「愛する人に愛を伝えると死ぬ」魔女は、使い魔から溺愛されている
夢生明
第一節 魔女と使い魔
プロローグ 絶対に結ばれない両片思い
ゆりかごの中で小さな赤ん坊が揺れている。その側では、黒い髪の美しい女性が編み物をしており、ミルクの香りで満たされた部屋には、優しく穏やかな時間が流れていた。
カーテンの隙間から柔らかな日差しが差しており、赤ん坊は一筋のその光に手をかざして、キャッキャッと笑った。そんな赤ん坊の様子を見て、女性は幸せそうに微笑んでいる。
やがて雲が動き、太陽に
慌てた足音と悲鳴が響き渡る。窓はすべて割れ、部屋の中は雨風によって荒れ狂った。
そして、一人の男が割れた窓から部屋の中へ入ってきた。長い髪が美しい、幻想的な男だ。あまりの美しさに、赤ん坊は一瞬、泣くのを忘れてしまったほどだ。
男は赤ん坊に手を伸ばす。赤ん坊はその手を掴もうとするが、それは叶わなかった。男が伸ばした手で赤ん坊の腹を掴んだためだ。掴まれた部分が焼けるように熱く、赤ん坊は再び泣き始めた。
真っ赤な魔法陣が赤ん坊の真上に浮かぶ。突き刺すような痛みに泣き喚く中、その男は口を開いた。
『お前が愛する者に愛を伝えた瞬間、四肢は裂け、心臓は千切れるだろう』
「‥‥‥‥っ!」
ガバリと身を起こし、少女は、それが夢だったと気付いた。辺りを見渡すと日の光がカーテンの隙間から漏れ出ており、雀の鳴き声が聞こえる。
「朝か‥‥‥」
そう呟いて、そっと寝巻きを捲る。少女の腹部には、真っ赤な魔法陣が刻まれていた。真ん中の星形を中心に、周りを古代文字が囲い、更にその外側には蔦と花が巻き付いている赤い魔法陣。
物心ついた時には、既に刻まれていたものだ。
それが体にあることを確認して、起きあがろうとしたのだが。
少女は隣で、一人の男が眠っていることに気付いた。白銀色の髪を持つ彼はよく見知った男で、少女は口を引くつかせる。即座に男をベットから追い出し、少女は叫んだ。
「なんで君が隣に寝ているんだ、ルカ!!」
クォーツ王国。人口8200万人のその国では、魔法と人間が共存している。
一昔前まで魔法は災いを呼ぶものとして忌み嫌われており、魔法を使う者は排除されてきた。しかし、現国王が魔女を側室に迎えたことで状況は一変。魔法使いや魔女の待遇は改善され、魔法の研究が一気に進んだ。
魔法によって人々の生活に潤いがもたされ、クォーツ王国はここ十数年で急成長を見せている。
そして、そんな王国のとある町外れに一人の魔女が住んでいた。名前は、リナリア。
この国では珍しい黒髪と柘榴色の瞳を持っている彼女は、ダイニングの椅子に座って目の前にいる男を睨んだ。
「どうして、私の隣で寝ていたのか事情を教えてもらっていいかな?!」
「深い事情がありまして‥‥‥」
「深い事情?」
リナリアが怒る相手は、ルカ。リナリアと契約を結んでいる、世にも珍しい人型の使い魔である。
彼はリナリアの怒りを物ともせずに、にっこり微笑んだ。
「それより、先に朝ご飯にしませんか?」
彼がパチンと指を鳴らすと、ダイニングテーブルに目玉焼きトーストが現れた。マグカップに入ったシチューも付いている。
「食べ物で釣って、あやふやにしようという魂胆だな」
「そんなことありませんよ?」
そう言って首を傾げる姿は、実に胡散臭い。絶対に騙されない。
「その深い事情とやらの説明を受けるまで、絶対に食べないからな」
ルカはいつものらりくらりとしている。
ーーー焼け目のついたトーストは外はサクッとしており、中はふんわりしている。かぶりついた瞬間、バターの香りがふわりと漂った。
だけど、ここはビシッと言ってやらないといけないところだ。
ーーー目玉焼きはもちろん半熟。少しだけとろっとしていて、黄味がトーストに溶け込む。
早めに聞きだそう。シチューも冷めてしまうだろうし。
ーーーシチューは、最高にクリーミー。具材が沢山入っていて食べ応えもあって、すぐに満腹になった。
「はっ、いつの間にか食べ終わってる?! 絶対に先に話を聞こうと思っていたのに!」
「美味しかったですか?」
「美味しかったです!」
魅力的な朝ご飯に耐えられず、無意識のうちに食べてしまっていたみたいだ。しまった。
「それで、深い事情っていうのは?」
「‥‥‥流石に忘れなかったか」
「聞こえてるよ!」
ルカが呟いたのを、リナリアは聞き逃さなかった。
「実はこのシチュー、昨日から仕込んでいたんです」
「そうなのか? だから、こんなに美味しいんだ」
