第6話 俺とヒロインの初ライブ①

 今日も藤田さんと一緒に登校しているわけだが、いつもより気まずい。

 なぜか重い、空気が。

 なんで今日は自分から話しかけてこないんだ?返事も曖昧だし。


「えっと、藤田さん今日はどうかしたの?もしかして、どこか体調が悪いとか?」


 返事すらなくなった。

 どうしよう。このまま学校まではきついんだが。


 急に藤田さんが立ち止まる。


「どうかした?」


 振り返ると、俯いていた藤田さんが顔を上げる。

 目を合わせ、近づいてくる。

 なんだ?ほんと何なんだ?

 鞄を開け、ごそごそとする。


「えと、これ受け取ってもらえる?」


 突き出されたものを手に取る。

 それは、ゴールデンウィークの五月六日にあるライブのチケットだった。


「これ、藤田さん出るの?」

「うん。もしその日予定がなければ来てほしい。一緒に登校する仲だし、初めてだろうから今回は私の奢り。」

「いや、ちゃんと払うよお金。」

「いいって、まだすごく仲がいいってわけじゃない人に無理にチケット買わすわけにはいかないし。」

「たしかに、すごく仲がいいわけじゃないかもしれないけど、その日のライブに俺が行きたいからお金ちゃんと払いたいんだ。」


 藤田さんが驚いた顔をする。


「なんでライブに来たいの?」

「だって、毎日ギター背負って学校行ってるでしょ。それって、毎日バンドの練習してるってことじゃん。直接見てるわけじゃないけど、頑張ってるの知ってるから演奏聞きに行きたい。」


 顔を少し赤くして俯いた藤田さんを見て、急にめちゃくちゃ恥ずかしくなる。

 いや、何かっこつけてんの俺。

 嘘じゃないけど…、てか昨日澄華先生が考えてくれた作戦を実行するチャンスだと思って食いついてしまった。

 これじゃあ、初めて何かを貰えるのが嬉しくて飛びついてる子供…いや過剰に反応してがっついてる気持ち悪い奴じゃないか。


「ありがと――」


 あーはずい。

 取り消したい、さっきの俺。


「じゃあ、お金もらった方がいい?」

「あ、うん。いくら?」

「千五百円。」

「意外とするんだね。俺が詳しくないからそう思うだけかもだけど。」

「だいたいこんなもんじゃないかな。もう少し高いことの方が多いけど。」


 鞄から財布を出し、千円札と百円玉五枚を手渡す。


「場所わからなかったらいけないから、地図書いて送ってあげる。」

「それはどうも。」


 ずっと立ち止まってたためか、他の生徒に見られていることに同時に気づいて、登校を再開する。


「ライブの日だけど…ライブ会場でとは言わないから、終わるまで待っててくれないかな?」

「どういうこと?」

「えっと、だから……一緒に帰ってほしいの。」


 ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。

 心臓が外に聞こえているんじゃないかという程の音で鳴り始める。

 両目には、照れながら言って顔を逸らした彼女の横顔が、萌え袖でもじもじとさせている両手が焼き付けられる。

 落ち着け俺。

 早く返事をしないと。

 うるさい心臓。少し静かにしろ。


「わかった。…待ってるよ。必ず待ってる藤田さんのこと。」

「そっかそっか。一緒に帰ってくれるんだ。」


 よかった。

 嬉しそうにしながらそう小さくつぶやいた彼女に、さらに俺の心臓は鼓動を早くする。

 かわいすぎる。

 俺のこともう好きなんじゃねと思いそうになる。

 勘違いしてもいいと思ってしまう。

 けど、早とちるわけにはいかない。

 早とちりすれば、早い段階で取り返しのつかないことになるかもしれない。

 それに、前の高校生活では男子とあまり話してなかったから、もしかすると男子と話慣れてなくて、さっきみたいな感じになっただけかもしれない。

 だから、落ち着いて、慎重に対応しろ俺。



 学校に着き、藤田さんのクラス一年六組がある三階で別れる。


「それじゃあね。」

「うん。」


 教室の自分の席に座り机に伏せる。

 あの時、あの瞬間の藤田実夢の顔が、声が、しぐさが脳内で再生される。

 ひんやりとした机が熱くなった顔に気持ちいい。

 やっぱかわいいな藤田さん。

 改めて認識させられた。

 あんな藤田さん初めて見たから、ギャップ萌えしてるのか?


