第6話 魔物の出現




「よし。そろそろいい時間だし、森に行こうか」

「待ってください。まだ魔力回復薬を買ってませんよ」

「ああ、忘れてた‥‥‥今から買いに行くか。確か、この辺で隠れて商売を営んでいた気がする」


 二人が歩き出すと、唐突に地響きが起こった。あまりに強い揺れに、リナリアは尻餅をついてしまった。

 辺りにいた人々も驚いて周りを見回している。


「なんだ? 急に」

「魔物が出現している森の方角からですね。何かあったのでしょうか?」


 ルカに助け起こしてもらい、リナリアは立ち上がる。すると、


「キャーーーーーーッ」


 と女性の悲鳴が聞こえてきた。地鳴りは依然と続いていて、「何か」があったことは確かだ。


「行くぞ。嫌な予感がする」

「はい」


 ルカに声をかけて、リナリアは女性の悲鳴が聞こえた方向へ走って行った。





⭐︎⭐︎⭐︎






 二人がたどり着いた先は、例の魔物が出現している森の近くにある町だった。


 そこで、魔物が暴れていたのだ。


「魔物は、人のいる場所までやって来ることはほとんどないはずなのに。何故‥‥‥!」


 その辺に建っている家よりも大きな体を持った魔物は、狼の姿をしており、二本足で立って暴れている。建物を叩きつけて倒壊させ、炎の魔法を放って辺りを火の海にしていた。


「くそ。先に魔力回復薬買っておくんだった」

「‥‥‥リナリア様は下がっていてください。攻撃魔法も少しなら出来ますから」


 ルカが一歩前に出て、戦闘態勢に入る。しかし、リナリアが彼の腕を引いて、それを止めた。

 町の中は逃げ惑う人で溢れかえっている。魔物が逃げる人の行く手を塞ぐように建物を壊していっているため、逃げ遅れた人が何人もいるのだ。

 ここで、遠慮なく戦闘を始めたら、被害は更に大きくなるだろう。


「ここで攻撃魔法を使ったら、逃げ遅れた人に二次被害が出るかもしれない」

「けど、どうしたら」

「私に考えがある。ルカは下がっててくれ」


 リナリアは一歩前に出た。魔力はギリギリ。成功するかどうか分からない。自然と手が震えた。この仕事の依頼を受けた時、ルカは「死ぬかもしれない」と心配していたが、本当のことになってしまうかもしれない。


 恐怖を打ち払って、リナリアは魔物の足元まで駆けて行く。


「‥‥‥っ」


 向かう途中で、魔物はリナリアの存在に気付いたようだ。

 一直線に向かって来る人間を排除しようと、魔物は腕を振り上げた。魔力はギリギリだが、仕方がない。ここは防御魔法を使うしかないようだ。

 そう思ったのだが、防御魔法が完成するよりも先に、攻撃がこちらにたどり着きそうだ。


(まずい、意外と早い‥‥‥)


 攻撃が当たることを覚悟して目を瞑る。しかし、予想していた衝撃はついぞやってこなかった。

 人の温もりと浮遊感。リナリアが恐る恐る目を開けると、真上にはルカの顔があった。

 

 ルカがリナリアを横抱きに抱えて、攻撃を避けてくれたみたいだ。

 彼はそのまま空中へと飛んでいく。向こうの攻撃が地上にいる住民に向かわないようにしてくれたみたいだ。


「こっちの方が攻撃を避けやすいですよね?」


 ルカはリナリアに微笑んだ後、すぐに魔物のいる方向を睨んだ。


「向こうからの攻撃は、俺が避けます。なので、リナリア様は倒すことに集中して下さい」

「分かった。‥‥‥ルカ」

「何ですか?」

「ありがとう」


 リナリアがお礼を言うと、ルカは顔を背けた。彼の耳の先は少しだけ赤くなっている。


「早く倒しましょう」

「そうだな」


 リナリアは手を掲げて、魔力を込めた。その瞬間、複数の魔法陣が魔物を囲んだ。魔法陣から鎖が飛び出し、魔物の体を縛る。

 魔法の鎖は、魔物の動きを一時的に止めている。しかし、魔物はすごい力で暴れるため、すぐに鎖は引きちぎられてしまいそうだ。


「情報屋から危険だとは聞いていたが、本当に強いんだな」

「そうですね」

「動きを止めている今のうちに、魔物の目の前まで近づいてくれ」

「分かりました」


 ルカはリナリアを抱えたまま、魔物の目の前まで近づいて行った。その間も魔物からの魔法攻撃は続いていて、ルカは器用に攻撃を避けていた。

 やがて、魔物の目の前までたどり着いた。魔物はリナリアの目と鼻の先にいる。


「せっかくだし、新しく解析した暗示魔法でも使おうかな」


 魔法の鎖が壊れて、魔物はリナリア達を叩き落とすため手を振り上げた。

 リナリアはそんなことは意に介さず、魔物の額にちょんと触れて、口を開いた。


「お前はもう一生、人間を襲う気になれない」


 暗示魔法の魔法陣が魔物の額に吸い込まれていく。すると、すぐに魔物は振り上げていた腕を下げた。暗示魔法によって、人間を攻撃する戦意を喪失したようだ。


 後は、この魔物を森に返すだけだ。


 魔力はほとんど残っていないため、魔法はあと一回しか使えないだろう。リナリアは、力を振り絞るように、声を出した。


「転移魔法陣、展開」


 魔物の頭上に巨大な魔法陣が出現し、黄金の光を発した。すぐに魔物の姿は消えた。転移先は、魔物が元々いた森の奥深く。これで、人を襲うことも人里に降りてくることもなくなるだろう。

 

「よし。討伐までは出来なかったが、問題は解決した。あとで情報屋のところに行って、報酬を‥‥‥」

「リナリア様、すみません」

「どうした?」

「魔力が切れました」

「は?」


 ルカの魔法で空を飛んでいた二人は、地面に落ちていった。

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