悪役令嬢の恋
第8話 公爵令嬢の依頼
「んふふふふふ」
「リナリア様? どうされたのですか?」
リナリアは上機嫌に頰を緩ませて、ダイニングに現れた。ルカはそんなリナリアの姿に驚きつつ、朝ごはんを置いていく。
今日の朝食は、フレンチトーストみたいだ。たまごと砂糖の甘い香りが漂う。
さっそくトーストにかぶりつきながら、リナリアはルカの質問に答える。
「実は、この間情報屋からもらった魔術書の解析が進んでな」
「ああ。魔物討伐の報酬でしたっけ」
「そう。そこに自白魔法の魔法陣が書かれていたんだ!」
キャーと、彼女は恋する乙女のように頬を覆った。そんな彼女を見て、ルカは複雑そうな表情をしている。
リナリアが情報屋からもらった古代魔法の書かれた魔術書には、自白魔法の魔法陣の作り方が書かれていた。古代に使われていた精神干渉系の非常に珍しい魔法に、リナリアのテンションは上がりまくっていた。
「このレベルの魔術書が手に入るなら、何度でも魔物討伐の仕事を受けたいな」
「俺はあんな危険なことして欲しくないです」
「悪かったって」
ルカにはそう言われたものの、魔物討伐の依頼はまた受けることになりそうだ。討伐の仕事が終わり情報屋から報酬を受け取る時に、
『また魔物討伐の仕事を依頼するかも〜』
と情報屋から言われたのだ。
各地で魔物の凶暴化が頻発しているらしく、彼はその原因究明と討伐依頼への対応に忙殺されているらしい。
人手が足りなくなったら、また仕事を受けて欲しいと頼まれているのだ。
「この間だって危なかったじゃないですか」
「ルカが猫になったりな」
「くっ」
ルカは顔を赤くして、胸を抑えた。ルカにとってあの姿を晒してしまったのは、一生の不覚だったみたいだ。時々、恥ずかしそうに顔を赤らめて悶えている。
その姿を眺めつつ、リナリアは残りのフレンチトーストを頬張った。最後の一口をごくんと飲み込み、リナリアは手を合わせる。
「ご馳走様。ルカ、今日も引き続き自白魔法の研究をしようと思う」
「分かりました。お昼ご飯は何がいいですか?」
「食べやすいもので頼む。それじゃ‥‥‥」
その時、コンコンと玄関の扉が叩かれる音がした。この家に誰かが訪ねてきたみたいだ。
「今日は来訪の予定なんてないのに」
リナリアは「はーい」と答えながら、扉を開ける。すると、そこには金髪碧眼の女性がいた。
凛とした佇まいを崩さず、上品なワンピースドレスを着こなしている。
(まるで、貴族みたいだな)
しかし、それは違うだろうなとリナリアは考えた。貴族がこんな森の奥にある魔女の家まで訪ねるわけがない。
「あの、どちら様ですか?」
リナリアが尋ねると、その女性は綺麗なカーテシーをした。思わず見惚れてしまうくらいの美しい所作にリナリアは釘付けになる。
しかし、その感動は彼女の次の言葉でぶっ飛んでしまった。
「わたくしの名前はリディア・スノールフ。スノールフ公爵家の長女よ!」
「え?」
⭐︎⭐︎⭐︎
「情報屋! 公爵家の娘が私の家に訪ねて来たんだが、何か知ってるか?!」
「あ〜。リディア様、本当に行ったんだ」
リナリアはとりあえず、訪ねてきた女性を言えに入れた。そして、遠距離通話のための魔法道具を使って、情報屋に連絡をしていた。
「君が何か言ったのか?」
「この間の魔物討伐をした魔女の正体を教えて欲しいって言われたからね〜。住処まで教えちゃった」
「なんで教えたんだ?!」
「お金積まれちゃったから⭐︎」
通話口に向かって、リナリアは叫ぶ。
「情報屋は、信用が、大事って言ってなかったか?!」
「そんなこと言ったかな〜?」
本気で通話を切ってやろうかと思った。しかし、通話を切るより先に情報屋が口を開いた。
「とにかく、何か頼みたいことがあるみたいだよ。対応がんばってね〜」
「頼みたいことって、」
なんだと聞く前に、通話を切られてしまった。リナリアは通話口の前でわななく。
仕方ない。情報屋が教えてくれないならば、公爵令嬢のリディアに直接聞くしかないだろう。
ダイニングに戻ると、ルカが彼女に紅茶を入れていた。
「優秀な使用人ね。公爵家で雇いたいくらいだわ」
「お褒め頂き光栄なのですが、俺はリナリア様の恋人ですので」
「あら。そうなのね」
「はい」
「ルカ。勝手に私たちの関係を捏造するな」
リナリアは二人の間に割って入り、リディアに向き合った。
「初めまして。リナリアと申します。こちらは私の使い魔のルカです。恋人ではありません」
「まあ。人型の使い魔なんているの?」
「ゴホン」
ルカが咳払いをする。リナリアは「人型の使い魔」ということは敢えて言及せずに、さっそく本題に入った。
「本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
「魔女・リナリアに、今日は依頼があって来たの」
ゴクリと喉を鳴らす。わざわざ貴族令嬢が魔女に頼みたいこととは、果たして何なのか――。
「わたくしに惚れ薬を売ってちょうだい」
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