第2話 魔女の不遇




 リナリアが目を開けると、そこには既に街の風景が広がっていた。長距離の移動魔法は少し不安だったが、しっかりと人目のつかないところに降り立つことが出来たみたいだ。


「うん。無事に着いたみたいだ。よかった」


 リナリアは平静を装い、ルカに話しかける。しかし、内心ではかなり焦っていた。


(よ、よかった。ちょうど魔法陣が発動したから、顔赤くなったの誤魔化せたよね。バレてないよね)

 

 大通りに出ると、そこには煉瓦道が長く続いていた。街中には、かなりの人がいる。噴水の元で仲良く遊ぶ子供達、買い物に出掛ける女性、雑談に花を咲かせる郵便配達員など、それぞれが穏やかな時間を過ごしている。しかし‥‥‥


「ねえ、見て。あの子黒髪よ」

「珍しいわね。もしかして‥‥‥」

「しっ。目をつけられないようにしなきゃ」


 チラチラとリナリア達の様子を見て、警戒の目を向けている人達もいた。中には自分の子供を呼び寄せて、建物の中に隠れてしまった人も何人かいるようだった。

 リナリアはフードを被り、自分の黒い髪を隠した。すると、ルカが不機嫌そうに眉をひそめた。


「隠す必要ありますか? あの人達が気になるなら、俺が燃やしてきますよ」

「やめておけ。‥‥‥黒髪は魔女の証とされているからな。嫌がる人も多いんだ」

「けれど、この国の国王が魔女を嫁に迎えて以来、魔法使いへの待遇が改善されてきていると聞きました」

「王都では多少、な。地方だと昔の考えが根強くて、魔女を忌み嫌う人も少なくないんだ」


 昔気質の店主が経営する店では、リナリアの黒い髪を見て商品を売ってくれないこともあった。魔法を使った結果、住んでいた場所を追われたことすらある。そういった経験がある故に、なるべく目立ちたくなかった。


 リナリアは人目を避けるように、足を早めた。すると、その後ろをすぐにルカが追ってきた。


「リナリア様」

「なんだ?」

「俺は、リナリア様の黒髪好きですよ」

「は?」

「リナリア様の黒い髪は、優しい夜に見上げる夜空のような煌めきを放っていますね。それに、腰まで真っ直ぐ伸びた髪は本当に美しくて、何度見とれてしまったか分かりません。風に髪をなびかせて魔法を発動されるときのお姿もまた美しくて‥‥‥」

「‥‥‥」

「リナリア様? なぜ、足を早めるんですか?」


 リナリアはフードを深く被り直して、ルカに追い付かれないように、更に足を早めた。

 ルカが顔を覗き込もうとすると、リナリアはすぐに顔を背けた。


「今は、私の顔を見るな。絶対に見るなよ」

「フリですか?」

「フリじゃないっ」


 リナリアは叫ぶ。結果的に少しだけ目立ってしまったが、ルカのお陰で悲しい気分は吹き飛んでいた。




 やがて、目的の場所に辿り着いた。


「ハアッハアッ、本当にここなんですか?」

「ハアッハアッ、そうだ、ここに依頼人のいる家がある」


 最後の方は、最早追いかけっこになっていたため、私達の息は切れている。もちろん、目立った。超目立った。

 魔法空間に収納していた飲み物を取り出し、息を整える。一息ついたところで、ルカは再び口を開いた。


「リナリア様、ここには何もありませんよ。場所を間違えているのではないですか?」


 たどり着いた場所は、町はずれの森の入り口。雑草が伸びきっており、人が住むような場所ではないし、ルカの言う通り、私たちの目の前には何もない。しかし、確かにここが目的の場所だ。


「間違えてないよ。少しだけ、待っててくれ」


 手をかざし魔力を込めると、目の前にいくつもの魔法陣が現れた。すぐに魔力が押し返され、リナリアは自分の魔法を拒まれているのを感じた。ブワッと風が巻き起こり、リナリアの髪がなびく。


「相変わらず、用心深い男だ」


 魔法陣のロックを一つずつ外していく。カチッ、カチッと音が鳴り、魔法陣が消えていく。そして、最後の一つのロックを外すと、地響きと共に一枚の扉が現れた。リナリアは、扉の前まで歩み寄った。


 コン、コン、コンと扉をノックする。


「リナリアだ。例のものを持ってきた」


 この過程を経て、ようやく扉が開く。

 扉の中には階段が一本道で続いている。その中は薄暗いため、階段を登り切った先に何があるのか分からない。


「リナリア様、ここは‥‥‥」

「ここは、今回の依頼人である魔法使い限定、、、、、の情報屋が住んでいる場所だ」


 行くぞ、と言ってリナリアは扉の中へ入っていった。






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