第5話 お兄ちゃんズは恋人になりたい

 彼のことを、ナルシシスト光橋煌夜のことを俺は誤解していたのかもしれない。

 スーパーで買い物をしながら今日のことを思い返して思う。

 けど、なんでナルシシストなんだろう?

 いいやつだってことはわかったし、たしかにすごくイケメンなんだけど、そこだけは全くわからない。

 いずれわかるだろうか。





 四月も最後の週に差し掛かりどのクラスも落ち着きをみせている。

 ある程度新しい人間関係が構築され、皆自分の新たな立ち位置を実感する。

 そんな中、俺の立ち位置は何とも曖昧だった。

 クラス内では完全に浮いているナルシシストと一緒にいる変わり者という印象が定着しつつあるが、接してみると普通そのものという認識をされている。

 そのうえ、クラス男子によるクラスのかわいい女子ランキング第一位の西條鳴未とも仲がいいため、どう付き合えばいいか測りかねているといったかんじだろうか。

 正直、クラスでの居心地はあまりよくない。


 しかし、自分がどんな状況でも時間は待ってくれないし、イベントはやってくる。

 一年の五月、クラスで光橋煌夜が西條鳴未にアプローチを始める。

 前の高校生活では関わりがなかったから詳しくはわからないが、煌夜が西條さんにアプローチしていたことは覚えている。

 だから、俺も手を考えなければならない。

 俺が藤田実夢と結ばれるには、西條さんの手助けは必ず必要になる。

 二人がどうなったとしても、俺は西條さんといい関係を築き、維持しなければならない。

 今日は部活ないけど、放課後澄華先生に相談だな。


 朝のホームルームが終わると煌夜が話しかけてきた。


「今日の昼休み、教室じゃなくて人がいない場所で弁当食べてくれないか?相談したいことがあるんだ。」

「?わかった。場所はどうするん?」

「理科棟の階段にしようと思っているんだけど…」

「了解。」

「ありがとう。」


 相談って何だろうか。

 面倒なことにならないことだといいんだけど。





 昼休み。

 理科棟四階階段に男子生徒が二人並んで座っている。


「それで、相談というのは……西條さんのことなんだ!」

「西條さんのこと?」


 何のことかわからず繰り返してしまう。


「えっと、その僕は西條さんのことが…す、好きなんだ。

 それで、西條さんと仲がいい黎斗に、僕が西條さんとお付き合いできるように…その、手を貸してもらいたい。」


 なるほどね、うん、そういうことね。

 自分が好きな人と恋人同士になれるように手伝いをしてほしいと。

 いや、むりだろ。

 そもそも彼女とかできたことないし、藤田さんとも上手くいってなくて自分のことですら手に余る状態なのに、他人の恋の手助けとか、いや、ほんとむりでしょ。


「えーっと、それはちょっと厳しい…かも。」

「もしかして、黎斗も西條さんのことが―」

「ちがうちがう。俺にできることがほとんどないってこと。」

「そんなことはないと思うけど。」

「少し考えてみてもいい?そういうことしたことないし。」

「わかった。」


 これも澄華先生に相談しないとな。


「それで、煌夜はいつ西條さんのこと好きになったの?」

「それ、話さないとダメかい?」

「一応聞いておきたいかな。もしかしたら、その話の中に俺が手伝えることのヒントがあるかもしれないし。」


 少しの間悩んで、わかったと言って弁当を食べながら話してくれた。



 先週の土曜日。

 妹に会いに病院に行く途中、何か買っていこうと駅上のショッピングモールに立ち寄る。

 中は暖かっくなってきた外に比べ、涼しい。

 ケーキは高いから、今日はパンにするか、お菓子にするか、それともフルーツにしようか。

 お見舞いの品に頭を悩ませながら歩いていると、泣きそうになりながら歩いている女の子とすれ違う。

 放っておくことができず、すぐにその子に話しかける。


「泣きそうな顔をして、どうかしたのかい?」


 しゃがんで目線を合わせて、優しい顔、優しい声で接する。


「お兄ちゃんだれ?」


 そうすると、その子は返事をしてくれた。


「お兄ちゃんはね、こうやって名前だよ。君の名前も教えてくれる?」

「うん。あい。」

「あいちゃんね。あいちゃんはどうして一人なの?」

「えっとね、お母さん待ってたら、お姉ちゃんが勝手にいなくなってね、追いかけてたらいつの間にか一人ぼっちになってたの。」

「そっか、それは大変だったね。けどもう大丈夫だよ!お兄ちゃんがあいちゃんをお母さんとお姉ちゃんに会わせてあげるからね。」

「ほんとに!」

「うん。まずは、お母さんを待ってた場所に行こう。まだお母さんいるかもしれないからね。場所覚えてる?」

「えーっと、あっちの方。」

「それじゃあ、その場所に着いたら言ってね。」

「うん。」


 あいちゃんとはぐれないように手をつないで、お母さんを待っていた場所に向かう。


