第5話 嫉妬する水2
「また随分雨が降ってますね」
曇天で覆われていてわからないけれど、夕方なのだろう。
カンカンと鐘が鳴る。
多分時間を示してくれている音なのだと雨と共に甲高いその音を聞く。あの山を降りてから再び本降りとなってしまった。
灯璽さまが思い立ってくれたことと灯璽さまの友人によりちゃんとしたご飯にありつけるようでほっとしてレストランに入る。
もっとお高いお店ならドレスコードとか必要らしい。今度灯璽さまと一緒に行けたらと思う。
「ここだ」と言われてアゼルが案内したレストラン。ここは冒険者や庶民の御用達で天気も悪いというのに賑わっていた。
やっと空席を見つけてアゼルと灯璽さまが座ってから水が出される。
わたくしは初めてのレストランに興奮する。
どうやら灯璽さまもあまり利用しないのかなんだかそわそわしていた。それを察してかアゼルが「これを」と肉料理注文してくれた。
「まだ人間が多い場所無理なのか?」
「そうだな……」
「で、本当は観光じゃないんだろ」
アゼルが聞いてきたが、ちょうど料理も届いた。意外にもおなかが減っていたのか灯璽さまが夢中でかぶりつく。それをわたくしもアゼルのほうも仕方ないとほほ笑む。
一気に搔っ込んでしまい、すぐにお皿は空になった。アゼルに無言で目線を送る灯璽さま。
アゼルはため息をついてから「これを追加で頼む」と追加を店員に注文する。わたくしも料理できればこんな風におねだりされるのかとにやにやする。
「ふう」と一息ついてからようやく口を開く。
「ああ。依頼で、な」
「依頼ね。俺をやりにきたんだろ?」
「うん」
悪びれもなく頷く灯璽さまにわたくしは慌ててしまう。盗みに入るわけではないようでそこだけほっとする。また、オフモードの灯璽さまもアゼルの方は「はは」と愉快そうに笑う。灯璽さまの旧友とわたくしとの対応の差に更にもやもやしていく。
――依頼というとあの商人たち……魔物の子たちからかしら。忘れそうだけれど、この人物も灯璽さまと同様勇者として選ばれていたと案内人が言っていたし。そうなると恨みがあるからね。
そうしてわたくしが考えていると当の二人は依頼の事などさらりと流していた。
「一対一でな」などとお互い念を押していた。灯璽さまが強く念を押すならわかるけれど、アゼルの方が「絶対だからな」と押していた。そのあたりアゼルなりの矜持があるのだろう。
それからどこの店は良い武器を取り揃えているだの最新の武器は必ず精霊の加護を持っているだの中々コアな内容であった。
案外アゼルも凝り性なのだとわかった。
わたくしと出会う前はアゼルが灯璽さまのお財布の守護をしていたのかもと思うと少しだけ親近感がわいた。
――ま、まあ常に一緒にいるわたくしの足元には及ばないけれど……
今度は手合わせの話になっていた。
「あっちゃん。何勝何敗だっけ?」
「日記に書いてあるが……。うーん、数は見ないとわからないな」
宙を見、顎に手をやりながらアゼルが唸る。
わたくしは絶対灯璽さまの戦勝が上だと確信して待つ。その間に灯璽さまは食べ終わり椅子の背に凭れる。
「研修で合わせると……?」と数分思い出そうとはしていたが、結局覚えていないらしくわからないというジェスチャーをする。
その仕草に少しイラッとしてしまう。
灯璽さまも近い感情なのか「はあ……」とため息を吐く。
「アゼル様……お嬢様が呼んでおります」
「もう来てたのか」
窓は広く外の景色が見やすい店内。アゼルを迎えに来た可能性もあったけれどそれにしても馬車が多いなとわたくしは思っていた。
こんな大行列を組んでくるお嬢様。
一体どんな方なのかと思う。灯璽さまはうまく空気になっていてアゼルと執事との会話はいらないようにしていた。
令嬢が今いること、もう馬車に乗って待ってること、できれば今日中に商人と会うことを執事さんが少々焦った様子でお願いする。
なるほど。
商人に扮した魔物たちはそのご令嬢に商品を紹介するつもりなのだろう。この街を選んだ理由はお互いにちょうど良い距離か仲介が必要なのかは定かではないけれど。
しかしなんだか甘ったるいむず痒い声で姿も性格もわからない。それに雨音の中でも響いてくるくらい大きい声。
あまり世間を知らない子かしら。
あるいは家柄が良く、横暴しても文句を言えないのかしら。わかっていることは見も知らぬ彼女に灯璽さまが取られないだろうということ。
とにかくわたくしは音のみであまり良い感情は芽生えなかった。
アゼルが「もう少し待て」と言うが、令嬢が痺れを切らせたのか店に入ってきた。
「お二人ともご機嫌よう」
「お、おお。待っておいたらよかったのに……」
「……」
「おそいわよ。雨も降ってるしさっさと見て買って帰りたいの」
そうしてアゼルを撫で、灯璽さまの肩にも触れる。挨拶のつもりで手を置いたのだろうけれどわたくしはムッとしてしまう。
アゼルが制している間、さり気なく肩に置かれた手を振りほどいた。
そして我関せずというか関する気もない灯璽さまはアゼルの料理をこっそり頂戴していた。
子供らしいところも可愛らしいとこの空気の中わたくしの胸はいっぱいになる。
そして先ほどの接触を相殺する。
「じゃ、またあとでな」そういってアゼルはその令嬢に引き摺って城に帰っていった。
「騎士様は大変だな」
そう灯璽さまがアゼルに言うように独り言を呟いた。
帰り際、余った金貨で防具買えるかと思ったのか灯璽さまは再び装備屋に行った。しかし目当ての手の防具は買えなかった。
落ち込む灯璽さまに同情したのか店員が紹介し始めた。
「こちらどうですか」と資金で購入できる程度に値引きしてもらった加護なしの指輪だけ買うにあたった。
「精霊様の加護は付与されていないので、お好みの精霊様を見つけて加護をいただいてください」
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