第7話 俺とヒロインの初ライブ②

 ギター、ベース、キーボード、ドラム、ボーカル。

 様々な楽器とマイクから放たれる日常ではありえない音量が耳に響く。

 俺は耳がかなりいいから、正直音量が大きくてうるさいが、それらの音が混ざり合って奏でられる音楽が、会場の上がっていく熱が、俺を高揚させていく。

 最初に出てきたバンドは有名な曲を演奏していて、俺が知っている曲だからというのもあるのかもしれない。


「ありがとうございました。」


 ボーカルの声に合わせてメンバー全員が一礼して舞台袖に下がっていく。


「知らない人たちだったけど、盛り上がったね。初めてだけど、僕今自分で思ってるより興奮してると思う。」

「うん。俺もけっこう興奮してると思う。声出して盛り上がれるしね。」


 次のバンドの準備が終わる。

 下の学年から演奏するらしく、一年で今回出演するのは付属中学から組んでやっているさっきのバンドと藤田さんたちだけだ。


「どうも、私たち――」

「「「「「エメラルドエアーです!!」」」」」

「まずは自己紹介します。ギター、藤田実夢。」


 ジャジャーン。


「ベース、西條鳴未。」


 ボボーン。


「キーボード、織原寧音。」


 ファーン。


「ドラム、間宮瑞希。」


 ダダダダッシャーン。


「ボーカル、森千夏。」


 ボーカルの人もギターを持っていて、一鳴らしした。

 衣装はみんなショートパンツに軽音部のTシャツと統一されている。

 しかし髪型は、藤田さんと髪が肩より下まである森さんの二人がポニーテール、二人の間くらいの髪の長さの西條さんはサイドテール、ショートカットの間宮さんは編み込み、ロングヘアの織原さんがツインテールと様々だ。


