第4話 ナルシシストはカフェ・オ・レ(ビター)を

「今日も僕はかっこいい。」


 鏡に映る自分を見るとこの言葉が口からこぼれる。

 周りにいる同性はどう見ても自分よりはかっこよくないと思う。

 けど、それは口には出さない。

 いつだって、僕が口に出すのは自分のかっこよさだけだ。


 僕は、いつでもまごうことなきイケメンである自分がどのようにあれば一番かっこいいかを考えている。

 それが僕にとっては一番大切なことだからだ。

 他人がどう思っていても関係ない。

 僕がかっこいい自分でいたいのは僕自身のためだから。


 見た目、行動、言葉遣いなど自分が思い描く世界一かっこいい男を体現しようと努力している。

 だが、昨日はかっこよくなかった。

 自分でもちゃんとわかっている。

 そして、僕がかっこいい僕であるために、朝のうちに彼に謝らなければ。


 教室に入ると、既に彼は自分の席にいた。

 彼の隣の自分の席に着き、横目に彼の様子を観察する。

 今日の授業までの課題プリントをやっている。

 今声をかけるのは彼の邪魔になるからよくないし、話すきっかけのために僕のプリントを見せてあげるのは、彼の為にならないよくない行為だから終わるまで待とう。


「新雲くん、少しいいかい?」

「あぁ、まあいいけど。」


 少し驚いたようだが、了承してくれた。


「昨日の委員決めの時、ひどい言葉を使ってしまって申し訳ない。嫌な気持ちにさせてしまい本当にすまなかった。」


 座ったまま深く頭を下げる。

 立って頭を下げて謝ると目立ってしまい、彼に迷惑がかかってしまうかもしれないから座ったまま謝罪する。

 今度は話しかけた時よりも驚いている。


「えっと、もう全然気にしてないから頭上げて。」

「謝罪を受け取ってもらえたと思っていいのかい?」

「うん…。」

「ありがとう。」


 頭を上げて彼を見ると少し困ったような顔をしていた。

 僕が謝罪したのが意外だったのだろうか?

 そう思われていたのなら少し心外だ。

 僕は自分の非を認めて謝罪できるかっこいい男だ。





 四時限目の終了を告げるチャイムが鳴り、クラス委員の号令で授業が終わる。

 昼休みになり、鞄から弁当を出して自分の席で食べる。

 昼食は基本的に仲のいい人同士で集団で食べる人が多い。

 教室でも、いくつかの塊ができている。

 そんな教室で異様な場所がある。

 それが教室の真ん中、僕の席がある場所だ。

 二人の男子生徒が並んで一言も発することなく黙々と食事している。

 一人で昼食をとるのは自分だけだと思っていた。


「新雲くんも弁当なんだね。」

「あ、うん。妹たちの弁当を毎日作るからついでに自分のもね。」

「へぇ~、自分で作ってるんだ。」


 弁当箱を少し覗き込むと、なかなか手の込んだ弁当だった。


「すごいな!」


 素直に感心する。

 僕の弁当よりも豪華な気がする。


「別にすごくはないよ。晩御飯の残りとか簡単に作れるものばかりだよ。」

「そうなのか。…料理にはあまり詳しくないし、僕は料理は上手くないからやはりすごいと思うよ。」

「……ありがとう。」


 謝罪をして関係を白紙に戻したし、このタイミングしかないかもしれない。


「今日の放課後空いてる?」

「?空いてるけど。」

「なら僕に付き合ってくれないか?」

「あんまり時間がかからないならいいけど。」

「大丈夫だ、長時間はかからない。」

「ならいいけど…。」

「ありがとう!」





 放課後、男二人で学校を出る。


「何をするのか聞いても?」

「ああ、けど、その前に僕と友達になってくれないか?」


 新雲黎斗は頭に?マークを浮かべたような顔をして歩きながら長い間口を開かない。

 いきなりすぎたかと思っていたときだった。


「わかった。正直、今のところ仲良くなっている未来は想像できないけど、友達になるのは問題ない…かな。」

「ありがとう!ならこれからのことを話そう。

 今から僕の妹に会うために病院に行く。妹は二年前に病気になってからずっと入院している。僕は毎日妹に会いに行っているが、高校でも友達ができるか心配しているから新雲くんを友達として紹介しようと思っている。」

「そういうことなら、もう少し仲良くなってからの方がいいんじゃないの?」

「どうして?」

「妹さんの前で襤褸がでないようにするため。

 それから、お見舞いなら何か持っていた方がいいと思うからその準備をするために時間が欲しいからかな。」

「なるほど…。」


 たしかに一理ある。

 妹にあまり仲が良くないことがバレたら、友達ができていないと余計に心配させることになる。

 そうなることは避けないといけない。

 

