一歩進めば、そこは舞台
都古 詩(みやこ うた)
一歩進めば、そこは舞台
「すごかったねー! げき、めっちゃすごかった!」
夕暮れの住宅街に、のんきな声が響き渡る。
ああ、これは夢だ。私と彼が、同じ方向を向いた時の夢。
「だな! まわりの大人たちも、みんな泣いちゃってたしさ!」
今よりもだいぶ子供っぽい幼馴染は、今では想像できないような元気な声色で、そんなこと語る。
懐かしいなぁ…あいつ、昔はこんなに可愛げがあったのかぁ……。
……ちょっと待って。思い出してきた。あいつのこのセリフの次は――
「りの、あの女優さんみたいになる! キラキラして、みんなをかんどーさせたい!」
……死にたい。当時の私、純粋すぎて死にたい。
そんな昔の私を見て、当時のあいつはこれでもかってほど目をキラキラさせて、こう言うのだ。
「ならオレは面白い話をつくる! オマエをキラキラさせられるのは、オレくらいのもんだろ!」
そんな男の子の言葉に、当時の私はまっすぐな気持ちで応える。
「うん! りの、だいちの作ったお話を演じるの、たのしみにしてるね! わたし、ぜーったいキラキラするから!」
……ああ。これは夢だ。
私と彼が、同じ方向を向いたときの夢。
そして――私と彼が、違う速度で歩き始めたときの夢。
◆
「私は絶対、夢を叶えて見せるから!」
演劇のクライマックス。舞台上の女優にまばゆいスポットライトが当てられる。
ハキハキと演技をする彼女――水瀬有紗さんは、堂々と物語を描いていた。
同性の私でさえドキッとするような容姿は「アイドルを目指す少女」という役柄に
ぴたりと当てはまっている。
「だから見ていて……私が、輝くその時を!」
そんなエンディングのワンシーンとともに舞台の幕が降り、そして演劇部の面々たちは拍手と歓声を彼女に送った。
「……いいなぁー。私も、主役やりたかった……」
思わずそんな言葉が、ため息と同時に漏れてしまう。
「仕方ないだろ。オーディションで選ばれなかったんだから」
そんな私の独り言を聞いていたのか、隣にいる幼馴染の佐倉大地がそんなことを言う。
「それは……そうなんだけどさぁ。……水瀬さんみたいな天才には勝てないもん」
もう何度かしたやり取り。私は聞き飽きた言葉にぶぅ、と頬を膨らませてしまう。そういう言葉がほしいわけじゃないんだけど、こいつは全然わかってくれない。
「水瀬は確かに天才だけどな。お前にないものを持ってるって意味で」
「……才能でしょ? それ」
「……違う。水瀬は――」
「佐倉くーん!」
大地の言葉を遮るように、軽やかな足取りとソプラノボイスが耳に届く。
「お疲れ様、佐倉くん! ねぇ、「ナオ」の演技って、あんな感じで大丈夫かな?」
さっきまで舞台上で喝采を浴びていた水瀬さんが、笑顔を振りまいて大地に話しかけている。まるで隣の私なんて眼中にないみたいに。
腰まで伸びた指通りの良さそうな黒髪に、すぐにスカウトされそうな綺麗な顔立ち。羨ましい。
「……あ、ごめん。話し中だった?」
やっと私の存在に気づいたのか、彼女は申し訳無さそうな声を出す。
「ううん。私は大丈夫だから。続けて?」
なんとか笑顔を取り繕って、どうぞと手のひらを差し出すジェスチャーとともに、大地を彼女に渡す。
「……ああ、あんな感じでバッチリだ。いい演技だった。高校の演劇部員とは思えないくらいの女優ぶりだな」
大地は少し悩んだように視線を泳がせたあと、彼女にそう答える。
「そう思えるのは、脚本が高校の演劇部とは思えないくらい素敵だからだよ♪ 演じてて楽しいもん! だから佐倉くんの手柄だね!」
「はは、ありがとう。ただ、シーン30、ナオがオーディションに行くことを悩む場面。あそこは――」
……すごいなぁ、ふたりとも。私とは住む世界が違うみたい。すごく、遠い。
「…………」
二人の世界を壊さないように、私はそっとその場を後にした。
◆
「ここ、いいか?」
昼休みの食堂。喧騒をかき分けながら、頭上に声が振りかかる。見ればそこには幼馴染の顔。
「……売れっ子脚本家には、もっとふさわしい場所があるんじゃないの?」
「ひねくれてるな。座るぞ?」
向かい合うように座ると、パチンと箸を割って学食のラーメン定食をずるる、と啜る。
「まーたそんな身体に悪いもの食べて」