「ありがとうございます。このシチューを作っていたため、昨日は寝る時間が普段より遅くなり疲れ切っていました」
「ふむ」
「そのために、自分の部屋とリナリア様の部屋を間違えてしまったみたいなんです。しかも、起きる時間もいつもより遅くなってしまい‥‥‥リナリア様を驚かせてしまったことは反省しています」
リナリアはすうっと息を吐いた。そして、叫んだ。
「何も深くない!」
「そうでしょうか?」
「これ以上ない浅さだよ! ただの寝惚けた寝坊助じゃないか!」
寝坊助、という言葉にルカが吹き出す。ツボってしまったみたいで、彼は口を押さえて、くつくつと笑っている。
「まったく」
リナリアは呆れ返って、いつの間にか用意されていた紅茶を口に含んだ。
「リナリア様は本当に面白いですね」
「そうかな?」
「はい。本当に大好きです」
「ゴホッ」
リナリアは、飲んでいた紅茶を吹き出した。彼女は魔法を使って、慌てて吹き出した紅茶を消す。
一方のルカは、真っ直ぐにリナリアを見つめている。
「今日はまだ伝えていませんでしたね。リナリア様、今日も愛しています」
ルカはリナリアのことが好きで、毎日のように愛を囁いてくる。毎日毎日、飽きずに、真っ直ぐな言葉と行動で訴えかけてくるのだ。
リナリアは、そんな彼にいつも同じ言葉を返す。
彼女はスッと目を細めて、冷たい表情でルカを見つめた。
「私は、君を愛していない」
「知っています」
「これからも、一生愛すことはない」
「分かっています」
しばしの沈黙の後、リナリアは再び口を開いた。
「分かっているなら、いい」
「はい」
素直に頷いた彼に、ほっと息を吐く。リナリアは食器を片付けて、ダイニングから去ることにした。
「今日はこれから、部屋で魔法の研究をしようと思っている。魔法陣解析の依頼がきてるんだ」
「分かりました。何かお手伝いすることはありますか?」
「特にない。それから、勝手にベットに入ってきたことだけど」
リナリアは立ち上がって、ルカの額に手をかざした。魔法陣が浮き上がり、彼の額に吸い込まれていく。
「今後一週間は、私の部屋に入らないように制限をかけたから」
「え?!」
「これで、間違えることなんてなくなるだろう」
「ええ?!」
「それじゃあ、今日は部屋に籠るつもりだから。自由に過ごしてくれ」
リナリアは、そう言い残して、転移魔法で自分の部屋まで移動した。一瞬で、リナリアの目の前からルカが消え、代わりに自分の部屋が現れる。ダイニングの方からは、「そんなリナリア様ーっ」という声が聞こえてきた。
リナリアはため息を付き、扉がしっかり閉まっていることを確認した。そして、彼の言葉を思い出す。
『愛しています』と言った彼の言葉を。
両手で顔を覆って天を仰いだリナリアは、防音魔法をかけてから、思いっきり叫んだ。
「ああああああ、本当に、すきっっっ!!!」
リナリアはベットの上に転がり、のたうち回った。
「あんな美味しいご飯を作ってくれるなんて、どれだけ高スペックなんだ。というか、昨日から仕込んでいたなんて、優しすぎないか? それに笑っている顔も可愛かった。普段はかっこいいのに、あんなに可愛いの反則だろう!」
顔を覆って「あああああ」と叫ぶ。
そう、実はリナリアもルカを愛していたのだ。しかし、気持ちを告げないのには理由がある。
リナリアは、「愛する人に愛を告げると死ぬ」呪いがかけられているためだ。
リナリアが毎晩見る夢。赤ん坊が呪いの魔法陣を腹に刻まれている光景だ。
そして、リナリアの腹には、夢で見た魔法陣と同じものが存在する。夢との一致が偶然だなんて思えなかった。
それに、彼に気持ちを告げようとする度、自分の中に流れる魔力がざわめく。「好きだ」と言った瞬間死ぬのだと、どうしようもなく
本当は好きだと伝えてしまいたい。けれど、伝えた瞬間、リナリアは死ぬ。
死んだら、二度とルカとは会えなくなってしまう。だから、リナリアは毎日「愛していない」と嘘をつき続けるのだ。
彼と共に生きていたいという気持ちを愛と呼ぶならば、この呪いは何という皮肉だろうか。
(彼に好きだと伝えて、抱きしめられたらいいのに)
リナリアは、膝を抱えて顔を埋めた。
リナリアはまだ知らない。この呪いには大きな意味があることを。いずれその恋が世界を揺るがすことも。まだ、何も知らなかった。
これは、愛することを許されない魔女とそれでも愛し続ける使い魔の物語。あるいは、好きな人に好きだと言えない少女の、ありふれた恋の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます