4

 5分後。


 敵機はものの見事に全て姿を消していた。俺たちの損害は、ゼロ。完璧な圧勝だった。そして今、俺たちは編隊を組んで基地に向かっている。もう味方の制空権内だ。


「ずいぶん呆気なかったな」


 というのが俺の正直な印象だった。AIに最適化された機体にしては、弱すぎるんじゃないだろうか。


『そうでしょう』と、エイラ。『なぜだと思います? 師匠』


「いや、わからん」


『実は今、敵の前線基地は整備も兵站も含めてAIだけになってるんですよ。だから、AI は AI 同士で戦って訓練するしかなくなっているんです』


「いや、それなら逆に強くなるんじゃないか? 昔、囲碁AIの開発チームが、人間じゃもう相手にならなくてAI同士で戦わせて強くした、って話があったと思うんだが」


『それはですね、事前に人間が「報酬リワード」を適切に設定したからです』


 ……ああ、そういうことか。


 AIの学習方法の一つである強化学習リインフォースメント・ラーニングでは、「報酬」が最大になるようにAIが試行錯誤して学習を行う。囲碁AIなら、自分が有利な状況になるように碁石を置いたら「報酬」が高くなるように予めプログラムで設定しておくわけだ。戦闘機を操っているAIも、本質的には強化学習に変わりはない。


『それがあって初めて囲碁AIは強くなれたんです。でも今現在、敵基地の現場には人間はいません。だから適切な「報酬」の設定をせずに AI 同士で戦う訓練を積んだ結果……AIが生みだしたものをAIが学んでしまって、「モデル崩壊」のようなことが起こったんです。と言っても、それを引き起こすキッカケを与えたのはこのアタシなんですけどね!』


 エイラは茶目っ気たっぷりに締めくくった。


「……」


 なるほど。どうやらエイラは潜入員としてずいぶん破壊活動をやってくれたようだ。思い出したように「彼女」は付け加える。


『あ、そうは言ってもアタシの小隊メンバーだけはみなアタシが密かに師匠直伝の技術を伝えて鍛え上げましたから、そこらのAIに負けはしません。師匠にとっては孫弟子みたいなものですよ』


 ……どうやら、知らないうちに俺は孫弟子まで抱えていたらしい。


「でもな、エイラ。今日の勝利がずっと続くとは限らないぞ。敵だってバカじゃないんだ。現状に気づけば対策を打ってくる。いつまでもこんな風に勝てるとは限らない」


『それでも、アタシは師匠と一緒なら必ず勝てると予測しています。師匠と一緒に戦うと、小隊の攻撃力が85%も増大することが分かりましたからね。それに今日、武装が無くても立派に戦えることを、師匠はアタシに教えてくれました。私はまだまだ師匠から学びたいことがたくさんあります。これからもご指導ご鞭撻、よろしくおねがいします!』


 まったく、ずいぶん殊勝なことを言ってくれるAIだ。だけど……


 人間とAIが一緒に戦う……以前、どこかで聞いたような……


 思い出した。


 「ケンタウロス」だ。かつてチェスの世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフがAIのディープ・ブルーに負けた後、彼はAIと組んでAIと戦い、勝利を収めた。AIと人間が組んで戦うスタイル……それは、ギリシャ神話に登場する半人半獣の怪物になぞらえて「ケンタウロス」と呼ばれたのだ。


 いつまでも続くかは分からない。だが、少なくとも今はAIだけでなく、かといって人間だけでもなく、AIと人間が組んで戦うのが最強なのかもしれない。もちろん俺も、AIに見放されないように頑張らないといけないが。


「こちらこそよろしく頼むぜ、相棒!……ところでな、エイラ」


『はい?』


「お前、さっき『敵を欺くにはまず馬を射よ』って言ったよな」


『ええ』


「それ、間違ってるから。正しくは『敵を欺くにはまず味方から』、だからな」


『あ、そうなんですね。てへぺろー』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ケンタウロスの翼 Phantom Cat @pxl12160

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