりも心なしか朧げ。
わたくしはその風景を見てからこれはもう灯璽さまの独壇場だと張り切っていた。
わたくしはというものの、灯璽さまを探し当てて、再びストーカー……ではなく見守っていた。
魔王と対峙した時のようにわたくしが捕らえられているわけではないけれど、同じようにかっこいい
「日記にも何かある度上に登っていたと書いてたな」
そう呟きながら灯璽さまは走る。わたくしも「そうでしたわね」と苦笑交じりで賛同する。
そうして行き先が決まり灯璽さまにしては少し迷った後、執務室の横にある階段を上っていった。
屋上は濡羽。
シャワーのように体温を削る。
わたくしは問題ない。灯璽さまの事が不安になる。
――夜目は効くかもしれないけど、ずるっと落ちないか。
ちょっとやまないかな。
でもまた灯璽さまの勇姿を見られると思うとウキウキが落ちる水のように収まらない。
屋上の灯。
墨を塗り潰した空に淡い妖光。
通常なら良き趣になるだろうそれ。今の状態だと焼け石に水。また今からの戦いを誘っているみたい。
アゼルも急いでいると思ったが、案外ゆったりしていて天幕を張ってその中で悠々としていた。灯璽さまのかっこよさの足元にも及ばないけれど、王都とかなら女がわらわら蝶のように来るんだろうなという程度には容姿は良い。……足元にも及ばないけれど。
――風でもあれば、かっこ悪くてよかったのにと意地の悪いことを思い浮かべるわたくし。
「来ると思ってたよ、戦友」
「案外ロマンティックだな」
そう言い灯璽に向き合う。
わたくしは邪魔にならないよう隅っこで眺めることにした。
挨拶もそこそこに灯璽さまは先手必勝と言わんばかりに剣を抜き、近寄る。
剣でそのまま暗殺をと思っていたので驚きはしたが、そのまま躊躇なく座るアゼルを刺した。
――しかし、刺したのは椅子。
即座に暗闇と雨に隠れる灯璽さま。
それを壊れた幕の布で妨害しようとするアゼル。
布を躱して体制を整える。
さらにその布を目潰しに、布がちょうどよい所で落ち行く瞬間。
灯璽さまはナイフを数本投げた。
アゼルも同様のことを考えていたらしい。
小ぶりのボウガンを使って小矢を放っていた。
小矢はナイフで勢いが落ち、灯璽さまが危なげなく避ける。
ナイフも軌道がズレてアゼルには届かなかった。
「おまえの武器に絶対触れたくねえわ」
からかうように言うアゼル。実際元暗殺者らしく何か塗っているかもしてれないと考えているらしい。
「抜け目のなさも流石です」
賛美しつつはらはらしてわたくしは戦闘を見ていた。
お互いの戦力は拮抗しており、わたくしも落ち着いてきて、城外の状況を何となく眺める。
下の城下町の人々は各々先に避難していた。他の岩山から点々と灯りが見えて、わたくしはホッとした。
きっとあの灯璽さまを睨んだ令嬢ももう別のところで悠々と過ごしているのだろう。
雨降る上空では灯璽さまが育てた魔物――商人たちが元の姿ドラゴンや蝙蝠などが暗雲の中上手く身を潜め旋回していた。
事を済ました灯璽さまを助けるためだろう。
前に灯璽さまと孤児院で見た面々もいて、如何に灯璽さまが好かれているのがわかった。
それにわたくしはやっぱり家族……夫婦の子とほっこりとする。
そのためにもこの凶事を断たなければ。
実際、彼ら魔物たちの部位は貴重で場内にあるのはそれらを加工した戦利品。武人らしくはあるが、悪趣味だなあと思っていた。
そこで灯璽さまがその子供たちの願いを依頼として聞き、今に至る。
言葉にならないくらい素晴らしくわたくしの目に狂い……はあってもなくても優しく惚れ惚れしてしまった。
眼前の鋒の煌めきを無視してわたくしは一人沈吟の世界に行く。
わたくしがふにゃふにゃしていると相変わらず灯璽さまの攻撃を躱していくアゼル。
飛び道具からアゼルは大剣を。
灯璽さまはそれよりも短い刀を両手に添えていた。
剣と剣が交わり、星屑が散る。
そしてお互い後退する。
アゼルがその剣を掲げた。
「今度はこっちの番だな! 精霊よ!」
途端眩い光が四方を包む。
どうやら光の精霊の加護を貰っているらしく、影からの隠密な攻撃を得意とする灯璽さまは不利……。
わたくしは「ひゃあ」と叫び、灯璽さまもその光で目眩しを喰らってしまい、その一瞬で間合いを詰められてしまう。
それをチャンスとアゼルは剣を振りかぶり灯璽さまを攻める。
薄目で見ていたのか間一髪その一閃は躱すことができてわたくしはほっとした。
灯璽さまは一度光の届かないところまで後退しようとする。
再び剣を仰ぎアゼルが走り出す。
途端灯璽さまが
「雷の精霊よ……!」
アゼルがそう叫び、ボウガンを再び取り出しその小矢に雷を纏わす。
瞬時に数本打つ。
その稲光が水と水を繋いでいく。
そしてその外套と共に灯璽さまを穿った。
「灯璽さま!!」
矢は掠めたものと左肩に当たったものがあった。
水と共に落ちる紅が水溜まりに落ちて曼珠沙華を築く。
麻痺も付与されているらしく左腕は動きが鈍くなっていた。
灯璽さまが傷付くのは魔王討伐の時以来だろうか。あの時もはらはらはした。今はあの時以上にお慕いしているので、とても怖い。
――何かお手伝いできることは……。
願うことだけ。見守るだけ。
「どうか」と手を合わせるように祈る。
それが届いたのか、アゼルは灯璽さまを見失う。
刮目する
それは灯璽さまも同様。
と言っても、お互い違う理由からだとは思うけれど。
キョトンとする灯璽さまにキュンとする。わたくしは突然相手が目の前の灯璽さまを探しキョロキョロする様が滑稽に見えた。
……灯璽さまと同じ瞳でもあまり唆られない。
とりあえず声で判断しようとしたのかアゼルが語り出す。
「最近、各地で昔みたいに魔物が活発化しているらしいんだ。それを魔王が再来しているって噂が流れていてな。この土地がお前のだってことを知らない奴からしたら復活したと思うのはわかるが……。
お前が……指示でもしたか? 侵略しろってさ」
「さぁ……?」
灯璽さまは知らないそぶり。
わたくしは少し憤るも灯璽さまがわたくしを攫った魔王ならアリとまた妄想し始める。
――お姫様抱っこされて、塔のてっぺんにでも押し込んでもらうのもあり……!
「知らないフリはよせよ、魔王様っ!」
そうして姿の見えなくなった灯璽さまの足音を頼りに剣を振るうが全て空振り。
ちっと舌打ちする。
しかし攻撃する手段は多い。剣とボウガンを片方ずつ持って、範囲攻撃していく。灯璽さまの姿が見えないとはいえ、攻撃の範囲がどうしても狭く攻めに出せないでいた。
わたくしも灯璽さまが傷つかないようにと祈りだしてから、なんとなく思い出してきた。
水を。
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