第7話 出立
リサと出会い、異世界への移住が決まったあの日から、しばらくの時を経て。
残された日々はあっという間に過ぎ去り、陽斗は今日、三年間通い続けた中学校を卒業する日を迎えていた。
「あー……終わっちまうんだなぁオレら」
証書を受け取った卒業生たちが、各々の教室で最後のホームルームも終わらせた後。
どこからか聞こえてくる笑い声や涙声を耳にしながら、陽斗もまた、付き合いの長い面々との最後の談笑を楽しんでいた。
「って言っても、みんな住む場所は変わらないんだろ? 連絡先だってよっぽどがない限り変わらないんだし、いつでも会えるんだから、そんなにしんみりしなくても」
「いやいや、わかってねーなー柏尾は。オレたちの花の中学生生活が今日ここで終わっちまうってことが悲しいんだよぅ」
「なんだよ、その変な言い回し」
おふざけ半分に身をくねらせる友人をこづいて笑い合っていると、別のクラスメイトが「そういえば」と話題を切り替える。
「柏尾って、来月から地方に引っ越すんだっけ?」
「あぁ、うん。正確に言うと、この式が終わったらすぐに引っ越すことになってるんだ」
「そういやそんなこと言ってたなぁ。ってことは、しばらく柏尾とは会えないってことになるのか」
「そうなるかな。しばらくは向こうで暮らすことになるし、帰省も……たぶんしないだろうから。まぁ、成人式の時くらいは顔出したいなとは思ってるよ」
「お、言ったな。なら5年後にお互いカノジョ連れて再開と洒落込もうじゃんか」
「はいはい。……っと、そろそろ行かなきゃ。約束の時間に遅れちゃう」
黒板の上の時計の針は、事前に打ち合わせていた時間が迫っていることを示している。
見送りの言葉や、思い出のラクガキが所狭しと描き殴られた黒板に一抹の名残惜しさを感じつつも、陽斗は勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、また。……みんな元気でな」
「おうよ。柏尾こそ、俺たちが居なくても泣くんじゃねーぞ?」
「誰が泣くかっての」
湿っぽさを残さないよう、笑顔で別れの言葉を交わすと、陽斗はひらりと手を振ってから、ゆっくりと教室を後にした。
***
「お、来たね。お勤めご苦労様、ハルト君」
3年間を過ごした中学校の敷地を後にした陽斗は、その足で最寄りの駅へと向かう。
駅の構内に通じる階段の入り口へ足を向けると、この半月ほどの面倒を見てくれていた人物、ことリサが、ゆるく手を振りながらそこに立っていた。
「まだ電車まで時間はあったけど、もうよかったの?」
「はい、遅れるわけにはいかないですから。友達とお別れはできたんで、もう大丈夫です」
「そっか。なら、ホームまで降りておこうか」
リサが事前に買っていたらしい切符を受け取って、陽斗は改札を通る。
都市部から離れる方向に向かう路線への階段を降りながら、ふと思い立ったように陽斗は口を開いた。
「そういえば、具体的な行き先をまだ聞いてませんでしたけど、
「うん、合ってるよ。
「そうなんですか? なんか、漫画でいう移動魔法みたいに使えるようなイメージでしたけど」
「そんな感じの技術は目下開発中なんだけど、まだ実用には至ってないかな。今のところ、ゲートっていうのは専用の設備で管理運営されているものであって、ゲートを利用するためにはそこまで足を運ぶ必要があるんだ」
そのための電車なのか、と陽斗が納得するそぶりを見せる側で、リサは面倒くさそうにため息をつく。
「ただ厄介なことに、ゲートが開ける場所っていうのは、ある程度
「あー……だから郊外行きの電車なんですね」
「そゆこと。空でも飛べればさっさと到着できるんだけど、フォーヴスとの戦闘以外で魔術を使うのは原則禁止されてるからね。申し訳ないけど、小一時間ほど電車に揺られてね」
苦笑するリサに「大丈夫ですよ」と返すと、まるでタイミングを見計らったかのように、電車の到着を知らせるアナウンスが響き渡った。
***
それから、時間にしておおよそきっかり1時間ほどして。
各駅停車の車両にひたすら揺られた末に、陽斗とリサはようやく目的の駅へと辿り着いた。
「あ"〜……やっとついたぁ。毎回思うけど、ホントどうにかならないもんかなぁ」
ホームに降り立つや否や、車内で爆睡していたリサがあくびを噛み殺しながら伸びをする。
同じように、途中から寝落ちしていた陽斗も凝った体をほぐしていると、隣に立つリサが「さて」と気を改めた。
「確か、施設の管理人さんが迎えに来てくれてるはずなんだけど……っと、アレかな」
リサの見る方向を見やれば、閑静な田舎らしい簡素な改札の向こう側、ロータリーの一角に停まっているバンの中で、運転手がこちらに手を挙げているのが目に留まる。
改札を抜けてそちらへと寄れば、バンの運転手――白髪混じりの初老の男性が、二人に向けて朗らかな笑みを見せた。
「やぁリサちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶり、管理人さん。ありがとね、わざわざ車まで出してもらっちゃって」
「なんのなんの。私も暇を持て余している身だから、いい気分転換になるよ。……それで、その子が例の?」
「うん。ハルト君、こちらの方が、さっき言ってたゲートの管理人さんだよ」
「よ、よろしくお願いします」
陽斗が一礼すると、初老の管理人はまた朗らかに笑う。
「はい、こちらこそよろしくね。いやはや、地球人の魔導機士候補生なんて、いつぶりの話だろうか。まさか、私が生きてるうちに同輩と出会えるとは、思ってもみなかったよ」
「同輩……っていうと、もしかして管理人さんも?」
「ああ、私も地球出身の魔導機士さ。もっとも、何年も前に前線を退いた身だから、正確には元・魔導機士というべきかもしれないけどね」
感慨深そうに笑みを浮かべながら、管理人はバンの後部扉を開く。
「私の個人的な感傷は置いておいて、とりあえず、管理所まで戻るとしようか。二人とも、乗っておくれ」
促されるまま、リサと共に車内へと乗り込むと、バンは古めかしいエンジン音を立てながら、ゆっくりとロータリーを出発した。
***
未舗装の道を10分ほど走り続けたのち、陽斗たちを乗せた車は、山中にある開けたスペースに停車する。
管理人とリサに続いて車を降りた陽斗の前に建っていたのは、まるで古くからある町工場の作業所を思わせるような、小ぢんまりとした施設だった。
「ここが、ゲートなんですか? ……なんか、思ってたより小さいですね」
意外な外観に思わずそう漏らすと、バンを運転する管理人が軽く説明を挟む。
「地球とアレートを繋ぐ場所といっても、ここにあるのはあくまでもゲートを開くための設備だけだからね。待合室くらいは備わっているけど、空港や駅みたいな交通機関みたいに色々あるわけではないんだよ」
そう言って笑う管理人に続いて、陽斗はリサと共に施設の内部へと入っていった。
入り口の扉を潜ると、外観とは打って変わって近代的、というよりどこか未来的な装いの部屋が陽斗を出迎える。
白いタイルの敷き詰められた施設内には、大掛かりな機械が何台か並べて設置されている。そして、そこから伸びるコードは、施設内の中央近くに備えられた大きな台座――例えるなら相撲の土俵を金属で作ったような、そんなお立ち台とも呼べるものに接続されているのが見てとれた。
「これが〈ゲート〉の制御装置だよ。展開の申請をしてくるから、少し待っていておくれ」
そう言い残して、管理人は奥まった場所にあるパソコンのような機械を操作しに行く。
残された陽斗は、管理人の言葉が気になって、隣に立つリサに質問をぶつけることにした。
「ゲートって、開くのに申請が必要なんですか?」
「うん。ゲートっていうのは双方向限定の通路じゃなくて、あくまでいろんなところに繋がる道への入り口みたいなものでね。バイパスさえ繋いであげれば、ここからアレートに向けても跳べるし、ここから地球の別の場所にあるゲートに移動することができたりするんだ」
でも、と一呼吸を挟んで、リサは解説を続ける。
「ごく稀に、別々のゲートが同じ目的地に同時にパスを繋げようとすることがあってね。そうなると、魔力の回廊がごちゃごちゃになって、よくて全く別の場所、最悪次元の狭間に吹っ飛ばされちゃうような事故が起こったりするんだ」
「だから、ゲートが混線しないように連絡を取り合わないといけない、ってことですか?」
「そういうこと。確率は低いとはいえ、歴とした『前例のある事故』だからね。防いでおくに越したことはないんだよ」
なるほど、と陽斗が納得していると、パソコンのモニタに向き合っていた管理人が、陽斗たちに向けて呼びかけてくる。
「申請が通ったよ。準備がいいなら、ゲートを展開しよう」
「はーい。それじゃハルト君、心の準備はできてる?」
「は、はい。いつでも大丈夫です」
陽斗が頷いたのを確認すると、「じゃあ行こっか」と言い、リサが陽斗の手を引く。
導かれるまま、陽斗はリサと共に、施設内中央の大きな台座――ゲートの入り口へと足を踏み入れた。
二人が入り口に立ったことを確認すると、管理人が手元のパソコンを操作する。
直後、どこかの装置から、ごうん、という駆動音が鳴り響いたかと思うと、陽斗たちの周囲で、青みがかった光の粒が、ふわりふわりと舞い始めた。
「〈ゲート〉起動スタンバイ。グリッドE-13jpからセントリオン転送局へのアクセスをリクエスト……承認。バイパスの接続を実行」
管理人の言葉に合わせて、陽斗の周囲に浮かぶ光の粒がその数を増し、渦を描くように流れてゆく。
「接続完了。次元穿孔フェーズ、回廊形成フェーズ、共に正常に推移……全シーケンス、正常終了を確認。――二人とも、準備はいいかな?」
ゲートの準備を終えたらしい管理人に呼びかけられて、陽斗はやや緊張気味に頷いて見せる。
「さ、始まるよ。景色がぐわっと歪むから、目を回さないように注意してね」
リサの忠告に頷くとほぼ同時に、渦巻く光がその輝きを増す。
「グリッドE-13jp、ゲート解放。――それじゃあ二人とも、いってらっしゃい」
そんな言葉を投げかけられた直後、陽斗は視界の歪みと浮遊感に感覚を支配された。
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