魔女の村



「あっ」

 マキラの手から小さな鏡が滑り落ちる。かちゃんと音を立てて、運悪くカーペットの無い木の床に落ちた鏡はいとも容易く割れ、バラバラになってしまった。

「…やっちゃった。はぁ…」

 ため息をついてしゃがみこむ。その鏡は数年前、ラルフから贈られた物だった。

 薄緑色の目に涙をためながら、マキラは破片をそっと広い集める。


 今日のマキラは朝から散々だった。

 薬の調合中にどこからかやってきたカエルが鍋に飛び込み薬を台無しにしたり、村の子どもがうっかり羊を逃してそれを追いかける中で転んだり。他にも木のささくれで指を切ったり、うっかり熱いお茶で舌をやけどしたり。

 気分を変えようと化粧でもと思ったら、鏡を割ってしまったのがとどめになった。

「ぅぅ…ぐすっ」

 泣いちゃいけない、もうお姉さんなんだから。なんて思っても、上手く行かない日はある。マキラはそれが今日で、だからちょっとだけ泣いた。



 ◆◆◆◆◆



 5分ほど静かに泣くと、気持ちもけっこう落ち着いた。

「直せるかしら」

 破片を丁寧に広い集め、布の上でそっと広げる。

 よく観察すると木枠に鏡を嵌め、接着剤で固定していたようだ。

「(エリックならちょちょっと直しちゃうんだろうなあ)」

 キラキラと魔法で色んなことをするエリックを思い出し、マキラの顔は自然と笑顔になる。

「(でも、私だってこれぐらいできるんだから!)」


 引き出しからピンセットや薄い手袋を出して並べて、手元を光るきのこで明るく照らした。

 まず、大きな欠片を並べ、小さな欠片をピンセットで並べて全体像を作った。それから枠に残る接着剤を剥がし、きれいに掃除してから新しく接着剤を塗り直す。

 最後にひび割れた鏡に手をかざし、魔力を流し込む。魔法はイメージが大切だ。直る、そう信じる心が大事だとエリックが言っていたことをマキラは思い返す。


「…できた!」

 できた鏡を掲げて細部をよく見る。大丈夫だ。きれいに直っている。

 こうしてよく見ると、大切に使っていても細かい傷は付いていた。今回、鏡が割れたのも小さな傷がきっかけだろう。

「でも、ふふ。まだ大事に使うからね、ラルフ」

 これを使うところを見ると、ラルフは気恥ずかしそうに『まだ持ってたのか』なんて言うが、マキラはそんなラルフが嬉しそうなのを知っている。


「(ラルフ、今頃なにしてるのかしら。

 また怪我をしていなければ良いのだけど…)」

 マキラが知る限り、ラルフは自分の傷にひどく無頓着だ。

 昔に薬が目に染みた時、涙目になっていたのは知っている。でも、傷の痛みで泣いているところは見たことがない。

 それにマキラが傷の手当をするようになるまでは見えない部分の怪我は特にほったらかしだった。

 ラルフの家にはメイドや執事がいるが、彼らにも見える部分の手当しか頼んでいないらしい。


 マキラは窓からベランダへと出る。


 外壁のはしごを登り、屋根へと登ると森向こうに都市の壁と明かりが見えた。

 自分は、めったにあの壁の中へは入れない。


 ずっと昔に国から魔女たちはひどく揉めた。

 国民なら税を収め、魔法を国のために使えという国。

 でも魔女は昔から森や谷、洞窟に住む。だがマキラの知る限り、魔法を使う上でその必要は全く無い。ただ自分たちはそういう文化、というだけだ。

 魔法を使える自分たちが高等な存在だとふんぞり返り、むしろお前たちが魔女にかしずけなんて言えば、揉めるに決まっている。なのに村のみんなは国がおかしい、世界が間違っていると思いこんでいる。

 ラルフとマキラ、エリックが会っていることを当然ながら村の人間は快く思っていない。

 だが、エリックという1000年に一度とも言われる魔法の才能を持った彼が居るから、口出しをしてこないだけだ。


「(村のみんなが嫌いなわけじゃない、でもちょっと嫌だなあ…)」

 風に合わせて揺れる赤茶色の髪を見る。くせっ毛で、絡まりやすくて。子どもの頃はボサボサになっていたからよく周りの子にからかわれた。

 エリックは気にしなかったけど、やっぱり見せたくなくて短く切ったりフードをずっとかぶったり。

 ラルフに相談したら、次の日分厚い本を持ってきて。花の種子から採れる油が髪に良いことを教えてくれた。

「(…すごく、苦しい)」


 最初は一緒に遊んでいた同い年ぐらいの友だちも、ラルフと遊ぶと知るといつしか忌避されるようになってしまった。

 都市でとんがりぼうしを経営し続けられるのは、ラルフが定期的な教会の巡回を教えてくれるからで。過去には傾いた経営さえ助けてくれた。

 マキラの薬や病気への知識も、ラルフが関連書籍を入手してきてくれたからだ。

 それを訴えても、彼らはラルフを色眼鏡で見るのを辞めない。マキラには頑張ったね、いつもありがとうなんて言うのに、その優しさはひとつもラルフへ向かない。

「(嫌だ、嫌だ…)」




 ◆◆◆◆◆



「マキラ」

「…エリック」


 ふわりと音をひとつも立てず、エリックが屋根に降り立った。二人分の体重で屋根が少し軋んだが、壊れることはなさそうだ。

 夜の闇の中でも細く繊細なエリックの髪は月光を受けてかすかに光っているように見える。ラルフが時々エリックを美しいと評する。マキラもそれには文句なしに同意していた。

「眠れないの?」

「うん。ラルフのこと、考えていたの」

「そっか。僕もだよ。…なんとなく、心配なんだ」

 エリックの言葉にマキラは小さく頷く。

 都市の情勢なんて一つも森の村には入ってこない。祭りで騒がしくなれば気づくこともできるが、そうでなければ何か事件が起きようがさっぱりだ。


「ラルフが無理をするのは、きっと私たちのためなのよね」

「そうかもね」

 静かな風が吹き、マキラはエリックの手を取る。そっと指を絡め、傍らの体温に少しの安心をもとめた。

「でも、私はなにもできない」

 ラルフの怪我を治すことはできても、その怪我そのものを止めることはできない。手伝いたくても、あの高い壁の向こうに入ることさえ叶わない。

 魔法を使って無理をすれば、今度は村の人々にも迷惑がかかる。


「マキラ。僕はマキラが好きだよ」

 驚き、マキラはエリックを見上げる。小さな頃はマキラのほうが背が高かったのに、すっかり頭一つ分は追い越されてしまった幼なじみを。


「君が笑顔でいるためなら、僕はなんでもできる

 そして、それはラルフも一緒なんだ」

 ラルフが空いた手を空にかざす。

 その手には弱い光が灯り、小さな光の玉になった。そっとそれを手で包み、エリックがふうと息を吹きかけると、光の蝶が手から羽ばたき出てきた。

「わぁ…!」

 蛍のような弱い光をまといながら、光の蝶はゆったりと羽ばたき舞う。マキラのすぐそばを温かさと共に通り過ぎ、空を見上げると星の海を泳いでいるようにも見えた。


「だから、笑顔でいて。マキラ

 僕が世界だって救ってみせるから。」



 ◆◆◆◆◆


 ◆◆◆




 その翌朝のことだ。

 マキラはいつものように羊と牧羊犬を連れて広場へと向かった。エリックは早朝から出かけていたが、それ自体はよくある事だ。

「(エリックの好きってどういう意味だったのかしら)」

 その日は霧が出ていて、天気もあまり良くない日で、水分を含んで絡まった髪を梳かすのに少しだけ苦労した。

 草を食む羊だちを眺めながら、ふあとあくびをひとつ。そろそろ毛を刈り取る頃だろう。毛糸の染料を考えながら、マキラはぼんやりと雲に覆われた空を見上げていた。


「!」

 ふいに聞こえた音にマキラは顔を上げる。ラルフがいつも使っている森の獣道から、足音が聞こえたのだ。

 エリックは何も言っていなかった。行商人は別のルートを使う。警戒し、マキラは杖を掲げじっと道の向こうを見る。

 ザクザクと草木を踏みながら、広場へ足を踏み入れる。頭からすっぽりとマントで覆っているため顔は分からないが、体格とちらりと見えた服装からおそらく男だ。


「…森の魔女か?」

 マキラに気づくと、低い声でそう問いかけてくる。

 答えて良いものか、そうマキラは考えていたが、そのマントの下に細長い剣が見えた。


「ッ…!」

 咄嗟にマキラは魔法を行使する。イメージは縄。男の足元の草が一気に伸び、腕や体へと絡みついた。

「ぐっ…」

 苦しそうなうめき声に緩みそうになった気をマキラはなんとか引き締める。

「森に何のようですか。都市の人は立ち入りを禁じられてるはずですよね」

 これはラルフから聞いたことだ。

 だからこそ、ラルフは知らない大人には気をつけろといつかマキラに話していた。

 何か言いたげな男に、胸を締め付けていた草のみを緩める。話すならこれだけで充分だろう。


「お、俺はグレッグ。グレッグ・レストレードだ

 君たち魔女に話しがあってきた」



 ◆◆◆◆◆



「そんな、あの子が…?」


 死体で見つかった子ども。そして、3日後に来る討伐隊。

 マキラには当然のように初めて聞くことばかりだった。大きな緑の目から涙があふれた。死んだ子どもは、マキラが森に迷い込んだところを保護し、外まで案内した子どもと同じ名前だったから。


 グレッグを締め付けていた草はマキラが意気消沈すると共に緩み、元の長さに戻っていく。

 代わりに羊を広場の端に集めていた狩猟犬が、泣くマキラのそばへ来てグレッグにウゥと唸って威嚇する。グレッグは両手を耳の高さまであげ、話を続けた。

「…だが、都市から田舎へ帰った子どもの母親に話を聞いてきた。子どもが死んだのは、雨の日に足を滑らせた不幸な事故のためだ。」

「?…じゃあ、なんで討伐隊が?」

「教会は、貴殿たちを始末したがっている。だから、」


 逃げてくれ。


 そう告げてグレッグは森を去った。

 居なくなって、そのまま動かないマキラの背を羊が突くまで、草の拘束を解いてしまったことにすら気づいていなかった。

「マキラ」

 声に振り返る。不思議そうな顔をして、エリックがそこに居て。

「エリック」

 マキラは急いでさっきまでのことをエリックに話した。



 ◆◆◆◆◆



 村に住むのはおよそ30余名。

 子どもも老人も居る。エリックが村の周囲を見た限り、すでに見張りらしき騎士数名が森の周りに潜伏していた。ただ、魔女たちにバレていない事を前提とした見張りなら、まだ逃げられる余地はあるはずだ。


「なにを戯言を」


 マキラは血が凍る気分だった。エリックと共に村長にその事を伝えに来たが、そう一蹴されてしまった。もともと村長からマキラへの心証がそこまで良くないことは知っていた。だからこそ、マキラはエリックと来たというのに。

「いたずらか?そんな事をしてる暇があるなら仕事をしろ。さあ、出ていけ」

「待って村長。マキラの話を」

「それよりもエリック。もうお前も17だ。はやく子どもを作れ。お前の才能を受け継ぐ子が多くいる」


 カッとマキラの頭に血が登る。

 魔女至上主義、とも言える村長はエリックがまだ幼い頃から嫁はあれとこれにしろ、子どもは女を多く作れ等と言っていた。他にも強い魔力を持ち、断りもしないエリックにあれやこれやと仕事を押しつけようとしたり、自分の思想に同意を求めたり。

 下卑た笑みを浮かべる村長に、マキラの我慢は限界だった。


「いい加減にして!!