「それじゃあ一曲目。聞いてください、オリジナル曲小悪魔モノローグ」


 キーボードの優しい音でリズミカルなプレリュードが始まる。

 一人の女の子の、好きな人に対して言えないたくさんの言葉がメロディーに乗って流れてくる。

 女の子なら共感できる歌詞が多いのかもしれないが、俺と煌夜にはわからないことの方が多い。

 しかし、サビに向かうメロディーに徐々に盛り上げられる。

 会場も曲に合わせて盛り上がっていく。

 そして、最高潮に達する。

 気持ちのいいリズムが会場の温度を維持させる。


「盛り上がってるー?」

「「「いぇーーーーー!!」」」


 一曲目は盛り下がることなく終わった。


「さっきの曲って自分たちで作ったってことだよね?」

「うん、たぶん。オリジナル曲って言ってたし。」

「すごいね。もしかして、次もかな?」


 煌夜の疑問の答えはすぐにわかった。

 お互いになんとなくわかったいたが。


「二曲目もオリジナル曲です。聞いてください。ひとりハロウィン。」


 一曲目とは異なり、ゆったりとした導入だった。

 歌が始まってもそれは変わらず、いわゆるバラードに分類される曲だった。

 失恋ソングで、恋したことがない俺は想像することしかできない。

 ただ歌詞には、切ない気持ちだけではなく、恋していた時の気持ちもあった。

 今藤田さんに恋をしようとしている俺には、彼女の恋愛観が入っているかもしれないこの曲たちをしっかりと聞き、歌詞を理解する必要があるかもしれない。


「次が最後の曲です。盛り上がれる曲なんで一緒に盛り上がってください!オリジナル曲カラーピース。」


 最後の曲は、頭からJポップっぽさを感じさせる。

 一曲目とは違う曲調でありながらも、同じようにサビに向かって会場と共に盛り上がっていく。


「カラー付けたいピースだって

 カラー付いてるピースだって

 わたしのほんとうの気持ち

 届いてよ

 君にあげたいけど

 カラフルなピースにしたくって

 だからね、君には見せないよ

 もう少しだけ待ーってて

 わたしのことだけを待ーってて」


 サビで会場のボルテージが今日一番のものになる。

 初めて聞く曲なのに、さっきのバンドの演奏よりも心臓の鼓動が速い。

 藤田さんはポニーテールを揺らして、ギターを弾いている。

 ギターを弾いている藤田さんは今日初めて見たけど、すごくかっこいい。

 つい最近は、どちらかというとかわいい藤田さんばかり見ていたから、ステージ上の藤田さんが他のメンバーよりもかっこよく見える。


 盛り上がったまま最後の曲が終わる。


「私たちのオリジナル曲どうでしたかー?」

「「「さいこーーーー!!」」」

「ありがとう!次に私たちのライブがあるときも来てくれると嬉しいです。ありがとうございました!」


 歓声と拍手に見送られてエメラルドエアーの五人は舞台袖に下がっていった。


「普通の感想かもしれないけど、すごかったね。西條さんたちのライブ。」

「うん。それとかっこよかった。」

「僕もかっこいいと思ったよ。西條さんかっこよかった。ギターだと思ってたから、紹介でベースって知ってびっくりしたけど、ほんとにかっこよかった。

 それに、学校ではしてないサイドテール?も似合っててすごくかわいい。」

「べた褒めだな。」


 けど、気持ちはわからなくはない。

 俺も煌夜が西條さんをべた褒めしたのと同じように、藤田さんのことをすごくかっこいいと思ったし、ポニーテールはよく似合っていてかわいいと思った。

 あと俺は、膝上であるとはいえ、いつもはスカートに隠れていて見えないきれいな太ももがあらわになっていて、少し興奮した。

 別に脚、太ももフェチというわけではないが。





 最後のバンドのライブが終わり会場を出る。

 外はすっかり暗くなっている。


「そういえば、一緒に帰れないんだっけ?」

「ああ、すまんな。」

「別に気にしなくていいよ。…僕西條さんに直接感想を一言でも言ってから帰ろうと思っているんだけど、もし時間あるなら黎斗もどう?」

「………」


 どうしよう。

 俺が藤田さんと一緒に帰るのがバレてしまう。

 いや、それ自体はまあ、かまわないんだけど、自分のことをいろいろと話してくれている煌夜に、俺だけ隠し事をしているみたいな雰囲気になるのは困る。

 それとは別に、一緒に行くって言っておいて、煌夜しかいなかったら西條さんに薄情な人だと思われて仲が悪くなってしまうのも困る。

 どっちかというと、後者の方が困る。

 仕方ないか。


「俺も一緒に行くよ。」

「なら、感想を伝えたいからライブハウスの前で待ってるって西條さんにノインするね。」


 ライブハウスの前にはまだ多くの人がいる。

 たぶん彼らも友人が出てくるのを待っているんだろう。


「思ったんだけど、歌詞と曲って全部みんなで考えてると思う?」

「どうかな、俺は特定の一人か歌詞と曲に別れて作ってると思うけど。」

「そっちの方があり得そうだね。なら誰が作ってると思う?」

「さあ、そこまではわからん。」

「僕の勝手な想像だけど、西條さんは歌詞を書いてると思う。」

「なぜに?」

「なんとなく。」


 互いにライブに関することを話して、それぞれ感想を考えていると、ライブハウス前に急に人が増える。

 軽音部の部員たちがライブハウスから出てきた。

 ライブハウス前にできた人の密集地から一人の女子が出てくる。


「おつかれー。」


 サイドテールを揺らしながら近づいてきた女子は明るく言った。


「そっちこそ、お疲れ様。」

「西條さんお疲れ様。」

「ありがとう。」


 藤田さんと出会う前に西條さんと合流できた。

 流れ的にはすごくいい。

 このまま、藤田さんと会う前に西條さんと別れられればベスト。


「西條さんたちの今日のライブすごくかっこよかった。」

「俺もよかったと思う。全バンドの中でも一番盛り上がった気がする。」

「ほんと?」

「うん、曲もよかったし、ベース弾いてる西條さんすごくかっこよかった。」

「それは素直に嬉しいかな。二曲目は私が作詞してるから、曲を褒めてくれるのは本当に嬉しい。」

「二曲目は西條さんが作詞したんだ!ベース上手くて作詞もしてるなんてすごいな。」

「それほどでもないよ。千夏とか実夢の方がすごいよ。だって二曲作ってるし。」


 気になって少し踏み込んでみる。


「作詞と作曲別れて作ってるってこと?」

「そそ。私と千夏が作詞で実夢と寧音が作曲。」

「ドラムの間宮さんは何もしないの?」

「瑞希にはどっちも無理だった。ドラムの腕はすごいけどね。」

「鳴未ー。」


 密集地から声が聞こえる。


「なにー?」


 西條さんが大きな声で返答すると、密集地からまたも女子が出てくる。

 ギターケースを背負ったポニーテールの女の子。

 ただ、俺が知っている方のポニーテールではなかった。


「あっ、話し中だった?」

「まあ。」

「ごめん鳴未。」

「別にいいけど。それで、どうかしたの?」

「えっと、今から一緒にごはん行かないかと思って。」

「みんなで?」

「いや、実夢は無理って言ってたから実夢以外で。」


 西條さんが考えながら答える。

 俺たちは完全に置き去り、置物状態だ。


「うーん、明日全員で行けばいいんじゃない?」

「えー、今日も行きたいんだけど。」

「もう、わかったって。二人と話が終わったらね。」

「おぉー、わかった寧音たち呼んでくる。」


 そう言って離れようとした森さんが急に止まった。

 なぜか目が合ってしまった。

 森さんは俺のことをじっと見つめてくる。


「ねえ、もしかして…れいちゃん?」

「えっ、なんでその呼び方…」


 森さんは俺に近づいてくる。

 俺の肩に手を置き顔を近づける。


「やっぱり、れいちゃんだ!久しぶり!」


 俺はプチパニックだった。

 俺のことを「れいちゃん」と呼ぶのは、保育園が一緒だった「ちーちゃん」だけだ。

 つまり、今目の前にいる女子は、保育園が一緒で仲良しだったちーちゃんということになる。

 けど、まったくそうは見えない。

 昔の面影が全然ない。


「どうしたの?もしかして…ウチのこと覚えてない?」

「あ、えっと、合ってるかわからないけど、ちーちゃん?」


 目の前の女の子が満面の笑みになる。


「ちゃんと覚えててくれたんだ。うれしい!」


 そう言って抱き着いてきた。





 鳴未がいなくなって、それを探しに千夏がいなくなった。

 一緒に帰る約束があるから、長い時間新雲くんを待たせないようにするために、寧音と瑞希にはその場に残ってもらって二人を探しに行く。

 部員や来てくれた客でできた密集地は探してもなかなか見つからない。


「鳴未ー。」

「なにー?」


 鳴未の声は密集地の外から聞こえた気がする。

 鳴未を探している千夏も鳴未のいる密集地の外に行くだろうから、自分も密集地の外を目指す。

 人と人との間をやっとの思いで潜り抜ける。

 少し開けた視界に鳴未と男子が映る。


「あっ、いた。」


 完全に密集地を抜けて目線が上がり、視界が良好になる。

 その目に飛び込んできたのは、千夏が男子に抱き着くところだった。


 よく見ると、相手の男子は一緒に帰る約束をした新雲くんだった。


「えっ、なんで?」


 その瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

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頼むから俺を好きになってくれ、ください。 空音 隼 @hoshiduki-75

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