第3話 俺とヒロインとほうれんそう
夜、三人の女子から連絡が来た。(一人女子とは言い難い人もいるが)
「おにい珍しくノイン来てるよ。高校では友達出来そうなん?」
「えっ、ほんとに?うそ、三人とも女子じゃん。どうなってんの?」
「まあ、おにい普通にしてればモテそうだし、そんなに驚くことでもないでしょ。」
「いやいや、何言ってんの
お兄ちゃんがモテるとかあるわけないじゃん。顔は普通だし、お兄ちゃんの得意な料理と裁縫は女子よりも高いとマイナス要素でしかないんだよ。」
リビングで妹二人が何か言っているが、料理の音でよく聞き取れない。
俺には二つ年下の双子の妹と五つ年下の妹がいる。
双子は上が里音、下が涙。末っ子が果歩。
両親は製薬会社で研究職に就いていて、研究好きで会社の近くにアパートを借りているため、家にはあまり帰ってこない。
「おにーちゃーん、ご飯まだ~?」
「もう少しでできるから、炊けたごはん茶碗によそってもらってもいい?」
「りょーかい!」
「里音は汁注いで。涙はできた料理から机に運んで。」
「「はいはい。わかってるって。」」
これが我が家、いや俺たち兄妹の役割分担だ。
俺が料理係、果歩がごはん係、里音が汁係、涙が運ぶ係。
俺が最後の料理を皿に盛り付けて食卓に運び、全員が席に着く。
「それじゃ、いただきます。」
「「「いただきます。」」」
今日の晩飯は、スーパーで安かった牛挽肉を使ったハンバーグ。
前作った時はデミグラスソースだったから今回は和風ハンバーグにしてみた。
自分で作った料理を食べながら妹たちの反応を見る。
三人ともおいしそうに、満足そうな顔で食べてくれていて俺はやっぱり嬉しくなる。毎日ではないけど、妹たちがおいしそうに食べてくれるのを見るのは何度目でも嬉しい。
「おにいちゃん、このハンバーグもおいしい!」
「うん、まじうまいよこれ。里音前のデミグラスのやつより好きかも。」
「うわっ、お兄ちゃん顔。気持ち悪いことになってるよ。」
「えっ?そうか?」
「うん。おいしいって言われた時に顔ゆるゆるになってにやってする癖治した方がいいよ。まじでキモイから。」
うぐっ。
心にダメージを追うが、これが俺たちのいつも通りだ。
いつも通り俺は顔面崩壊していたらしい。
「里音はおにいのその顔も嫌いじゃないよ。」
「ありがとう里音。おまえはいつも俺にやさしいな。」
「あたりまえでしょ!妹なんだから。」
ああ、やっぱ俺の妹はいつもかわいい。
♢
料理と晩御飯の後片付けを終え、風呂も済ませ自室のベッドに横たわる。
携帯に来ているノインを一人ずつ見る。
鳴未
『こんばんは。』
『改めてよろしくね!
席隣になったし、教科書とか忘れたら見せてね!』
アイコンは中学時代の鳴未と一緒にバンドを組んでいるメンバーとの写真だった。
全員衣装が似合っていてかっこいい。何かのライブの後に撮った写真だろうか。
黎斗
『こんばんは。』
『こちらこそよろしく!
俺も教科書忘れちゃったら見せてねw』
『二人とも忘れてたら笑えないけど』
鳴未
『たしかにw』
『そろそろ迷惑になるかもだし、おやすみ!』
黎斗
『おやすみ!』
とりあえず無難にできた気がする。
問題は次だ。
実夢
『こんばんは~!』
『ねぇ、急だけどさ、明日から一緒に登校しない?』
俺が断れないとわかっていてのこの提案。
正直、俺の思っていた彼女のイメージが少しずつ崩れて始めている。
才色兼備、運動神経抜群、男女誰にでも分け隔てなく接する完璧美少女なイメージだった。
それは外から見ていてわかる限界であり、接してみないとわからなかったことなのかもしれない。
どう返信するべきか?
こんな時は、報告・連絡・相談だ。
澄華先生にも言われた。
「何かあればちゃんとほうれんそうすること」と。
澄華
『ねえねえ、聞いてもいいかなぁ~。』
『家庭科室でのあれ。』
俺の予感は当たった。
普通にいじってきた。
うざい。過去一で担任がうざい。
まあ、無視してこちらの要件を押し付けて、無理やり話題を変えよう。
黎斗
『先生、まずいことになりました。』
『いろいろあって藤田さんとノインを交換してしまったんですけど、俺の方が立場が弱くて、まずい展開になっている気がするんですがどうすればいいでしょうか?』
澄華
『そのいろいろを聞かないと間違ったことを言ってしまいそうだから、今から電話で聞いてもいい?』
黎斗
『わかりました。』
『今大丈夫ですか?』
澄華
『うん。こっちからかけるね。』
それからすぐに電話がかかってきた。
ベッドから起き上がり電話に出る。
「もしもし。」
「もしもし。」
「聞かせてもらえる?」
「はい。えっと、かくかくしかじかということが今日の委員会の後にありまして。」
「それで?彼女は何て言ってきてるの?」
「それが、明日から一緒に登校しないかと言ってきていて…。」
少しの間画面越しの音が消える。
「一緒に登校してもいいんじゃない?」
「えっ、まじですか?」
「うん。そもそも君がしたキモ発言でのマイナス分を帳消しにするために、彼女の好感度を無駄に上げないといけなくなったんでしょ。
なら、好感度が普通の人以上になるまでは彼女の要求は飲む方がいいと思うよ。できるだけ彼女の要求に応えつつ、徐々に好感度を上げていくべきだと思うけど。」
「うっ、そうですね、はい。藤田さんの要求に応えられるように頑張ります。
明日から彼女と一緒に登校します。」
「そうと決まれば、早く彼女に連絡すること。」
「了解です。」
