第4話 危険な仕事




「仕事だと? 今回渡した資料とは別件か?」

「別件だけど、依頼主は同じ人〜。魔法好きの変人〜」

「なんだそれ」


 リナリアが呆れると、情報屋はヒヒッと笑った。


「少し”危険な仕事”だけど、やってみる〜?」


 “危険な仕事”という言葉を聞いた時、ルカの耳がピクリと動くのが見えた。


「リナリア様。危険ならやめてはいかがですか?」

「そうだな。頼まれた仕事は完成させたし、そのお金でしばらくの生活も困ることはない。悪いが、この仕事はー‥‥‥」

「報酬は、珍しい古代魔法が書かれた魔術書とかどう?」


 情報屋の言葉に、リナリアの動きがぴたりと止まった。リナリアは魔法研究が好きだ。特に、珍しい魔法は研究したい欲求が高まってしまう。あまりの魅力に、リナリアは胸を抑えた。


「絶版されていて、入手困難なやつだよ〜」

「‥‥‥っ」

「リナリア様?」

「この仕事断ったら、二度と渡さないよ〜〜」

「っっっ」

「リナリア様? やりませんよね?」


 情報屋は餌をちらつかさせ、リナリアを誘惑してくる。片やルカは、そんな仕事やめるように言ってくる。まるで天使と悪魔に囁かれているよう。


(そうだ。やる必要はない。情報屋の言っていることはいつも適当だしー‥‥‥)


「やる‥‥‥っ」

「よし、決まり!」


 結局、珍しい魔術書の誘惑には抗えなかった。ルカは頭を抱えて、「リナリア様は意志が弱いっ」と嘆いていた。





⭐︎⭐︎⭐︎





「じゃあ、あとはよろしくね〜」

「分かった」


 情報屋から詳しい仕事内容を聞いたリナリアとルカは、扉を開いて一歩前に踏み出した。すると、あっという間に景色が変わり、二人は外に放り出された。

 振り返ると、そこには扉も何もなく、人の手の入っていない野原のみが広がっていた。情報屋の住む家がある形跡すらない。


 リナリアは「用心深い奴め」とため息をついて、歩き出した。


「結局やるんですね。その仕事」

「やる。私が引き受けたことだし、ルカは来なくても大丈夫だよ」

「いえ。行きます。リナリア様のいるところに、このルカありです」

「なんだ、それ」


 リナリアは彼の言葉に笑ってしまった。


「それにしても、依頼された仕事が魔物モンスターの駆除なんて。魔物自体珍しくもないですし、リナリア様の実力があれば、余裕で倒せますよね」


 そう。彼の言う通り、今回情報屋から依頼を受けたのは、魔物の討伐。とある魔物が凶暴化して、森の入り口で暴れているため討伐の依頼がきているそうだ。被害が大きいため、なるべく今日中に倒して欲しいとの話だった。


「実は、余裕でもないんだ」

「そうなんですか?」

「私は昨日から寝ていない。魔方陣を解析している間はずっと魔力を使っていたし、情報屋の住処にたどり着くまでにも魔法をかなり使った。つまり‥‥‥」

「つ、つまり?」

「体力と魔力がほとんど残っていない」

「だめなやつじゃないですかっ」


 ルカはリナリアの腕を引っ張り、彼女をなんとか引き留めようとする。

 

「今からでも断りましょう、リナリア様。下手したら死にますよ」

「魔力切れを起こしても死なないぞ。それに、報酬の古代魔術書なんてめったに手に入らない。私はやる」

「魔力切れを起こした無力なリナリア様が魔物に殺される可能性があるんですよっ リナリア様が死んだら、ルカも死にますよ?!」

「君はいちいち重すぎる!!」


 二人は言葉の応酬に息を切らす。そんな二人の周囲からは

 少しずつ町中に近づいてきており、人の姿もちらほら見受けられるため、リナリアはフードを被って声を小さくした。


「というか。私が殺されそうになったら、君も戦ってくれよ」

「‥‥‥俺はリナリア様と違って、あまり魔力が高い訳ではないので」


 ルカは目を逸らした。あからさまな怪しい態度に、リナリアは不信感を抱く。


「そういえば、ルカは珍しい使い魔なんだよな。それなら、魔法も得意なんじゃないのか?」

「情報屋の言うことは、信用してはいけないのでは?」

「確かにそうだけど」

「それとも、俺のことを知りたいと思って下さったんですか?」

「主人として一応な」


 追求を上手く躱されてしまった。どうやらルカの方が一枚上手だったみたいだ。


 リナリアはつーんと顔をそらすが内心は、


(知りたいに決まってるっっっ)


 と悶えていた。好きな相手のことなんて、他の何を置いても知りたい。けれど、それを伝えてしまえば、自身の気持ちがルカにバレてしまうかもしれない。

 リナリアは「知りたい」という言葉を飲み込み、話を続けた。


「君がどうしても戦いたくないことは分かったよ。途中で魔力回復薬を買ってから、森に行く。魔物が暴れ出すのは夕方以降みたいだし、間に合うだろう」

「それがいいですね。ついでに、他に必要な物も町で買っていきましょう」

「そうだな。そうしよう」


 リナリアが頷くと、ルカはすっと彼女の手を取った。


「デートですよ。デート」

「そういえば、そんなことも言ってたな」


 リナリアはルカの手を振り払いつつ、買い出しのために歩き出した。

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