第6話 侵入する水



「では。灯璽さま」


 そうわたくしは覚悟し伝える。商人と灯璽さまが目を合わせて頷く。

 来た時登れなかった上の階――城主アゼルの住居兼仕事場に向かう。

 テラスとなっている廊下から見える外は曇天で暗く、再び苛烈に降り出す雨。

 水晶のような雫を飾り灯璽さまは相変わらず美しくあった。わたくしの覚悟もその鑑賞でついうっかり流されそうになるのを引き留める。

 

 本降りの中。

 商人たちの警護に扮した灯璽さまと行く。

 悟られない程度に周りを見渡す灯璽さまに倣ってわたくしもその広間を眺める。

 質素な内観に飾りは盾や剣など武器のものが多い。レストランでもしっかり喋っていたし、やっぱり武器マニアかとわたくしは思う。

 ……が騎士でもあるからだろう。確か灯璽さまとお友達だし、研修の話もしていた。城主で勇者の一人にも選ばれるくらいだから随分上の立場というくらいしかわからない。

 

 灯璽さま以外は特に興味はない。

 ただわたくしよりも親密であったのが気になっただけ。アゼルに関して考えるのはその程度でいいかとやめる。


 

 そしてわたくしは一応窃盗ではなく、仲裁だと知り胸を撫で下ろし、再び灯璽さまが戦う様を見られるということ。そしてコソコソと入っていくシチュエーションに興奮が降り止まない。

 

 商人たちは令嬢に髪飾りや宝石紹介のため。

「雨降って不快だし陰鬱〜。さ、珍しい宝石あるらしいじゃない? さっさと買って帰るわ」と言うのが部屋からまだ距離のあるはずなのによく聞こえた。きっとあの図々しい女の子だろう。


 ――灯璽さまのことをべたべたと勝手に触って……。

 わたくしも触ったことないのに。


 ぐぬぬとわたくしがなっているとそれぞれ商品を運んでいくのが見えた。


 魔物の雌はある程度の距離があったけれど。もしかしたら人間のほうは距離が近いひともおおいのだろうか。

 わたくしがしっかり守らなくては。

 

 心の中で拳を握って気合をいれていると、灯璽さまがすっと商人たちから離れていた。商人が「これを」と何かを渡し説明していたみたいだがよくわからなかった。

 灯璽さまはその何かを持ったまま「また」と告げてすっと横の通路へ行った。

 

 とても自然でわたくしがたまたま見ていなければ見失っていたかもしれない。

 

 少数精鋭なのか見廻りの兵なども特においていなかった。

 あらかじめ城の構造を確認していた事。そして吹き抜ける雨音も相まって簡単に潜伏場として選んだ倉庫に到着。

 わたくしも恐らく灯璽さまも罠かと勘繰ったが一向に誰も現れなかった。


「落ちぶれたな」

 

 そう呟いて灯璽さまは寂しそう。

 

 倉庫内。

 いくつも木箱が折り重なっている。わたくしは中身をチラ見すると金品が多く収まっていた。表に飾らない辺り、城主の金に対する関心の無さが伺えた。

 

 ……そういえば、廊下も盾と槍や鎧の飾りが多かったわ。

 

 灯璽さまは人気が無いことは承知しているが、用心して奥に行く。

 出入り口から死角になっているソファーに座った。



 乾燥地としては過剰な雨。

 ぴちょんぴちょんと小気味良い音が聞こえる。

 どうやら雨漏りしているらしい。

 

 その音の出所はすぐにわかった。

 灯璽さまのすぐ横。箱が積み重なっている上。そこにあるふちが金で他は透き通る透明。飲み物を注げば色を楽しめる使用のカップ

 

 それが外から漏れる小さな光に反射して中身の雨水自体が光って見えた。

 隣の灯璽さまも一時いっときの休息をしているようで、目を瞑っている。

 その肩にもぽつりぽつりと濡らしていく。

 わたくしも眠る子をあやすようにとんとんと肩を優しく叩く。

 

 それがいけなかったのか、それとも物音がしたのか灯璽さまが急に起きた。

 

 どうやら昼に言っていたアゼルの日記を見つけたらしい。ぱらぱらと捲り、時折ふっと笑う。

 

 わたくしのせいでなかったことにほっとしたのもつかの間。突然灯璽さまが語り掛けてきた。


「あっちゃん……アゼルの日記だ。どうやら騎士見習い時代から書いてるみたいだな。ふ……。武器の慣れから店のラインナップまでか。マメだな」

 

 ……わたくしにかと思ったけれど、どうやら魔物の商人が通信機をあげていたらしい。そのものと会話していた。

 

 行く前に「これで終わったと伝えていただければすぐに拾って帰ることができます」と伝えていたのはこのためかと思い出す。


 片方の耳につけるだけで会話ができるなんてすごいと思う。

 ……わたくしも欲しい。


 そう思い会話を聞く。

 雨漏りで濡れた灯璽さまの肩に寄り添ってみた。

 

 その後も灯璽さまはアゼルの若干黒歴史にもなり得そうな事柄をしっかりと掘り漁っていた。

 

 また何かあるごとにそれぞれの塔のてっぺんに登り、教会やギルドなど様々な頂に登るという趣味にまで発展した奇行には笑っていた。







 

 

 ぱちと開く雄黄オーピメントの瞳。

 起きてから商人たち魔物は商談を終えたと通信で聞いていた。そのままバレないように外で姿を戻して、上空で灯璽さまを待っているらしい。

 健気な子たちだとにっこりする。

 

「流石、灯璽さまが真心こめて育てた子ですね」

「ああ、ありがとう。また連絡する」と伝えてこの倉庫から廊下を警戒しながら出た。

 

 灯璽は夜になって行動するが、意外にも人が多くいた。

 

「隣の山が崩れて……土砂が!」

 

 そういい川の氾濫をバタバタと使用人同士共有しあい、対応に走り回るのを目撃した。

 

 ――せっかく夜に行動したのに皆起きているのは予想外……。

 隣の山と言っていたし祠にいたあのご老人は大丈夫かしら?


 わたくしは思う。

 どうやら灯璽さまもそう思ったのか「はあ」とため息が漏れる。

 

 ――これが……! い、以心伝心というやつね。


 嬉しがるわたくしとは逆で使用人たちの慌てるそれに乗じることはでき、灯璽さまは走り出す。

 しかし城主の自室、執務室にも見当たらなかった。

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