「そっか、あいちゃんは五歳でお姉ちゃんは七歳なんだ。」

「うん。お兄ちゃんは?」

「お兄ちゃんはね、十五歳。あいちゃんとは十個も離れてるね。」

「ろく、なな、はち、きゅう…じゅうご。ほんとだぴったり十個。」


 指を折りながら数えるあいちゃんに、昔の妹の姿が重なる。

 まだ一緒に外で遊んでいた頃の光景が思い浮かぶ。


「お兄ちゃん?」

「ああ、えーっと、あいちゃんここはちがう?」

「うん、でも見たよここ。」

「ほんとに?」

「うん。」


 そこから少し進んだ場所であいちゃんが「ここ!」と言った。

 しばらく周りを探したけど母親はいない。


「お母さんいた?」

「ううん。」

「もしかしたら、あいちゃんが迷子になったと思って、迷子センターにいるかも。」

「まいごセンター?」

「そっ。迷子になった子供が行くところ。」

「いっしょに行ってくれる?」

「もちろん。」


 迷子センターに向かう間も母親を探したが、見つからなかった。

 迷子センターに着くと、ちょうど逆方向からも僕らと同じように手をつないだ、ギターケースを背負った女子と小さな女の子が来た。


「あっ、お姉ちゃん!」


 あいちゃんの言葉に小さな女の子が応える。


「あい!」


 そして、二人は手を離して駆け出し、抱き合う。


「お姉ちゃん。」

「あい。」


 ここまであいちゃんのお姉ちゃんを連れてきた女子が近くまでやってくる。


「西條さん?」

「えっ、光橋。」


 お互い、小さな姉妹を見ていて互いのことに気づかなかった。

 聞きたいことはいくつかあったが、今はこの姉妹を母親と会わせるのが先だ。

 迷子センターの係員に事情を話し、館内放送をしてもらうと、数分で母親はやって来た。

 母親と姉妹が抱き合う姿を見てほっとする。

 約束を守ってあげられてよかった。

 母親と姉妹は僕たちにお礼を言って迷子センターを後にした。


「ばいばーい、お兄ちゃん。ありがとねー!」

「お姉ちゃんありがとう!またね!」


 笑顔で手を振ってくれている姉妹に手を振り返す。


「ばいばーい。もう迷子にならないようにね!」

「ちゃんと妹の面倒みてあげてね。」

「「うん。」」


 迷子センターの前に高校生の男女が取り残される。


「えっと、西條さんはどうしてここに?」

「えっと、バンドの練習の前に練習中につまむ物でも買おうと思って来たんだけど、迷子の女の子を見かけて放っておけなくて。光橋も迷子の子を見かけて?」

「うん。僕も放っておけなくてね。それに、昔の妹と重ねちゃって。」

「へぇー、妹いたんだ。」

「うん。」

「あー、ごめん。私もう行かないと。練習遅刻だから。またね。」

「あっ、また…。」



「ということがあって。」

「それで?もしかして、自分と同じタイミングで迷子の子供を助けてたから運命だとでも?」

「ちがう…とは言い切れないけど、そうじゃなくて、かわいいだけじゃなくて、その自分も予定があるのに人の為に行動できるところに…惹かれたんだ。」

「えっと、煌夜が西條さんに惚れてるのはわかった。自分でも考えてみるけど、煌夜は具体的に俺にしてほしいことはあるの?」


 煌夜は、ずっと話していてまだ残っている弁当を食べながら考えている。

 弁当を食べ終わっている俺は、煌夜の答えを待っている間に澄華先生に放課後相談に行きますと連絡しておく。


「今は思いついてないかな。でも、黎斗が西條さんと話すときに僕のことも混ぜてほしい。」

「わかった。それならたぶん俺にもできると思う。たぶん。」

「なんでたぶんって二回言ったのさ。」

「絶対の自信も謎の自信もないから。しかし、好きになってすぐに恋人になりたいとは、なんか急だな。」


 食べ終わった弁当を片付け、水筒のお茶を飲む。


「それは…晴花のためなんだ。」

「妹のため?」

「うん。晴花は僕に友達ができるか心配しているだけじゃなくて、恋人ができて欲しいってずっと言ってるんだ。」

「煌夜に恋人ねー。」

「そうなんだ。なんでも僕のことをいろいろ話して共感しあったり、知らないような一面を教えてあげたりしたいらしい。あと、単純に恋人をつくれるか心配してるみたい。」


 煌夜のことをじっと見る。


「黙ってればできないこともないと思うけどな、俺は。」

「ほんとに!」

「ああ、黙ってれば、な。」

「けど、黙ってたらコミュニケーションとれないじゃないか。」

「おまえは、ナルシシストな言動、主に発言をなくせばすぐにでもモテると思うよ。」


 顔は間違いなくがつくイケメンだからな。


「一応、気を付けるようにはしてみる。」

「ってか、元からナルシシストだったん?」

「いや、違うけど。」

「じゃあ、なんで今のおまえになったん?」

「それは、晴花が病気になって入院してから、晴花のためにずっとかっこいい兄でいようと思ったんだ。それで、かっこよくあることを常に意識して生活してたらいつの間にか。」