「おはよう黎斗。」

「おはよー。」

「どうしたんだい?朝から机に伏して。」

「いや、何でもな―」


 顔を上げて煌夜を見て思い出す。

 藤田さんと西條さんのライブがあるから煌夜にも教えないと。

 でも、チケット俺の分しかない。


「おはよう、新雲くん。」

「あっ、西條さんおはよう。」


 西條さんならもしかしたらライブのチケット持ってるかも。


「西條さんあのさ、五月六日にライブするんでしょ?」

「おっ、知ってたんだ。」

「うん、ついさっきね。それでチケット持ってたりする?」


 西條さんの表情が少し変わる。


「もしかして来てくれるの?」

「あー、うん。俺はもうチケット買ったんだけど、初めてだし、せっかくだから友達になった煌夜と一緒に行きたいなぁーって思って。」

「なるほどー、ってさっき知ったのにもうチケット買ってるの?」

「今それはいいから、チケット持ってる?」


 驚く西條さんに追及されないようにする。


「持ってるよ。ノルマまだ達成してないし。まあ、今日で達成できるとは思ってるけどね。」

「そっか。それはよかった。」

「私は、新雲くんにも私から買ってほしかったんだけどねー。」


 ちらっ、ちらっとこっちを見てくる。

 そんなことしても、俺はもう一枚なんて買わないからな。


「煌夜、千五百円ある?」

「ああ、あるけど…これはどういうこと?黎斗。」


 煌夜が耳打ちしてくる。


「いいから、とりあえず俺に任せてくれ。」

「わかった。」


 煌夜が西條さんにお金を渡しチケットを受け取る。


「場所はわかる?」

「たぶん大丈夫だと思う。それより、ライブハウスでのルールとかあるの?」

「それは僕も気になるな。」

「うーん、チケットにも書いてあるけど、当日はドリンク代が要るから。おつりが出ないようにしてきてね。あと、荷物は少ない方がいいかな。それと、今回のライブは部活のライブだから好きな場所で見れるけど、スピーカーの前は避けた方がいいよ。今思いつくのはそれくらいかな。」


 意外とアバウトな感じだ。

 もっといろいろと細かいルールがあるかと思っていた。


「それだけなの?」

「今回は部活でやるライブだからね。部活関係ないライブならもうちょっとあるけどね。」

「へぇー。西條さんたちは部活関係ないライブもしたことあるのかい?」

「うん。中学の頃からね。」

「そっか、付属だからその時からバンドやってるのか。」

「そそ。」


 ちゃんと話せてるな煌夜。

 とりあえず、ライブに煌夜を連れて行くのはオーケーだな。





 放課後、家庭科室Ⅱ。

 部活で家から持ってきた作りかけの妹の夏用パジャマを作りながら澄華先生と話す。


「五月六日に藤田さんたちのバンドのライブがあるみたいで、チケット買って煌夜と一緒に行くことになりました。」

「昨日の今日でそんな展開になるとは。先生びっくりです。」

「でしょうね。俺だって驚いてますから。都合よすぎだろって。」


 先生は横で授業の教材を作っている。


「それで、澄華先生に相談なんですけど、今朝登校中に藤田さんからチケット買うことになって買ったんですけど、その後ライブの日一緒に帰りたいって言われたんですよね。これってどう思います?」


 澄華先生から返答がなく、顔を上げるとにやにやしてこっちを見ていた。


「なんですか?」

「なんだろうねぇ~。」

「さっきから気持ち悪いですよにやにやして。」

「あー、先生に、大恩人にそんなこと言うんだー。」

「すいません。」

「別にいいけど。それで黎斗くんは何て答えたの?」

「了承しましたけど。」


 ふむ、と考え込むようなしぐさをする。

 家庭科室Ⅱに差し込んだ夕日が窓際で作業する澄華先生の横顔を照らす。


「藤田さんとはいい関係を築けているみたいだね。」

「どうでしょうか?俺は今日、初めて彼女の本当の顔を見た気がします。」


 ジェスチャーを入れて話しながら悲しくなってきてため息が出る。


「そんなに悲観することじゃないと思うけど。」


 手を止めて、俺の顔をじっと見つめてくる。

 急に見つめられ、照れてしまって思わず顔を逸らしてしまう。


「黎斗くんは、初対面の人にいきなり本当の自分をみせる?」

「いえ、相手のことをよくわからないうちはしないと思います…まあ、本当の自分を見せられるような親しい人は今も昔も家族以外いないですけどね。」


 可哀そうな人を見るような目で見られる。


「まあでも、だいぶ関係が進んだってことわかったでしょ。」

「言われてみれば、たしかにそんな気はしないこともないですね。何でかはさっぱりわかりませんけど。」

「だから、そのライブの日はすごく重要になると私は思うよ。もしかしたら、一気に距離を縮められるかも。」


 ライブ聞いて、一緒に帰るだけで一気に距離が縮まるんだろうか?