「いいだろ。これが一番頭に栄養がいくんだよ」
「はいダウト。じゃあ栄養ドリンクとか飲む必要ないじゃん」
「あれは美味しいから飲んでるんだ」
「……えへへ」
そんなやり取りを交わすのが久しぶりな気がして、なんだか笑みがこぼれてしまう。
「なに笑ってるんだよ」
「べっつにー。それで? 私になにか用があったんじゃないの?」
「ああ。他のキャストたちの様子を聞きたくてな。梨乃、ナオ役の稽古代役ってことでいろんなキャストと稽古してるんだろ?」
「うん、まあ……」
大地の稽古代役って言葉に、少し胸がチクリとする。でもダメ。顔に出すな、私。
「キャストのみんなも準備万端だと思う。セリフも流れも入ってるし。そろそろ通しでやってもいいんじゃないかな」
「そうか、助かる」
どうやら私の痛みは伝わっていないようで、ほっとする。はぁ、なんて弱いんだろう。ほんと。嫌になる……。
「佐倉くん、望月さん」
再び頭上から声。横を見上げれば、そこには水瀬さんの姿が。
「隣、いい?」
「ああ、大丈夫だ」
彼女の問いかけに、大地は逡巡なく答える。そして彼女は、迷わずに大地の隣に腰をおろした。また、胸がチクリとする。
「ごめんね? けど、本番まで脚本家と密にコミュニケーションとりたいなって♪」
「謝ることはないさ。むしろ大歓迎だ」
「ありがと~、敏腕脚本家様♪」
「未来の主演女優様にそう言われて光栄だな」
さっきまでの私と大地のやりとりに劣らない軽快なやり取り。
また、胸がチクリと痛む。同時に、嫌な感情が頭と心に蠢いてしまう。
「……ごちそうさま! ごめん、ふたりとも! 私、先生に呼び出されてたんだった! 次の教材運ぶの手伝え~って!」
トレーを持ちながら慌てて立ち上がると、二人のリアクションを見る前にその場を小走りで立ち去ってしまう。
ああ、最悪だ。本当に最悪で最低。
「……っ! ……むぅう~~~~~~~~っ!!!!」
トイレの個室に駆け込むと、口を手で抑えながら叫び声をあげる。
「……少し、スッキリしたかな……」
ふぅ、と息を吐いてトイレの天井に見上げる。
……うん。大丈夫。さっきまで私の中にあった感情には、しっかりと蓋ができているようだ。
我ながら最低な女だと思う。
『大地の隣は私のものだ』とか、『水瀬さんさえいなくなれば』とか、なんて最低な考えなんだろう。
「……こんなんじゃ、水瀬さんに負けるのも当然だよね……やだなぁ……負けたくないなぁ……」
紡いだ言葉は、昼休み終了を告げるチャイムにかき消され誰の耳にも届くことはなかった。
◆
数週間が経ち、劇の稽古もいよいよ大詰め。明日に控える大会のため、演劇部一同は張り切っていた。
「水瀬、今のシーン、もう少し間をとってほしい」
「うん、了解。ナオの心情を伝えるように、顔も観客席に向けたほうがいいかな?」
「そうだな。表情芝居が完璧にできるなら、そっちの方がいい」
「あはは♪ オッケー、じゃあそっちで! 休憩したら、1回やってみるね!」
大地と水瀬さんは、さながら相棒のように阿吽の呼吸で舞台に向き合っていた。
できるだけそっちを見ないようにしているけど、自然と目で追ってしまう。それでダメージを受けるんだから、バカとしか言いようがない。
「梨乃」
「ふぇ!?」
「……なんだよ、その声」
口元に笑みを浮かべる幼馴染。なんだか久しぶりに声を聞いた気がする。最近、ちょっと距離とっちゃってたし。
「うっさい! 不意打ち禁止!」
「何度か声をかけたんだけどな」
「私が気づいてないから不意打ちなの! ……で? なに?」
「ああ。1つ頼みがあるんだけど……水瀬のこと、ちょっと見ててくれないか?」
「水瀬さんを?」
「ああ。なんていうか……いや、頼む」
「よくわかんないけど……水瀬さんを見てるなら、大地のほうがいいんじゃないの?」
思わず出たそんな言葉。大地はポリポリと頬をかきながら。
「俺じゃだめなんだよ」
そんなことを言ってくる。「たぶんな」と最後に付け加え、大地は背を向けて手を振りながら舞台袖の方に歩いていった。後は任せた、って時の動き。
「……なんで私が」
正直気は乗らない。けど、大地が言うなら……と覚悟を決めて水瀬さんの姿を探す。
確か、休憩するって言ってたっけ。なら舞台袖か……水飲み場かな?