「また何かあったらほうれんそうすること。あと、どんな時もちゃんと言葉を選んで話すようにすること。正直なのはいいことだけど、誤解されたら意味ないからね。」
「はい。それじゃあ、失礼します。」
「うん、おやすみ黎斗くん。」
「おやすみなさい先生。」
大きく一息ついてベッドに仰向けに倒れこんだ。
藤田との放課後の一幕を話している間、先生はたくさん俺をいじり倒し、笑い倒した。それはもうずいぶんと楽しそうに。
いじられるのは得意ではないが、いじられ慣れしてしまいそうだ。
さて、こっちにも連絡しないとな。
黎斗
『登校の件了解です。何時に駅で待ち合わせするんですか?』
実夢
『意外、断られるかと思ってた。冗談だったしw』
え~、うそ。冗談だったの。断ってもよかったの。
文字列だけじゃわからなかった。
これも人と深く関わることをしてこなかった弊害か。
黎斗
『真に受けちゃってごめん。冗談だったなら今からでも断っても?」
実夢
『だ~め!男に二言はないって言うでしょ。
言ったからには明日から私と一緒に登校してね!」
黎斗
『決定事項ですか?』
実夢
『うん。決定事項。時間は七時十分に駅の改札口前でどう?』
黎斗
『わかりました。また明日駅で。おやすみなさい。』
実夢
『おやすみなさい。それと、明日からは敬語はなしで。』
終わった。
これまでは、ノインのともだちには家族と同じ部活の部員しかいなかった。
そして、部員とは部活の事務的なやりとりしかしてこなかった。
それに、リアルでも人とは事務的にしかやりとりしてこなかった。
だから今日は疲れた。ほんとに疲れた。
まだ授業の予習や課題をしてないけど、高校三年分の知識が俺にはある。
明日もいつも通り学校には早く着けそうだし、まあたぶん間に合うだろ。
おやすみ。
何の準備もしてないけど、がんばれ、明日の俺。
♢
明日一緒に登校する約束を取り付け、携帯を枕元に投げて自分の体を後ろからベッドに預ける。
「さて、新雲くんはどんな人だろうね?」
枕元に並べられたぬいぐるみの一つに話しかける。
もちろん返事はない。
それでも、藤田実夢はぬいぐるみに話しかける。
そうすることで、頭の中で渦巻くいろいろなことを整理していく。
「やっぱり、話した時に感じた若干気持ち悪いのが本当の新雲くん?
それとも、初めて見た時に感じたこの人いいって直感が正しい?」
彼の表情が脳裏に浮かぶ。
初めて見た時は、優しそうで、でも何かを諦めてしまっている。そんな風に見えた。今日も優しそうだったけど、前とは違う印象を受けた。何が変わったのかはわからなかったけど。
新雲くんは初めて私が気になった
これまでの私に言い寄ってきた人とは違うといいな。
♢
俺の朝は早い。
五時に起きて妹二人と自分の弁当を作る。
基本的には朝に炊けた白米に晩御飯のメインとスクランブルエッグ、ほうれん草の胡麻和えやきんぴらごぼうなどの野菜の料理、そしてプチトマトかオレンジ、リンゴなどの果物を見映えがよくなるように盛り付ける。
もちろん、弁当が暗い色一色にならないように考えて作っている。
冷凍食品も一応冷凍庫に常備しているが、一か月のうち八割以上は手作りするのが俺が自分で決めたノルマだから、冷凍食品の出番はあまりない。
色合いをよくするのに使うことはあるが。
弁当を作り終えたら、朝ごはんを食べて妹たちを起こしに行く。
涙と果歩はアラームでちゃんと起きていることが多い。
けど、里音はアラームをセットしていても全く意味がないため、俺が直接起こしている。
朝ごはんは基本的に、卵かけご飯や納豆ご飯など簡単なものに、晩御飯の残りの汁といった感じだ。
ただ、ミネストローネなどの洋風のスープの場合はパンにする。
朝は準備してあるものを各々のタイミングで食べるスタイルだ。
俺は妹たちより早く家を出るし、女子は朝の準備に時間がかかるもので、洗面所を誰かが使っている時には他の人は使えない。
効率を重視した結果の形だ。
自分の準備が済んだら二人が忘れないように、玄関にある二人の鞄に弁当と水筒を入れてから家を出る。
「いってきます。最後の人は戸締り頼むな。」
「「「はーい。いってらっしゃーい。」」」
こうして俺の一日が始まる。
ん?入学式の日と全然違う?
それはそうだ。入学式の前の日から両親は休みを取って家に帰ってきていたし、妹たちは父さんが起こすことになっていた。
それに、研究ばかりしているが、母さんは俺よりも料理が上手い。
なにより、卒業式の次の日はそもそも土曜日で、里音と涙の部活は昼からだったから俺が早起きして何かをする必要はなかった。
しかも、起きたらあの場面だったからな。
うん。違ってあたりまえだ。
むしろその時が異常だっただけだ。
誰に説明しているのやら…まあそういうことです。
♢
自転車をいつもと同じ場所に置き、駅に入る。
彼女は改札を抜けてすぐの所で待っていた。
「おはよ…」
「おはよう。」
それ以上は何もなく、二人並んで無言でホームに向かう。
地下鉄がホームに着くまでの数分、お互いまだ自己紹介し終わった程度にしか互いの情報がないため、探り合うような会話になる。
それから地下鉄の中、駅から学校までの道中話して、学校に着くころにやっとクラスメイトくらいの距離間で話すことができるようになった。
もしかすると、彼女は俺が思っているよりも陽キャというわけではないのかもしれない。
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