第2話 もう俺はダメかもしれない
最初の計画、藤田さんの友達と仲良くなる。
幸運にも、藤田さんの中学時代からの友人である西條鳴未は同じクラスだ。
予定では、今日のホームルームで委員会の役員を決めるときに西條さんと同じ委員会の役員になることで、話をするためのきっかけを作る。
一つ懸念しているのは、西條さんが担当が一人の委員会を選ばないかどうかということ。
そうなってしまうと、俺は非常に厳しくなってしまう。
頼む、前回と同様に、初めて聞けば「ん?何する委員会?」ってなる家庭クラブに立候補してくれ。
♢
一限四十五分の七時間授業の七時限目。
ホームルームで委員会を決める話し合いが始まった。
まず決めるのはクラス委員。
これを決めると、担任は後を任して自分は何もしなくてよくなるから、おそらくどの学校でも、中学校でも高校でも大抵初めに決めるだろう。
だいたい真面目そうなやつとか、リア充っぽいクラスの中心人物みたいなやつがやることが多いと思う。
うちのクラスもその例に漏れず、真面目そうな女子とすでにクラスの中心になりつつあるザ・リア充なイケメン男子が周りのクラスメイトに推薦されて、他に誰もやりたがらなかったためその二人に決定した。
その後は、その二人の進行で次々と各委員の役員が決まっていった。
「えっと、次は?」
「家庭クラブ。」
「それが委員の名前?」
「うん。」
「次は家庭クラブ。やりたいとか、やってもいいよって人いる?男女一人ずつなんだけど。」
そこで窓際のパイプ椅子に座っていた澄華先生が口を挟んだ。
「家庭クラブは、家庭科の授業のサポートとか運動会でのドリンク販売とかをする委員会で、クラス委員や体育委員みたいに半年で変わらず一年通してやってもらうことになるから。」
半年で委員会活動をしたという記録を手に入れられる楽な委員というわけではないし、何かめんどくさそうと思った人がほとんどだったのか、これまで少しの時間で挙がっていた手が挙がらなくなった。
誰もやりたがらないのを見てか、一人の女子が手を挙げた。
「私やってもいいよ。」
よしっ!
心の中で小さくガッツポーズをする。
予定通り西條が立候補した。女子で他に立候補しようとしている人はいない。
よし、じゃあ俺もそろそろ立候補を――
ほとんど同時だった。
その男と俺が挙手したのは。
「えっと、どちらか譲ってもよかったりする?」
「譲る気は全くない。君が辞退してくれ。」
なぜだろう、なんか腹立つ。
「すまないけど、それは無理だ。出来れば君が辞退してくれないか?」
「何を言ってるんだ君は。この僕が立候補しているんだ。君みたいな脇役は黙って引くべきだということがわからないのか?」
ピキッっという音が頭の中に響く。
だめだ、完全に頭に来た。
そっちが無遠慮なんだから、俺もいいよな。
「……おい―」
「すいません。私、こんな常識のない人と一緒に委員会するとか無理です。光橋くんがなるなら私辞退します。」
教室が静まり返った。
「くふっ、くすすす。」
澄華先生の漏れた笑い声に注目が集まる。
「まあ、西條さんの言うことが正しいね。家庭クラブは黎斗くんと西條さんで。二人ともそれでいい?」
「はい。」
「澄華先生がそう言うなら。」
「それと、光橋くんは授業のあとでちゃんと黎斗くんに謝ること。あと、よく知りもしない人にああいった言葉遣いは今後しないように。」
「わかりました。」
返事こそしているものの、顔は澄華先生とは別の方を見ていた。
俺は、今回もやはりあいつとは関わらないようにしようと心に決めた。
その後は波乱もなくすべての委員会の役員が決まり、残った時間で委員決めの最中にクラス内で回したあみだくじを開示して席替えが行われた。
理由は、出席番号順だと一人だけ理不尽に一番前の席になってしまっている生徒がいるからだそうだ。
この席替えは委員決めの時のように、前回と違うところはない。
が、そもそもあみだを完璧に覚えているわけなど無かったので、前とは確実に違う席になる。
廊下側から席は、五 六 六 六 六 六 五 の四十席。