「わかった、なら今日はどこか別の所に行こう。」


 病院に向かっていたが進路を変え、商店街へ足を運ぶ。

 地下鉄の駅の上にあるショッピングモールだと人が多く、落ち着いて話せない。

 商店街の大通りから一本中の通りにある昭和感溢れる喫茶店に入る。

 入口のドアを開けるとカランカランという音が鳴り響く。

 ちょうど店内には他の客はいない。

 通りが見える大きな窓側の一番奥の席に座る。

 店員が水とおしぼりをそれぞれの前に置き、「注文が決まりましたらお声がけ下さい。」と言って下がる。

 メニューを見て何を注文するか考えている間にも、店内には全く曲名のわからないやさいしいメロディーの曲が流れる。


「すいません。」

「はい、注文をお伺いします。」

「僕はカフェ・オ・レとガトーショコラを。」

「俺は、ブレンドとフレンチトーストを一つ。」

「かしこまりました。」


 一礼して店員はカウンターに去っていく。

 冷水を一口、喉を潤す。


「仲良くなるには、お互いのことを知らないといけないよね。

 まずは僕から話そう。僕は毎日妹に会うために病院に通っている。それから、妹のために物語を書いている。妹は晴花せいかって言うんだけど、晴花が僕が書く物語が昔から好きでね。それで、書く時間を確保するために文芸部に入るつもり。

 基本的に平日も休日も学校以外は病院か、家で物語を書いてる。」


 少ししか時間は経っていないのにもう喉が渇き始めている気がする。

 また冷水を喉に流し込む。


「そういえば、新雲くんも妹いるんだっけ?」

「うん、というか黎斗でいいよ。その方が友達っぽいし。」

「わかった。なら僕のことは煌夜と呼んでくれ。」

「うん。妹は三人いる。中二の双子の妹と小五の妹。

 俺が家事全部やってるから基本的にはずっと家にいるかな。買い物には行くけど。することがなくなったら勉強してるかな。テスト期間も家事しないといけないから、テスト期間に詰め込んだりしなくてもすむように。」

「親は共働きなのかい?」

「うん。それにほとんど家に帰ってこないよ。」

「それで長男の黎斗が家事を。」

「まあ、そういうこと。」

「お待たせしました。

 カフェ・オ・レとガトーショコラ。

 ブレンドとフレンチトーストになります。」


 一度話を止めてそれぞれの注文の品を味わう。

 なんとなくカフェ・オ・レを注文したが、想像よりも苦い。

 これが本当のカフェ・オ・レか。

 なら、黎斗が注文したブレンドはもっと苦いのでは?

 そう思い黎斗を見ると、普通に何も入れずにそのまま飲んでいる。


 かっこいい。


 不覚。だが、これでまた一つかっこよくなってしまうな僕!


「それで、お互いのことは話したけどこれからどうする?」

「………どうしよう?」


 互いに活動範囲が狭すぎるうえ、趣味というかしていることが高校生にしては特殊すぎる。

 しかも、お互いにそれが絶対にしなければならないことで、時間もあまりとれない。


「学校でしか会わないけど友達っていうのもあるし、無理に放課後とか休日に会う必要はないかもしれないね。」

「たしかに。なら、学校にいる間一緒にいて男子高校生っぽいことしてたら仲良くなれる…のか?」

「たぶん?とりあえずそうしてみて、ダメだったらその時また考えよう。それでいいかい?」

「うん。」


 僕は病院、黎斗は夕食の買い出しがあったため、話終わってからは互いに残りを急いで食べて、冷水を含めて残りを飲み干して、互いに自分の分を支払い店を出て別れた。





「ごめん、晴花。友達と喫茶店で話してて来るのが遅くなった。」

「ほんとに?友達いると思わせようとしてわざと遅く来たんじゃないの?」

「ほんとだよ。今度彼が都合がつく時にここに連れてくるから。」

「友達じゃない人を無理やりとかはやめてよね。」

「晴花は僕がそんなことをすると思っているのかい?」

「少しは…。」


 ふぅーと一息吐く。


「晴花、君の兄は世界一かっこいい男なんだ。そんなことするわけがない。ちゃんと彼が来られる日に連れてくる。少し時間がかかるかもしれないけど。」

「うん。待ってる。だからちゃんとかっこいいお兄ちゃんでいてね。」

「もちろんさ。」


 会話が切れたタイミングでベッドの横、窓側の椅子に腰を掛ける。


「ねえ、今日はつづきある?」

「もちろん。晴花が暇しないようにたくさん書いてきた。だから、僕がいない時にゆっくり読んでね。」

「うん!ありがとうお兄ちゃん。」


 それから帰るまで今日学校であったことを話して、晴花の話を聞いた。

 病院を出て駅へ向かい、地下鉄に乗る。

 人の多い車内でつり革に摑まりいつも通り思う。

 僕はこれからも晴花のために世界一かっこいい男であり続ける。

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