ざっと見渡した限り、体育館の中に彼女の姿はない。なら後者だろうと思い、私は中庭の方へと向かった。
◆
「っ! ……もうすこし……もうすこし、だから」
体育館に隣接する、中庭の水飲み場。
探し人の姿はすぐに見つかり、歩み寄ると彼女はバシャバシャと顔を洗っていた。
「水瀬さん! 大丈夫なの?」
異常を感じた私は、思わず語気を荒らげて彼女に声をかける。
水瀬さんは私に気づくと、何事もなかったかのように首にかけたタオルで顔を拭くと、いつもの笑顔をこちらに向ける。
「どしたの、望月さん。大丈夫って……明日の本番のこと? あはは♪ ちょっと緊張してるけど、任せて!」
ほんのり上気した顔で、有無を言わせないように言葉を続ける彼女。やっぱりおかしい。
「……ごめんね!」
許可もとらず、彼女のおでこに手をのばす。
「……あつっ!?」
思った通り。いや、思った以上に、彼女の額から熱が伝わってくる。
「み、水瀬さん! おでこ熱い……熱があるんじゃ――」
「大丈夫!」
私の言葉をかき消すように、彼女は強くそう言い切る。
「……大丈夫、だから。私は、演技できるよ。だからこのことは、みんなには黙っててほしいな」
続けた言葉は、有無を言わせないと言わんばかりの強さを感じさせる。だけど……
「……けど、そんな熱じゃ……せめて病院に! 私、先生に相談して」
「やめてっ!!!!!」
耳をつんざくような大声。普段の彼女からは想像できない声に、私は身体が動かなくなる。
「……ごめんね、大声出して。でも、やめてほしい」
ふぅ、と一呼吸し、いつもの彼女に近い声色で話を続ける。
「せっかく掴んだチャンスだもん。私は、最後までやり切りたいから」
すごい執念。だけど、私はわからない。
彼女は天才で、これから何度もチャンスが訪れるはず。それなのに、こんな高校のいち舞台に、何を本気にになっているんだろう。身体のほうが大事なはずなのに。
「……水瀬さんなら、絶対またチャンスあるよ! 天才だもん! だから今は身体を――」
「……ごめんなさい。望月さんみたいな人に、そんなこと言って欲しくない」
「……ぇ?」
想像してなかった反応に、声を失ってしまう。
「……私は天才じゃない」
天才じゃない? 何を言っているんだ、この人は。
「努力をして、諦めずに頑張ってるだけ。……望月さんみたいに、諦めてないだけだから」
「っ! ひ、ひどい! なんでそんなこと……っ!」
彼女の言葉に、思わず今まで蓋をしていた感情が溢れ出てしまう。
「私だって努力してる! 頑張ってるもん!」
ああ、ダメだ。もう止まらない。
「あなたみたいな天才にはわからない! 私みたいな凡人の努力が! 才能がない人間のあがきが! わかるわけない! それなのに、そんなこと言わないで! 天才が、そんなこと言わないで!」
とめどなく溢れる感情。目の前の水瀬さんは、それを冷静な目で受け止めている。
「……そうだね。オーディションの時、望月さんはあの場にいた誰よりも台本を読み込んでたと思う。努力していたこと、私には分かるよ」
「だったら……!」
「だけど……望月さん、諦めてたでしょ? オーディション、どうせ私が選ばれるって」
「そ、そんなこと……!」
「私は、そういう人には負けない。負けたくない。……私の体調は心配しなくていいから」
涼しげな顔で私の横を通り、体育館の方へと向かう水瀬さん。
私は、何も言い返せなくて、ただその場で拳を握りしめることしかできない。
「……私……私、は……っ!
「何も言い返さないのか?」
ぽんっと、私の頭に温かな手が置かれる。いつもは私を安心させてくれる手。けど、今は、今の私は、大地には見られたくなかった。
「……何を言い返せばいいの……水瀬さんの言う事、何も間違ってない」
「そうだな。……前に言っただろ? 水瀬は天才だって。梨乃に持っていないものを持っている、って意味で」
「……努力の天才、とか言うの?」
「いや。努力なら梨乃だってしてるだろ?」
「じゃあ、どういう……」
「……とにかく、戻るぞ。そろそろ全体リハが――ん?」 誰かが勢いよく地面を蹴る音。直後、演劇部部員の男子が、大地の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
「お、おい! 佐倉! 大変だ! 水瀬さんが!」
◆
「……水瀬は先生が病院へ連れて行った。……39.0度の熱が出てるらしい」
緊急で開かれたミーティング。部長の言葉に、部員たちからざわめきが溢れかえる。
「おいおい、本番は明日だぞ……どうするんだ?」
「今から代役? けど、間に合うの……?」
「なんで前日になって……」
とめどなく溢れるそんな言葉。それらを聞きながら、俺は(強調点)一歩前に出て、部長に声をかける。
「代役を立てましょう。万が一、水瀬が復帰できなかったときのために」
「そうだな。……大地、代役を誰にするか、脚本を書いたお前に任せたい。どうだ?」
「……なら、俺は――」
◆
割り当てられた個室の病室で、水瀬さんは寝息を立てていた。さっきまでは息を荒げていたけど、点滴が効いてきたのか、今は穏やかだ。
「……ん」
「っ! 水瀬さん?」
「……ここ、は……? そっか、私……」
声と同時に、ゆっくりと彼女の目が開いていく。室内を見渡して、ここがどこだか理解したらしい。
「……気が付いた? 大丈夫?」
「望月、さん……? うん。頭がフラフラする以外は大丈夫かな。けど、明日は無理かも」
水瀬さんは穏やかな笑顔を返してくる。同時に、中庭での彼女の声が脳内で反芻された。
「……さっきは、ごめんね。言いすぎた」
そんな私の感情に気がついたのか、彼女は謝ってくる。本当にできた人間だなぁ……とか、そう思ってしまう自分が悔しい。
「……ううん。私もごめんなさい。軽々しく天才なんて言っちゃって」
ぎゅ、っと胸元のジャージを握りしめる。
「けど、私にとって、水瀬さんや大地は、遠くを歩くすごい人たちなの。だから……私みたいな凡人と違う、天才だって、思う」
病人相手に何を言っているのか、と思う。けど、止められなかった。
水瀬さんは「いいんだよ」と返すかのように、ニコリと笑い、口を開く。
「……望月さん。私の背中が遠く見えるのは、あなたが足踏みしてるからじゃないかな」
「足踏み?」
「私は……ううん、私も、佐倉くんも、歩くのをやめない。だから、どんどん離れていく様に感じちゃうんじゃないかな」
「っ! ……足踏みってなに? 私だって努力はしてる。けど、結果が出ないの……っ! 結果を出せる人を、才能がある人って言うんじゃないの!」
そして、それが私と、水瀬さんの差。天才と凡人の、生まれ持った差。
「……望月さん、舞台女優のオーディションとか応募したことある? スクールとか通ったことは?」
「……ない、けど……でも、今の私じゃ実力が……」
「私は、外のオーディションとか受けてるよ。けど、結果は全然ダメ。上には上がいるんだなって毎回へこんでる」
「……え……?」
想像していなかった彼女の言葉。呆気にとられる私に構わず、彼女は言葉を紡いでいく。
「……ねぇ、望月さんは、なんで女優になりたいの?」
「え……な、なんで!? ……私、女優になりたいなんて言ったこと……」