「縮まると思うよ。」

「もしかして、声に出てました?」

「顔に出てた。」

「でもどうやって?」

「例えば、帰りにライブの感想とか話すと思うけど、そのとき何か藤田さんの好きなものを奢ってあげるとか。」

「プチサプライズ的なかんじですか。…なるほど、効果はありそうですね。」


 いつの間にか、お互いに手を止めて真剣に話し合っていた。

 時間も十七時を回っており、他の部員たちもいなくなっている。


「ちょっと意外。女の子がサプライズに弱い子が多いって知ってるなんて。」

「ああー、それは妹のおかげですね。」

「妹さんに女の子について訊いたの?」


 ジト目で見られる。

 心外だ。

 まあ別に、妹にそういうことを教えてもらうことに抵抗などない。

 でも、里音に訊けば拗ねて教えてくれないだろうし、涙に訊けば軽蔑して教えてくれないだろうし、小学生の果歩は訊いても参考にならないと思うから訊いてない。


「いや、訊いたんじゃなくて、前に妹が男からプレゼントを貰って帰ってきたときに言ってたんです。ちょっとしたサプライズでも嬉しいもんだって。」

「ふ~ん。まっ、そういうことにしといてあげる。」

「ほんとですって。」

「まあ、何をするかはその時の雰囲気とかによるだろうけど、事前に藤田さんについてリサーチしたり、何するかを何通りか考えておくといいでしょうね。」

「わかりました。でも、背伸びとかはせずにがんばります。ぼっち長いから余計な事すると失敗しそうなんで。」


 澄華先生はうんうんと頷きながら答える。


「私もそれでいいと思う。三年って短いけど、イベントはまだたくさんあるから。」

「そうですね。そういえば、澄華先生はいつごろ付き合ったんですか?」

「えっ!まあ、その話はまた今度でいいんじゃない。ほら、もう今日は遅いし。」

「そんなことないですよ――うそ、もう五時二十分じゃん。すいません、先生。俺帰りますね。」

「あっ、うん。」


 急いで家庭科室の物は元の場所に、自分の物は鞄に片付ける。


「じゃあ、さようなら先生。」

「さようなら。気をつけて帰ってね。」


 外はまだ明るく、運動部の声や吹奏楽部、軽音楽部の楽器の音が学校中で響いている。

 その中を俺は全速力で走り抜けた。

 特に理由はない。

 ただ走りたい気分だった。





 謎の音楽が流れる目覚まし時計を止めて起き上がる。

 カーテンを開けると朝日が目に飛び込んでくる。

 日付は五月六日、ライブ当日の朝。

 結局、この数日で俺はたいした準備はできなかった。


 妹を部活に送り出し、洗濯を終わらせる。

 ライブは十三時からだけど、駅で煌夜と合流して、昼ごはんを食べてから行くことになった。

 果歩は朝から友達の家に遊びに行っていて心配事は何もない。

 ファッションセンスゼロだからと妹たちがコーディネートしてくれた服を着て家を出た。



「おはよう黎斗。」

「おはよ煌夜。」


 俺でも予定より早く着いたのに、煌夜はすでに改札口で待っていた。


「早いな煌夜。」

「そっちこそ。」

「「………。」」

「とりあえずショッピングモールに移動するか。」

「そうだね。」


 二人で軽くショッピングモールを回り、混む前にと十一時を過ぎたあたりで昼ごはんにする。

 お互いにそこまでお腹は空いていなかったため、店はフードコートの丸まるうどんにした。

 俺が肉うどん、煌夜がきつねうどん。

 ちなみに、俺は天かすとねぎは多めに入れる派だが、煌夜は少なめ派だった。


 ショッピングモールを出てから、はじめはスマホの地図アプリを見ながら進み、ライブハウスに近づいてからは藤田さんに送ってもらった手書きの地図を頼りにして、ライブハウスには予定よりも少し早く着くことができた。

 入場はすでに始まっていて、受付でチケットとドリンク代を渡し中に入る。

 受付で受け取ったプラスチックコップを持ってカウンターに向かい、俺はジンジャーエール、煌夜はコーラをもらう。

 藤田さんに初めてなら真ん中くらいがいいんじゃないと言われたので、真ん中あたりに陣取る。

 徐々に人が増え、俺たちは真ん中より少し前の位置にいる。

 開演時間、客席は暗くなり、舞台にスポットライトが当たる。

 軽音部部長の挨拶が行われ、最初のバンドがステージに上がる。

 いよいよライブが始まる。

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