第8話 異なる世界の空の下にて
「ぅ……」
強烈な立ちくらみにも似たような感覚が過ぎ去った後。
思わず俯いていたハルトが顔を上げると、そこは先ほどまでいた施設とは似て非なる、別の場所だった。
どこか未来感を醸し出す無機質な内装こそ似ているが、部屋の面積も天井の高さも、先ほどいた施設よりも一回り大きくなっている。足元の転送装置もサイズアップしていて、一瞬だが自分が小さくなったかのような錯覚が、ハルトの頭をよぎった。
《転送完了。こちらは〈セントリオン転送局〉です。ゲートをご利用のお客様は、ゲートルームを退室後、案内板に従い、入場管理受付までお越しください。本日のご利用、ありがとうございました》
直後、頭上からそんな声が降り注いでくる。
やや間を置いて、それがゲートの利用者へ向けた案内音声だということに気づくのとほぼ同時に、隣に立っていたリサが一歩前に進み出る。
「無事に着いたね。ここにいたら他のお客さんの邪魔になっちゃうから、出ておこうか。いくつか手続きもあるしね」
そう促してくるリサに頷きかけながら、ハルトは転送装置を降り、広い部屋を後にした。
*
「……はい、以上で手続きは完了です。出口はここを出て左に進んだ先のエントランスにある大扉となりますので、どうぞお通りください」
手続きのために一度リサと別れたハルトは、施設の職員に軽く会釈してから部屋を後にする。
職員の案内に従って通路を進んでいくと、案内通りエントランスと思しき広間へ到着。幾人かの利用者らしき人影に混じって、見慣れた銀髪の女性がハルトに向けてひらひらと手を振っていた。
「おつかれー。何事もなかったようでよかったよ」
「お疲れ様です。……なにかある可能性があったんですか?」
「うーん、ないとは言い切れないね。なにせ、魔導機士じゃない普通の地球人がゲートを使うのなんて久しぶりの話だからさ。……ま、なんにせよ何事もなかったならよし。行こっか、ハルト君」
「あ、はいっ」
からからと笑いながら踵を返すリサの背を追い、ハルトは転送施設を後にした。
ハルトが送られてきた転送施設は、小高い丘の上に建てられていたらしい。
玄関扉をくぐった先、レンガで舗装された広場の、さらに向こう側。小高い丘の上から一望できる景色を形作っているのは、非常に広大な「街」だった。
ランドマークとして機能しているのであろう、天高くそびえ立つ大きな時計塔を中心に、北欧風のそれとよく似た様式の建物が、見渡す限りに広がっている。
街並みの只中には、陽光に煌めきながら流れる川、あるいは水路のようなものが縦横に張り巡らされており、豊かな水源のもとに作られた街であることが窺えた。
正に「剣と魔法のファンタジー」という言葉そのままの景色だったが、その中には、ややその雰囲気にそぐわない「線路」の姿が混じっているのが目に留まる。
かなた遠景まで伸びるその線路の上では、現代地球の感性からすれば古めかしさすら覚える機関車のようなものが疾走する姿も窺えて、ハルトは少なくない驚きに見舞われた。
「ようこそ、〈アレート〉へ。ここが、アレートの三代国家によって作り上げられた学園都市〈セントリオン〉。そして、街の向こう側に見えるのが、君が入学することになる〈セントリオン
リサの指さす先、セントリオンと呼ばれた街の只中には、周囲の建造物と比べて随分と大きな建物の姿がある。
広大な敷地のど真ん中に建っており、縦ではなく横に向けた規模の大きさと、周囲の建物に比べてずいぶんと近代的な様相を見せるその作りは、現代の学校の校舎と遜色ない様相を見せていた。
「あれが、魔導機士学園……ここからでもあのサイズってことは、かなり大きな学園なんですね」
「まぁねー。あそこは『魔導機士の養成機関』であると同時に、『魔導機士に関連する技術の研究開発を担う研究所』でもあるからね。学生や教員以外にも、たくさんの人たちがあそこに集まってるんだよ」
なるほど、と頷くハルトを横目に見やりながら、リサは「さて」と振り返る。
「本当ならもっと色々案内してあげたいんだけど、今日はやらなきゃいけないことがあるからね。ひとまず、予定通り
「わかりました。……けっこう遠そうですけど、時間は大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。個人で乗り回す車こそ普及してないけど、この街には〈バス〉が走ってるからね。地球のそれほど本数は多くないけど、この広いセントリオンを移動するなら一番便利な交通手段だから、覚えておいてね」
リサの解説に「思っていたよりもずっと近代的なんだな」と感心をこぼしながら、ハルトは歩いていくリサの背中を追った。
*
停留所にやってきたバスへ首尾よく乗り込んだ二人は、転送局のある丘を発ち、セントリオンの市内へと入っていく。
道中、物珍しさに風景を見回すハルトに対して、リサが適宜解説を挟んでくれた。
大きな会社の支店からアングラな個人商店まで、様々な商店が軒を連ねるセントリオンの中央商店街。
水運業を支える水路であり、河辺には地球から苗を持ち込まれたサクラの木々が並ぶ大きな運河。
地平線の向こうまで伸び、アレートの各地とセントリオンを繋ぐ鉄道の線路と、それを受け入れるための大きな駅舎。
広い都市内は、少し見回すだけで目まぐるしくその顔を変えていく。
ハルトにとっては、まるでテーマパークへやってきたかのような、そんな光景の連続だった。
やがて、二人を乗せたバスは、目的地である〈セントリオン
転送局から見た景色の中でも一際目立っていたその施設は、間近にやってきたことでよりいっそうその存在感を強めていた。
校庭として利用されているらしい敷地は非常に広大で、グラウンドはもちろんのこと、豊かな自然が色づくビオトープのような場所や、何かしらの訓練を想定していると思しき屋外設備などの存在が遠目に見て取れる。
ハルトたちが立つ正門からは、石畳で舗装された並木道が形作られ、その先には、ここまで観てきたセントリオンの景観とはやや不釣り合いとも取れる近代的な装いの校舎が建っていた。
その威容に驚く暇もなく、ハルトはリサに連れられて、校舎へと踏み入っていく。
道中、何人かの学生や職員とすれ違い、やや肩身の狭い思いをしながらも、ハルトは目的地へと到着。
文字の刻まれたプレート――ハルトには読めなかったが
、おそらくは「学園長室」、あるいは「理事長室」とでも書かれているのだろうことは想像がついた――が下げられた扉をリサがノックすると、中からは「どうぞ」という女性の声が響いた。
「失礼します、リサ・エルメリアです。ハルト・カシオ君をお連れしました」
挨拶と共に部屋へ入ったリサに手招きされて、ハルトもまた理事長室の中に足を踏み入れる。
黒や焦茶といった落ち着いた色調で統一された部屋の最奥。部屋の前に吊り下げられていたプレートと同じ文字のサインプレートが置かれた、木目調のデスクに座っていた人影が、おもむろに立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべた。
「初めまして。あなたが、報告にあった地球の候補生君ですね」
デスクを立ち、ハルトの元に歩み寄りながらそう語る人物。その容姿を見て、ハルトは驚きをあらわにする。
どれだけ多く見積もってもハルトの年を下回るであろう、あどけない容姿。
薄く桃色が差した、波打つように広がる長い髪を翻すその立ち振る舞いは堂々たるものだったが、ハルトの目の前に立ったその人物は、
「わたしは〈クリスティナ・パーツィバル〉。この学園の理事長を務めています。以外、宜しくお願いしますね」
そんな、ありていに言えば
異世界学園の魔導機士 矢代大介 @connect8428
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