第1話 「じゃあ、デートですね?」




 リナリアは、魔法陣解析の依頼をこなすため、部屋に篭っていた。魔法の情報を欲しがる人間は一定数おり、今回は依頼主の要望を受けているため、解析を進める必要があったのだ。


「うん。暗示魔法の術式の仕組みが分かったぞ。これを応用するためには‥‥‥」


 彼女は文献を片手に、手元に魔方陣を浮かべて呟いた。浮かべている魔法陣は、対象者に暗示をかけるためのものだ。

 魔法陣に書かれている術式を紐解いて、どのように魔法が組み込まれているのかを調べていく。


「なるほど。相手に流れている魔力に影響を与えて理性を歪ませることで、暗示魔法は成り立っているんだ」


 リナリアは、金色の光を放っている魔方陣に手をかざした。


「とりあえず、このことを文章にまとめて‥‥‥っと」


 リナリアは魔法ペンを手に取り、魔力を込める。魔法ペンとは、術者の書きたいことを元に文章を構成し、書き記してくれる便利な魔法道具だ。

 ペンは勝手に動き出し、サラサラとリナリアの思い浮かべた内容を紙に書き記し始めた。



 作業がひと段落して暇になったリナリアは、「んーっ」と体を伸ばした。


 外を見ると、いつの間にか日が昇っていて、一睡もせずに研究をしてしまったのだと気づいた。


 リナリアは、魔法研究が好きだ。

 元々は、自分にかけられた呪いを解くために魔法研究を始めた。しかし、研究を重ねれば重ねるほど、その奥深さに魅了されてしまった。今では、依頼をこなすことでお金にしながら、趣味としても魔法研究を続けている。


 元々の魔力値の高さも相まって、研究への探究心は留まるところを知らず、一睡もせずに魔法研究に明け暮れることも多々あった。


(まあ、ルカと出会ってからはそんな日も減っていたと思うけど)


 なぜなら、ルカはリナリアが不健康な生活をしていると、リナリアのすべて、、、の面倒を見ようとするからだ。


 ある時は、研究に明け暮れて朝から何も食べていなかったリナリアに、ルカが手ずから食べさせようとしてきたり。


『リナリア様。はい、あーん』

『じ、自分で食べる! 食べるから!!』


 ある時は、寝ずに研究を続けるリナリアを寝かしつけようとしたり。


『ほら、ベットに入って下さい。俺が横で、安眠効果のある子守唄を歌いますから』

『そもそも君がベットに入るな! いかがわしい』


 涼しい顔をして全部やろうとしてくるから、リナリアは困る。心臓が破裂しそうで、とても困る。

 なんで君はそんなに余裕そうなんだと、いつか問い詰めてみたいものだ。


「そういえば、昨日からルカが部屋に入ってこないな」


 いつもだったら、勝手に部屋に入ってきて食事の用意などしてくれるのに。そこまで考えてハッと気づいた。

 ルカは部屋に入れない制限魔法をかけられているのだった、と。


 そろそろ顔を見せないと、ルカが心配してしまうかもしれない。何せ、丸一日経過しているのだ。

 魔法ペンの記載が終わり次第、今日中に依頼主に届けてしまおうと思っていたところだ。ちょうどいいから、ルカにも一声かけよう。


 そう決めて部屋の外へ出ると、果たしてそこには部屋の前で座り込んでいるルカの姿があった。


「おはようございます」

「なんで、君がそこにいるんだ?!」

「リナリア様がいつでも、ご飯を食べれるように待機してしました」

「自由に過ごしてていいのに‥‥‥」

「リナリア様のお世話以外、やりたいことなんてありません」


 彼はリナリアの手を取って、愛おしげに目を細めた。


「リナリア様、お久しぶりですね」

「昨日の朝ぶりだよな?」

「少し見ない間に、痩せましたね」

「二回食事を抜いただけで、痩せてるわけがないんだよ」


 安定のルカだ。過保護で、阿呆なことを真剣に言ってくる。リナリアは少しだけ笑ってしまった。


「悪かったな。制限魔法なんてかけたために、待たせてしまって」

「いえ。リナリア様がされることは全て、俺にとってご褒美ですから。制限魔法という高度な魔法を展開される優秀さ、部屋に入れないという縛り、正直興奮を禁じ得ない」

「正直こっちは困惑している」

「リナリア様の一挙一動のすべてが至高。うっ、好きすぎる。今日も好きです」

「はいはい」


 真剣にわれなければ、ドキドキすることもない。少しだけホッとしながら、軽く受け流した。


「それより、これから出かけるから、留守を任せてもいいか?」

「どこに行くんですか?」

「魔法陣の解析を頼んできた依頼主のところ。今日中に提出すると約束したんだ」

「俺もついて行きます」

「一人で行ける場所だぞ」


 今回の依頼主は、所謂「お得意さん」で、いつもリナリアが一人で訪ねている。ルカがついて来る必要はないはずだ。

 何より、リナリアには彼を連れて行きたくない「理由」があって‥‥‥


「でも、リナリア様は一睡もされてませんよね? その状態で、一人で出掛けるおつもりですか?」

「む‥‥‥。しかし、いつもは一人で」

「リナリア様に何かあったらと心配なんです」

「む、無駄に顔を近づけるな!」


 ドキドキするだろう、とリナリアは叫びそうになった。慌てて距離を取り、リナリアは柱に隠れて宣言をする。


「絶対に、一人で行くからな!」





⭐︎⭐︎⭐︎




 結局、押し切られてしまった。


 リナリアは頭を抱えながら、街へ移動するための魔法陣を展開する。二人がしっかり覆われるように、少しだけ大きめの魔法陣をつくった。


「本当にいいのか? 君だって、私の部屋の前で待ってて疲れているだろう」

「大丈夫です」

「買い物もしていくつもりだぞ。その辺の店を無駄に見て回るかもしれないぞ」

「二人で町へ出て、買い物もする‥‥‥ということですか」


 リナリアが必死に訴えかけると、ルカはクスリと笑った。そして、リナリアの耳に囁きかけた。


「じゃあ、デートですね?」


 リナリアはルカを見て、目を見開く。自分の頬に熱が集まるのを感じた。


(顔赤いの、バレる)


 そう思った瞬間、魔法が発動され、二人は光に包まれた。








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