第7話 ルカの正体
「うわああああああああっ」
魔法で飛んでいた二人は重力に従って、地面へと落ちていった。
ドスン、という鈍い音がしてリナリアは地面に叩きつけられる。リナリアは、思いっきりぶつけてしまったお尻をさすった。
「い、痛‥‥‥くない?」
不思議と痛みはなかった。疑問に思って、お尻の下を見ると、そこには猫がいた。
白銀色の美しい毛並みを持った猫の上に落ちたため、痛みがなかったようだ。猫はリナリアの全体重を受け止めて、伸び切ってしまっている。
「うわあ、なんで猫がここに?! というか、下敷きにしてしまった! ごめん! ごめんな?!」
リナリアは慌てて猫を抱き上げて、様子を窺う。すると、猫はうっすら目を開けた。
「よかった。気が付いたみたいだ。ルカ、この猫を保護しよう‥‥‥」
そこではたと気づいた。そういえば、側にルカがいない。
「ルカ? ルカー! どこにいるんだ?!」
リナリアは辺りを見渡して叫ぶ。そんなカノジョの姿を周りの人は遠巻きに見るだけだ。
「ねえ、あれって魔女‥‥‥」
「しっ、目をつけられるわ」
リナリアの髪色は黒に戻ってしまっており、誰も彼女に近づこうとしない。
「どうしよう。ルカがいなくなるなんて‥‥‥」
「大丈夫ですよ、リナリア様」
どこからともなく、ルカの声が聞こえてきた。リナリアはキョロキョロと周りを見るが、ルカの姿は見えない。
「ここです。下を見て下さい」
「下?」
リナリアが下を見ると、そこには下敷きにしてしまった猫しかいない。
「本当にどこにいるんだ‥‥‥?」
「俺ですよ、リナリア様」
「は?」
リナリアは目を擦った。目の前にいる猫が喋っているように見えたからだ。流石に幻覚だろうと思ったのだが。
「見間違いでも幻覚でもありません。リナリア様の目の前にいる猫が、ルカですよ」
「え‥‥‥えぇ?!」
リナリアは驚いて猫を投げ出す。当の猫は「おっと」と言って、軽々と地面に降り立った。
「な、な、な、な、なんで?! 君は人型の使い魔ではなかったのか?!」
「‥‥‥猫が本来の姿で、今までは変身魔法を使って隠してたんですよ。ちなみに、リナリア様の髪色を変えていたのも変身魔法の一種ですので」
ルカの言葉に驚いた。彼はリナリアと行動を共にしている時はずっと、変身魔法を使っていたことになるのだから。
彼の魔力の消費量は尋常じゃないはずだ。それでも魔力切れを起こさないほどの魔力量を彼は持っているのだ。
そこで、ルカが戦いを嫌がっていたことを思い出した。
「もしかして、変身魔法が解けるのを恐れて、魔力を消費する戦闘は避けたかったのか?」
「‥‥‥」
図星みたいだ。
「なんで、猫の姿を隠していたんだ?」
「猫の姿なんて情けないでしょう。リナリア様に幻滅されたくなかったんです」
ルカは地面に座り込んで、顔を隠してしまった。
(なんだ、それ。可愛すぎないか?)
猫としての可愛さも相まって、今のルカの姿は、愛くるしい。自然と愛おしさが溢れてくる。
「情けないなんて思わないけどなあ」
「いいえ。情けないです。もうお嫁に行けません責任とって下さいリナリア様」
「元気そうで何よりだな」
リナリアはまだ不貞腐れているルカを抱き上げた。彼女は猫になってしまったルカの頭を撫でる。
いつも背の高いルカを見上げてばかりだったので、リナリアは新鮮に感じた。
愛おしさが込み上げてきて、思わずクスッと笑ってしまった。
「ルカはルカだろう? 私は君の主人で、君は私の使い魔。何も変わることなんてない」
二人の関係性も。リナリア自身の気持ちも。少しのことでは絶対に揺るがない。
口には決してしないが、リナリアはそれだけルカのことが好きだし、信用もしているのだ。
リナリアを見上げていたルカだったが、すぐに顔を背けてしまった。そして、彼はポツリと呟く。
「惚れた弱みでしょうか?」
「ん?」
「リナリア様には敵いませんね」
ルカの言葉にリナリアはため息をついた。そして、ルカに聞こえないくらいの声量で、
「‥‥‥こっちのセリフだよ」
と呟いた。
⭐︎⭐︎⭐︎
後日、朝。少し早起きをしたリナリアは、キッチンに立っていた。
自室からキッチンまでやって来たルカは、先に起きているリナリアの姿に少しだけ驚いた。
「おはようございます。リナリア様。今日は早いのですね」
「おはよう、ルカ。今日は私が朝ごはんを用意したぞ」
「リナリア様が? 俺のために?」
ルカは自分の左胸を押さえて、呻いた。
「うっ、最高の朝です。太陽が燦々と照り、穏やかな風が吹き、リナリア様が朝ごはんを作って下さる。こんな素晴らしい一日の幕開けは二度と訪れないでしょう。好きです」
「はいはい」
リナリアはルカの言葉を聞き流して、用意した「朝食」を彼の目の前に置いた。それを見て、ルカは固まってしまっている。
皿に入っているのは、緑色の実だ。
「前に欲しいものを聞いた時、マタタビって言っていたよな」
服を買ってもらったお礼に何が欲しいかを尋ねた時に、彼は「マタタビ」と呟いていたのだ。彼はすぐにその言葉を誤魔化していたが、リナリアは聞き逃していなかった。
調べてみたが、どうやらマタタビは猫の好物らしい。リナリアは朝一にマタタビを採りに出かけて、今回はそれを皿に盛り付けたのだ。
調理の必要がほとんどなかったので、いかに美しく盛り付けるかに拘った。リナリア自慢の一品だ。
ルカは頭を抱えて、何かに葛藤しているようだった。
「食べてもよろしいのですか?」
「ああ」
「本当に、よろしいんですね?」
「? ああ」
なんだろうか。ルカの念押しがとても怖い。リナリアが頭を傾げている横で、彼はマタタビを口に含んだ。
「ルカ?」
ルカの様子がおかしい。彼の頬は火照っているし、目はトロンとし始めている。
まさか熱かと額に伸ばしたリナリアの手を、ルカは握った。彼の視線は色気を放っていて、思わずドキリとした。
「知っていますか、リナリア様。マタタビは、猫に催淫効果があると」
「は?」
それが本当ならば、リナリアが彼を誘ったと勘違いされてもおかしくない。しかも朝から。
リナリアは、ルカが何度も念押しした理由を察して、顔を真っ赤にした。
「覚悟はよろしいですね?」
「はあああああああ?!」
リナリアの叫び声が響く。
結果。リナリアは自分の部屋に立て篭もり、ルカの部屋への立ち入り制限期間が一ヶ月伸びた。
第一節「魔女と使い魔」終
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更新が遅くなってしまい、すみませんでした。もう少しだけ続けます。
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