「なるほど。」


 煌夜にとって、妹のためであるかどうかが最も優先されることなんだ。

 煌夜も俺と同じで、本物の兄であるってことか。

 はぁー。俺の現状的には、ほんとは濁しつつ断るのが正解なんだろうけど、こんなの引き受けるしかないじゃないか。

 俺は、俺と同じ妹を想う全ての兄の味方なのだから。


「そろそろ戻るか。歯磨きもしないとだし。」

「そうだね。…ありがとう黎斗。」

「ん?なにが?」

「僕の友達になってくれて、僕に協力してくれて。」

「もっと感謝してもいいぞ。」

「そうするよ。」

「マジにとるなよ。冗談だろ。」





 放課後、家庭科準備室Ⅱ。

 二つのカップから湯気が立ち昇る。


「それで、相談というのはなんでしょうか?」

「えっと、そのー、煌夜の恋の手助けをすることになりまして。その、相手が西條さんなんですけど、…どうしたらいいでしょうか。」


 澄華先生はカップを手に取り、コーヒーを一口飲む。


「どうしてそんなことになったのかは聞きません。黎斗くんの今の状況でそれを了承したということは、黎斗くんにとって断れない事情があったということでしょうから。」

「ありがとうございます。」

「それで、私は恋の手助けについて助言すればいいんですか?

 それとも、藤田さんと結ばれるために西條さんと仲良くしながら、光橋くんの恋の手助けをしなければならない黎斗くんの立ち回り方について助言すればいいんですか?」

「できたらどっちもお願いします。」

「即答って、少しは自分で考えようとする心はないんですか?」

「一応考えたんですけど…。何も思いつきませんでしたけど。」


 今度は、チョコレートを口に入れる。

 個包装の紙についたチョコを舌でペロリと舐める先生がすごく色っぽい。

 というかエロい。


「すごくいい手を思いつきました。西條さんとの仲をさらによくしつつ光橋くんとの距離を詰めさせ、且つ、藤田さんとの仲も進展させられるかもしれない一手を!」

「さすが先生!それで、その一手とは?」


 澄華先生がこほん、と一つ咳払いをし、俺はごくりと喉を鳴らす。


「ライブでっす!」

「ライブ?」

「そう、藤田さんと西條さんのバンドのライブに黎斗くんと光橋くんで行くんです。」

「それで?」

「西條さんはライブに来てくれたら距離感が縮まったと感じるはずです。そして、ライブの感想を伝えるというていで西條さんと光橋くんにより深い交流を促せます。さらに、同じ要領で黎斗くんも藤田さんに一歩近寄ることができるというわけです。」


 目から鱗だった。

 全ての状況を好転させることができるかもしれない。


「今俺は澄華先生が神に見えます。」

「ひれ伏して、崇めてもいいんですよ。」

「ははぁー。それで、ライブっていつあるんですか?」


 澄華先生が窓の外を見る。


「なんで顔を背けるんですか?」

「いや、べっつにー。ただ、ふと外を見たくなっただけですけど。」

「知らないんですね。」

「うっ。」

「やっぱり。」

「そっ、そもそも、私は相談に対して素晴らしい助言をしたんです。すでに求められたことには十分に応えていると言えるはずです。そこから先は、黎斗くんが自分でどうにかすることではないんですか?」


 開き直った。

 ちょっとかわいい。

 じゃなくて、たしかに先生の言う通りだ。

 アドバイスしてもらったんだから、ここからは自分でやらなきゃな。

 全部先生頼りだと、先生がいないときに何もできなくなってしまう。


「わかりました。ライブのこと詳しくわかったら連絡します。」

「わかればいいんです。」


 コーヒーを飲み干して家庭科準備室Ⅱを出る。


「ありがとうございました。あとコーヒーごちそうさまでした。」

「さようなら、また明日。」

「はい、さようなら。」


 駅に向かう道中にある街路樹の葉が風に揺られて落ちてくる。

 風は気持ちよさを与えてくれるが、落ちる葉を見て前の高校生活では体験しなかった展開に不安を覚えてしまった。

 澄華先生が考えてくれた作戦、上手くいくだろうか。

 俺は上手くやれるだろうか。

 俺、藤田さんとちゃんと恋人になれるんだろうか。

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