 エリックは、貴方の道具じゃないのよ!!」

 強く叩いた机が揺れ、村長の前のコップが大きく揺らいで倒れ、中の赤い液体がこぼれて小さな水たまりを作った。

 鈍く痛んで震える手を忘れ、マキラは村長を睨む。めったに見ないマキラの怒りに、エリックも少しだけ驚いて立ち上がったマキラを見上げる。


 だが村長はそんなマキラを見て、長く伸びた髭を撫でてから猫なで声で言う。

「なんじゃマキラ。エリックに惚れているのか」

「なっ…」

 突然のことにマキラが顔を赤くすると、村長は気を良くして続けた。

「うむ、ならお前がエリックの子を産めば良い。好いた男の種を孕めるならば本望じゃろうて

 なかなか良い体つきをしているようじゃしな?」

 村長の舐めるような視線がマキラを捉える。同世代にしては発育の良い胸の膨らみと可愛らしい顔つき、それから子を宿すであろう腹を。

 全身に鳥肌の立つ感覚にマキラの喉から細く悲鳴が漏れる。

「お前の母が女なぞ産んだときには失望したが…ふむ、こう育つのであればあと二人か三人産ませても…」


「もう、やめてくれ」

 エリックは村長の言葉を遮った。

 晴れた空のような瞳が陰り、低い声で告げる。

「これ以上、マキラを傷つけるのは許さない」


 机上に広がる赤い液体が、エリックの言葉に合わせるように揺れ始める。

 それを見て、村長は片眉を釣り上げる。髭をなで、一度深く息を吐くと両手を上げてわざとらしい笑顔を見せた。

「おうおうエリック。まあ、そう怒るでないわ。ほんの冗談じゃよ」



 ◆◆◆◆◆




「ごめんなさい、エリック」

「マキラは悪くないよ。…僕もごめんね。力になれなかった」


 村長の家から半ば追い出されるように出た二人は、それから村のあちこちを回った。騎士団が来ることを訴え、逃げるようにと諭したが誰も彼にもあしらわれてしまった。村長の家での騒ぎに聞き耳を立てていたのだろう、マキラとエリックをからかうものまでいた。


「このままじゃ…」

 付きまとう者までいたから、二人は森の広場まで逃げてきた。

 木陰で暗く顔をしかめるマキラに、エリックは少し考えてから周りをきょろきょろと見回す。

「エリック?」

「マキラ、提案があるんだけど…

 都市に行ってみない?」

「え?!」

「しー」

 思いがけない提案についマキラは大きな声を上げた。エリックにとっさに口を覆われ、マキラも周りを見回す。誰も居ないようだ。

 一応声を潜め、エリックは話を続ける。

「ラルフに会うんだ。ラルフなら、きっと良い案を考えてくれるよ」

「でも、もし見つかったりしたら…」

「大丈夫。僕とマキラの魔法なら上手くやれるよ。

 それに、もし上手くみんなを説得して逃げるとしても、ラルフには会っておきたいな」

「ぁ…」

 マキラは胸を締め付けられるような思いだった。

 ここから離れることは、必然的にラルフを都市に一人で置いて行くことになる。

 もう二度と会えないかもしれない。そんな可能性にマキラは小さく身震いした。

「ラルフに会いに行こう、マキラ」

 今度は、ただ頷いた。



 ◆◆◆◆◆◆


 ◆◆◆



 人に得意不得意があるように、魔女にはそれぞれに得意な魔法がある。

 エリックは色んな魔法が得意だが回復や精神操作は苦手で、マキラは精神操作が得意だった。

 ただ、人を惑わせたり誘惑したりをマキラは好まず、結果的に薬の調合を主として行使した。だからこそ、ちょっとした集中力の乱れなどでグレッグを拘束した魔法はあっさりと解けてしまったのだが。