「わかるよ。私もそうだもん。演劇部の中で、望月さんだけが本気の目だなって思ってる あ! あと佐倉くんもかな? 俳優じゃなくて、脚本家ってコトだけど」
「…………」
心の中を見透かされた様で、戸惑いと恥ずかしさが襲ってくる。
そうだ、私は女優になりたい。子供の頃夢みた、キラキラした女優に。そして、いつかは大地の書いた脚本を演じるのが、私の夢だ。……ううん、夢だった、のかな。
「今のままじゃ、いつまで経っても、夢は夢のままだよ?」
「……私には、夢だよ」
そう、夢だ。手の届かない、夢物語。
「……望月さんに足りないのは、一歩を踏み出す勇気なんじゃないかな」
「勇気?」
「そ、勇気。才能とか、どうにもならないものじゃない。ただの心構え」
「……そんなの、わかんないよ……」
「……あー、もう! 分らず屋なんだから!」
水瀬さんは叫ぶと、真剣な目でこっちを見つめてくる。「このままじゃ、佐倉くん――ううん、大地君のこと、私がもらっちゃうよ?」
「っ! な、なんで、大地が出てくるの!」
「大地君って、たぶん自分の脚本をしっかり演じてくれる人のことを好きになるタイプだよね? いいの? 私が大地君と付き合っちゃっても」
「だ、ダメ! はぅ~~っ!」
反射的に言ってしまったが、今の言葉は愛の告白に近いものだ。本人がこの場にいなくてよかった。
水瀬さんは何が面白いのか「あはは」と笑っている。むぅ。
「今の、一歩を踏み出すってことだと思う。大事にしてよ、その気持ち」
「…………」
「ほら、そろそろ戻って? 多分、明日の代役について話があると思うから」
「でも、私じゃ……」
「……言ったでしょ。勇気だって。それに大丈夫だよ。あの脚本は――『ナオ』は、望月さんが適任だと思うから」「……ごめん、水瀬さん。私、いくね」
「うん、行ってらっしゃい」
彼女に背を向けて……いや、背を押されて、私は病室の扉に手をかける。
背を向けたまま、私は彼女に問いかける。
「……水瀬さんは、なんで私の背中を押すの?」
「んー、やっぱり、ライバルがいないと盛り上がらないからかな? だから、ここで沈まないでよ」
「……頑張ってみる!」
◆
「……あーあ、神様ってば、ひどいなぁ……」
望月さんを送り出した後、私はベッドに全身を預けながら、スマホを握りしめていた。
自然と、目から涙がこぼれ落ちる。私はそれを拭いもせずに、スマホに映し出されているトークアプリの文面を見直した。
『梨乃のこと、頼む』
好きな人からのトーク。何度も見返して、何度も咀嚼して、それから、何度も考えた文章。
「なんで私じゃ、だめなのかなぁ……」
◆
舞台の幕が降りると同時に、会場は拍手に包まれる。
私たちの1つ前の学校の劇が終えりを迎える。次はいよいよ、私たちの番だ。
「……うぅ……」
「なんだ。緊張してるのか」
「そりゃするよ! だって、まともな練習は1回しかできなかったんだよ!?」
「大丈夫だ。お前ならできるよ」
「むぅ! 無責任だなぁ、もう」
「……だって、なるんだろ?」
「? なにに?」
「キラキラしてて、人を感動させる女優にさ」
「ふんぐっ……! なんで覚えてるのかぁ……そういうこと」
「忘れないさ。……それに、梨乃の目に、またその夢が出てきたと思ったから」
『次は、星城学園演劇部の演目で「夢を叶える勇気」です』
私たちの会話を遮るように、舞台アナウンスが響く。
「……行って来い」
大地に背中を叩かれながら、私は一歩を踏み出す。
「……うん、いってくるよ」
ステージへと続く階段。ここを登れば、後戻りはできない。
けど、大丈夫。もう私は……一歩を踏みだしたから。
終わり
一歩進めば、そこは舞台 都古 詩(みやこ うた) @miyako_uta
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