教卓の真ん前の列の前から四番目、真ん中も真ん中のどちらかといえば前二列以外ではなりたくない席になってしまった。
教卓の前の列は教師から丸見えだから正直ついてない。
席を移動させると、隣の席には左手で頬杖をつき、右手で髪の毛を弄っている男が陣取っていた。
ナルシシストである。
見間違いではない。
ナルシシストである。
その男、ナルシシスト
髪を弄りながら言った。
「先程は悪かったな。」
「……ああ、別にいいよ。」
俺は驚いて一瞬固まってしまった。
特に関わりがあったわけではないが、光橋が謝っているところを見たことはなかったし、謝るとは思ってもいなかった。
すると今度は逆隣りから声をかけられた。
「これからよろしくね。新雲くん。」
礼儀正しく挨拶してくれたのは、同じ委員会になった藤田さんの友達の西條さん。
まさか隣の席になるとは。
次々に周りの席が埋まっていく。
前の席はクラス委員になった
♢
放課後。
掃除を終えて荷物を整理していると西條さんが話しかけてきた。
「ねえ、今日の委員会一緒に行かない?」
「あ、うん。ちょっと待ってね。」
「いいよ、急がなくても。私も準備まだだから。」
お互いにリュックサックを背負って学校指定の鞄を待ち教室を出る。
教室のある校舎から委員会集会の集合場所の家庭科室がある理科棟へは連絡橋を通る。
俺たちの1年4組は最上階の四階であり、四階の連絡橋は屋根がないため雨の日は使えない。
幸いにも今日は晴れているため四階の連絡橋が使えた。
理科棟の四階から家庭科室のある一階へと向かう間はもちろん無言と言うわけではない。
「新雲くんはどこの中学?」
「新開中学。知らないでしょ?」
「うん。ごめん、知らないや。」
「まあ、そうだろうと思ってたけど。ここから少し遠いし。」
「私は、清星学園付属中学。内部進学ってやつ。」
「へぇー、じゃあ知り合いもけっこう多い?」
「うん。私たちの代は別の高校に進んだ人が例年より多かったから、学年の三分の一くらいかな。」
「おー、それでも多いね。」
「でしょ!」
入学したての初めて出会った学生同士の定番の会話。
これは昨日澄華先生とシミュレート済みだ。
「部活はどうするか決めた?うちの学校校則で部活には何かの部活には入らないといけないけど。」
「もう決めてるよ。」
「へぇ~、決めてるんだ。何部にしたの?」
「何部だと思う?」
「そう来たか~。う~ん、何だろ?」
西條さんが歩きながら考えている間に、俺は会話シミュレーションパート3を思い出す。
会話シミュレーションパート3。
部活動に関する会話。
清星学園では校則により必ず部活に入らなければならない。
だから、必然的に新入生の会話は普通の高校よりも部活の話になりやすい。
上手く話せない可能性があるため何部に入るか聞かれたら何部に入ると思うか考えさせて時間を作る。
ここまでは完璧。
この次は、俺の入部する部活を言って、おそらく聞かれる理由を答えて、西條さんに聞き返す。
よし、大丈夫。問題ない。
「見た目とかからの勝手な想像だけど、科学部?」
「何で科学部と思ったか聞いてもいい?」
「遠くから来るってことは何か目的や魅力があって来るってことだから、周りの高校にない部活が目当ての可能性もあるかなって思ったのと、なんとなく理系なのかなって思って。」
「なるほど。けど、不正解。ざんねん!」
「そっかー、ちがったかー。それで何部なの?」
西條さんは目を輝かせて聞いてくる。
なぜか体の距離を詰められる。
無意識なのか?無意識なんだよね。
異性慣れしていない俺にはその距離は近すぎるって。
そんな俺の心の葛藤など知らずに距離が縮められていく。
「えっと、正解は…家事・手芸部でした。」
「え~、いが~い。何で家事・手芸部なの?」
「俺の両親家にあんま帰ってこなくて、妹たちの面倒をみて家事とかこなしてきたから主夫力?が磨かれちゃって、得意なんだよね家事とか裁縫。」
「そうなんだ!びっくりだよ。そっか、家事とか得意なんだ。私はあんまり。だから、ちょっと尊敬しちゃう。」
「そんな、尊敬だなんて。同じような境遇だったら誰だって出来るようになるよ。」
「ふ~ん、案外そんなもんなのかな?」
西條さんは首を少し傾けながらそう聞いてくる。
俺は首を縦に振って答えた。
いつの間にか家庭科室に着く。
最近ではクラスメイトとこんなに長く話したことはなかったからか、思ったより疲れたと感じる。
けど、今のところ上手くいっているからいいか。
その後は、委員会の担当教諭である澄華先生からいろいろと説明があり、何事もなく集会は終わった。
「新雲くんは今から帰り?」
「うん。帰って晩御飯の準備しないといけないから。」
「そっか。…そうだ、せっかく同じ委員会になったし、席も隣になったんだし連絡先交換しない?」
少し驚くが、いずれは発生するイベント。このくらいは無難にこなせなければ目的の達成など夢のまた夢。
できるだけ自然な感じで。
「うん。えっと、よろしくね。」
「こちらこそ、よろしく!」
西條さんは俺と連絡先を交換し終えると、両手で持った携帯で口元を隠すようにして笑顔で言った。
それを見た俺は、自分の顔が少し熱を帯びたのを感じた。
きっと頬が少し赤く染まっているだろう。
胸もいつもより鼓動が激しい。
心臓のドクンドクンという音が聞こえてきそうだ。
わかっている。
俺が恋しないといけないのは目の前の女の子ではなくて、別の女の子だと。
でも、かわいい女の子にこんな笑顔を向けられたことなんて今まで一度もなかった。だから俺が見惚れて、ときめいてしまうのも仕方ないじゃないか。
大丈夫、俺はちゃんとわかってる。この子に恋をしてはいけない。それに、西條さんも別に俺のことが好きなわけじゃないとわかっている。
現状を分析して心を落ち着かせる。
本当は深呼吸でもしたいが、変に思われるだろうからそんな挙動不審なことはしない。
「それじゃあ、俺は帰るね。西條さんまた明日。」
「あっ、うん。また明日ね新雲くん。」
昇降口に辿り着くころには完全に落ち着いてきた。
ただ、家庭科室を出るときに澄華先生がなんか俺の方を見てにやっとしていたように見えた。
すごく嫌な感じがする。あとでノインでいじられそうだ。
自分のクラスの下駄箱の所で曲がると、正面の隣のクラスの下駄箱の前に一人の女子がいた。
ドアが開けっぱなしになっている昇降口には時折風が入って来る。
髪を抑え、出入り口から自然と顔を背けた彼女と目が合う。
これで二度目だろうか。彼女と目が合ったのは。
二人を隔てるものは何もなく、視線が絡まったまま時間が流れる。
三年も同じ校舎で過ごしてきたから直接見たことは何回もある。
けど、これまでに俺が見たどの彼女よりもきれいだと思った。
「あっ、もしかして入学式の日理科棟の裏にある木を観てた人?」
急な質問に反射的に答えてしまった。
「あ、うん。」
「やっぱり!」
なぜか彼女はどこか嬉しそうにしているように見えた。
俺の勘違いかもしれないが。
「ねえ、どうして入学式の前にあそこにいたのか聞いてもいい?」
ここで断るのもおかしいし、特に断る理由もない。
「あーうん。君を待ってたんだ。」
「えっ――」
―――。
変な汗が止まらなくなった。
やばいやばいやばい…やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
何言ってんだ俺。キモすぎだろ。初対面で(俺は初対面じゃないけど)いきなり君を待ってた。しかも相手からすると会ったこともない段階で待ち伏せしてましたって言われるとか。俺だったらそんなヤバい奴即通報するわ。なんとか弁明しないと早いうちに。
「違うんだ。(本当は違わないけど)えっと、その、事情があって、えーっと、早く学校に着いたから周りを歩いてたというか、あんな場所にも人は来るのかなーと考えていたというか。」
正直テンパっていて気持ち悪かったんじゃないかと思う。
それに、彼女の顔を見ることはできなかった。
きっと彼女の視線に耐えられなくなるから。
ふいに両頬を抑えられて、彼女と目が合う。
急いで視線を逸らすも追いかけてくる。
「ちゃんと私の目を見て。」
彼女の声にはなぜかそうしないとと思わせる不思議な力でもあるのだろうか?
俺は彼女と目を合わせていた。
「事情があったのはわかった。私に言えないことなら無理に言わなくてもいい。」
「……ほんとですか?」
恐る恐る聞くと彼女はゆっくりと頷いた。
「その代わり、私と仲良くして。」
「………えっ?」
「だから、ッ私と仲良くして!」
???俺の頭の中ははてなマークだらけだった。
なんで?どうして?疑問ばかりが浮かび上がる。
「なんで?」
口に出てしまっていた。
「一緒にいればもしかしたらさっきのことの理由がわかるかもしれないし、いい人だってわかれば問い詰めなくてもいいかなって思ったから。」
なるほど。
一理あるな。ん?一理あるか?
まあいっか。俺にとっては都合のいい展開になったっぽいし。
「わかった。…仲良くさせてもらいます。」
「よしっ。」
そう言って彼女は俺の両頬から手を放した。
解放され一息つく俺に彼女は携帯を突き出してきた。
「ノインやってる?」
「うん。」
「なら交換しよ。」
「はい。」
俺は言われるがままに携帯をズボンのポケットから出し、彼女とノインを交換した。
「今から帰り?」
「はい、そうです。」
「なら一緒に帰ろ。」
「……はい。」
本当はもう解放して欲しかったのだが、彼女には逆らえなかった。
俺の高校生活の運命を握っているのは彼女だからだ。
そもそも彼女には嫌われるわけにはいかないし、彼女に俺のキモ発言をばらされると俺はこれから三年間みじめな生活をしなければならなくなる。
俺に拒否権などない。
彼女は西條さんと同じ清星学園付属中学出身だからすぐに別れるだろうと思っていたが、そんなことはなかった。
彼女は俺と一緒に学校の最寄り駅まで来て、一緒に改札口を通過し、同じホームに降りてきた。
そして、同じ電車に乗り、同じ駅で降りた。
ふぁ?どゆこと?
いったい何がどうなってんの?
答えは単純にして明快だった。
そう、彼女の住んでいる場所が俺が住んでいる地域だったというだけの話だ。
前の高校三年間では、登校中も下校中も見かけることはなかったため知らなかっただけだった。
俺が勝手に、中学が付属だったんなら中学と高校の近くに住んでいると思い込んでいただけだった。
自転車の籠に学校指定の鞄を入れ、ロックを解除して自転車置き場を出る。
そこで彼女は俺と別れた。
どうやら彼女の家は駅の近くらしい。
「それじゃあ、またね!新雲黎斗くん!」
「はい、藤田さん。失礼します。」
自転車に乗って帰りながら考える。
正直学校を出てから彼女と別れるまでの記憶はあまりない。
おそらく脳が思い出さないようにしているだけだろうが。
状況だけ見ればすごくいい感じにみえる。
だが、実情は違う。
俺はこの先彼女と上手くやっていけるのだろうか?
もう心が折れてしまいそうな、弱みを握られてしまった俺が彼女に好きになってもらえるのだろうか?
二度目の高校生活、まだ三日目なのにもうギブアップしたい。
もう神に祈るしかないのかもしれない。
彼女が俺のことを好きになってくれますように。と。
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