 二人は翌日の深夜、村を抜け出した。


 この度ばかりはとマキラは魔法を行使する。

 もし、自分たちが都市に入ったことが知れれば、虚ろな目になった門兵は罰を受けるかもしれない。首からはラルフと同じ教会のペンダントを下げていたから。

「(だから、慎重に!)」


「マキラ、行こう」

「ええ、エリック」

 マキラとエリックが門を抜けると、すぐに門兵は意識を取り戻す。ほんの少しだけうたた寝をした様な気分だろう。特に騒ぎ立てることはない。

 外套のフードを深くかぶる。夜とはいえ、どこで誰が見てるか分からない。

「(教会って、どこまで私たちのことを知っているのかしら)」

 自分たちがどう生きて、どう過ごして、どんな信条を持つのか。マキラとエリックが都市や教会の人間の考えを知らないように、彼らも魔女のことをあまり知らないのだろうと思う。

「(私たちみたいに、話して、それで分かり合えたら。こんな、こんな…)」

 そう願う反面、村長の存在がマキラの思考に割り込んでくる。あれがあの村の魔女の代表としてある限り、それは遠い夢の話なのだろう、と。


「マキラ、大丈夫?疲れていないかい?」

「平気よ。エリックは?」

「大丈夫。それに僕の役割はこれからだからね」

 ラルフの居場所は分かっている。高名な貴族が通う学院は都市のほぼ中心地にある上に、その見事な外観は観光地としてわざわざ見に来る人もいる。

 だから都市の観光ガイドに普通に場所が載っていた。

 人気のない通りに入るとエリックが空を飛んで屋根へ。観光ガイドにある大通りには教会の自警団が常にいる。だから裏路地を二人は使うことにした。

 夜の暗闇に黒マントなら、空を飛んでもそこまで目立つことはない。


 道の確認と進行を繰り返し、時折目撃者の記憶を誤魔化しながら二人は先へ先へと進んだ。広く複雑な道は迷路のようで、こんな時でなければ楽しいのになんてマキラは思ってしまう。

「着いた…!」

 本来の倍ほどの時間をかけて、二人は学院の寮へとたどり着く。塀に囲まれてはいるが、それぐらいなら二人にはなんの問題も無いことだ。

 エリックがマキラを抱え、軽々と塀を超える。多く並んだ窓はカーテンが閉じられ、中の様子は伺えない。

「ラルフの部屋は…」

 マキラは庭を見回し、記憶を手繰る。

 ラルフは時折絵を書くことがあった。その中で、寮の自室から見えた景色を書いたという絵を、何度もマキラは目にしたことがあるから。生えている植物、並んだ建物、そういったものから部屋の位置を推察する。

「エリック、こっち!」

 見覚えのある木を見つけ、マキラはエリックの手を引き静かに歩いた。



 ◆◆◆◆◆



「誰だっ」


「っ!」

 角を曲がった所で見知らぬ人物に二人は足を止める。月夜に照らされる真っ直ぐな赤い髪と鋭い瞳。身につけた鎧に刻まれた教会の紋にマキラは息をつまらせた。

「学院の方ですか?夜の外出は禁止と聞いていましたが…」

 赤髪の騎士、エミーリアは少し困ったように二人を見る。貴族の逢引に、口を出して良いものかと悩んでいた。

 だが、エミーリアはエリックとマキラの服装を見て顔をしかめる。その顔は、事前に調べていた学生にも教師にも当てはまらないからだ。


 マキラはエリックと視線を交わし、マキラは静かに魔法の準備をする。今日何度か行った、記憶の誤魔化しだ。だが、射程が短いためエリックが事前に捕らえる必要がある。

 その敵意に気づいたのか、エミーリアが剣に手をかけた。


「(この人、強いな)」

 エリックは準備していた魔法を切り替える。弱い魔法で昏倒させ、その間にマキラの魔法で記憶を誤魔化すつもりだったが、そうはいかないことを察して。

 空気が張り詰め、エリックとエミーリアの間に緊張が走った。

「(場合によっては、マキラを連れて逃げるべきかな)」

 静かにことを済ませたいが、もしかするとそうはいかないかもしれない。エリックはそう考え、エミーリアを見据えた。


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