第5話 魔女のお洒落
「ほら、リナリア様。こちらを着てみて下さい」
ルカはリナリアにワンピースを差し出す。紅色のシックな生地に、黒いリボンが付いている可愛らしい服だ。
二人は今、町中にある服飾店に来ていた。店の中には、レースやリボンをあしらった女の子らしい洋服が沢山置かれている。
なぜ、この服飾店に入っているのか。それは、買い出しの途中で、「デート」を主張するルカに連れて入れられてしまったためだ。
いつも質素な服装をしているリナリアは、むず痒い気分になり、ルカの差し出す服を押し返した。
「ルカ、それは可愛すぎる。私には似合わない」
「そんなことないです。リナリア様に似合わない服なんてありません。全ての服がリナリア様に似合うように作られていますから」
「し、主語が大きすぎる」
リナリアは顔を覆って、ルカに背を向けた。すると、そこにはにこやかな表情を浮かべた店員がいた。若干の圧を感じたリナリアは、一歩後ろに下がった。
「お客様~、絶対似合いますよ! ご試着されてはいかがですか?」
「いや、えっと」
「こちら、今季一番人気のカラーを使っておりまして、お客様の
店員さんの接客に負けて、リナリアは試着室に押し込まれる。仕方なくリナリアは普段は絶対に着ないワンピースに袖を通す。
着替え終わって鏡を見ると、そこにはいつもと違うリナリアがいた。服単体で見た時よりも大人っぽくて、リナリアによく似合っている。
装いには無頓着なリナリアだが、たまにはこういう格好もいいのかもしれないと思った。
一方で違和感があるのは、この金髪だ。この髪は、ルカが魔法をかけて一時的に変えてくれたものだった。
曰く、『複雑な魔法は使えないですけど、こういう簡単なものなら得意なんです』とのことだった。
(私が黒髪を気にしてたから、魔法をかけてくれたんだろうな‥‥‥)
いつもと違う髪色の自分は、どうしても見慣れない。リナリアが髪をくるくると指で弄んでいると、試着室のカーテンの向こう側から「お客さま、着れましたかー?」という声がかかった。
リナリアは慌てて答える。
「は、はい。けれど、もう脱ぎます」
「いえいえ、もったいないですよ。一度見せられてはいかがですか?」
「え、ちょっと、待ってくだ‥‥‥!」
カーテンは無慈悲にも開けられてしまった。すぐに試着室の前で待機していたルカと目が合う。
彼は目を丸くして、リナリアをじっと見つめている。しばらく、無言の時間が続いた。
「な、何か言ってくれ‥‥‥」
黙って見つめ合っていることに恥ずかしくなってきたリナリアは、虫の鳴くような声で訴えかける。
すると、ルカは手を挙げて店員の方を向いた。
「買います」
「お買い上げありがとうございまーす」
「待て、ルカ! 今日もらったお金がなくなるぞ!」
「大丈夫です。個人的にも稼いでるので、俺が払います」
「えぇ‥‥‥?」
リナリアは困惑するが、ルカは既にレジカウンターに行ってお会計をするためにお金を出している。が、彼はすぐにリナリアの元に戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「言い忘れてました。すごく似合ってます。非常に可愛らしいです」
「わ、分かったから! さっさっと行ってくれ!」
店内からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。リナリアはあまりの恥ずかしさに縮こまる。
リナリアは所在なさげに視線を店内に彷徨わせて、そこで一際目立つドレスを見つけた。
「うわあ‥‥‥」
リナリアはフラフラとそのドレスに近寄って行く。レースや宝石がふんだんに使われていて、店の中で飾られている服の中で一際輝いている
「それは、ウェディングドレスですね。当店では、ウェディングドレスの受注も承っているんですよ」
「そうなんですか」
いつの間にか、後ろには先ほどの店員さんがいた。ルカはまだお会計の途中みたいで、別の店員さんと話し込んでいる。
振り返ったリナリアを見て、店員さんはふふっと笑いをこぼした。
「いい彼氏さんですね」
「違います」
「あら、じゃあ好きな方なんですね」
「ち、ちがいます‥‥‥!」
リナリアは首を振るが、店員さんは「分かってますよ」と言わんばかりに笑顔を崩さない。
「彼氏さんと一緒に、またご来店下さることをお待ちしております」
店員の言葉にリナリアは動きを止める。ルカと「そういう関係になる」。あり得ないことを考えて、少しだけ切なくなったからだ。
リナリアは口角を上げて、店員と向き合った。
「ルカ‥‥‥また、彼と一緒には来ます」
「ありがとうございます!」
店員はリナリアの言葉に、パァッと顔を輝かせた。
(ルカも褒めてくれたし。たまには、こういう服を着るのもいいかもしれないしな)
ルカとの関係が変わることはないけれど。この店には、また来ようとリナリアは思った。
二人は街を歩いて必要な物を買っていった。買った物は、リナリアが作った無限空間に入れて、保管。身軽で買い出しを済ませることが出来るし、帰ったらすぐに取り出せるので便利な空間である。
調味料と薬草と‥‥‥と必要な物を指折り数えて確認していたリナリアは、チラリとルカを見上げた。
(さっき服を買ってもらったし、何かを返したいな)
しかし、ルカの欲しいものが分からない。リナリアは意を決して、直接聞くことにした。
「ルカ。何か欲しいものはあるか?」
「リナリア様の心です」
「そういうのじゃなくて」
リナリアは首を振る。
「さっき買ってもらったから、何かお礼をしたいんだ」
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「でも‥‥‥」
リナリアが食い下がると、ルカは顎に手を当てて少し考え始めた。そして、ポツリと呟いた。
「‥‥‥たたび」
「え?」
ちょうど風が吹いて、よく聞き取れなかった。聞き返すが、ルカは「なんでもないです」と首を横に振る。
「俺が買いたかっただけですし、欲しい物も特に思いつかないので」
「じゃあ、思い付いたらいつでも言ってくれ。何でも買う」
リナリアが胸を張ると、ルカはクスクスと笑った。彼の笑い声に不安になったリナリアは、少しだけ慌ててしまう。
「あ、あんまり高いものは買えないぞ?」
「分かりました。ふふ、考えておきます」
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