第39話 それぞれの道
私の名はジョアンヌ。
元上級貴族、しかも皇太后にまでなった女よ。
「あんた達、リザードマンを生け捕りにするわよ!」
「「ブヒィ!」」
「今夜はリザードマンの姿揚げよ!」
「「ブヒィィー!」」
でも紆余曲折あって、今はメスオークとしてオークの群れを率いている。
私はれっきとした人間だったけど、魔物の肉ばかり食べていたらオークになってしまったの。
半年前まではドレスを着て、優雅に高級茶葉の紅茶を飲んでいたのが、嘘のようだわ。
今では魔物の毛皮を着込んで、巨大な棍棒を振り回してるんだから、人生は何があるか分からないわね。
でも後悔はしてないわ。
レイノルズ王国に加勢して、裏切者の帝国軍を懲らしめてやったしね。
「あんた達、そろそろ引き上げるわよ」
「「ブヒィ!」」
レイノルズ王国には、不死身の門番がいるって聞いて、戦いの最中に遠くから見たわ。あれは間違いなく息子のザイトリンだった。
あの子も自分の歩むべき道が見付かったようで、私は嬉しかった。
声をかけたかって?
いいえ。あの子はもう立派な大人よ。きっと私がいたら甘やかしてしまうわ。それにこんな魔物の姿で現れても、母親だって気付かないだろうし。
でも私は魔物として生きる事に後悔は無いわ。死ぬならベッドの上ではなく、戦いの荒野で死にたい。今は本気でそう思うの。
「あんた達、今日は呑んで食べて踊るわよ!」
「「ブヒィィィーっ!」」
「デザートはカブトムシマンの唐揚げよ!」
「「ブヒィィィーっ!」」
だって、私には最高の仲間達がいるんだから。
♨
私の名はザイトリン。
元皇太子だった男だ。でも今はゾンビとなって、レイノルズ王国の門番をしている。
「ザイトリン様、さぁメイクの時間ですよ」
「あぁ、今日も頼むぞアニー」
私は門番の仕事に出る朝は、必ずメイドのアニーにメイクをしてもらっている。ゾンビ顔は青紫色で生気が無いからだ。
「今日はピンクの肌にしてみましょう」
「う、うむ」
「それと髪は三つ編みにして……」
「三つ編み……?」
「ぷっ……」
「ど、どうしたのだアニー?」
「な、何でもありません! …とてもお似合いですよ」
「そうか。しっかり頼むぞ」
「はい! 全てアニーにお任せを」
私は毎朝こうして門番の仕事に赴くのである。
──その日の夕時。
「おいザイちゃん、今日も一杯やりにいくか?」
「パッチョ、最近飲み過ぎじゃないか?」
「俺達はあの帝国に勝利したんだ、お祝いだよ」
「そうだな、じゃあ行こう!」
青年騎士パチョレックとは、お互いを「ザイちゃん」「パッチョ」と呼び合う仲になった。今では大事な親友だ。
「それにザイちゃんは、俺達の命の恩人だ。英雄に酒をもてなしたいんだよ」
「もう十分ご馳走になったよ」
「あれくらいじゃ足りないのさ!」
帝国との戦いで、私達の部隊は絶対絶命の窮地に陥っていた。
しかしそんな時、突然現れたオークの群れが帝国兵を襲い出したのだ。
私はオークの襲撃で、帝国の陣形が崩れるのを見逃しはしなかった。気が付けば私は数百人という帝国兵を討ち取っていた。
「そういえば、ザイちゃん…」
「ん、何だいパッチョ?」
「あの時のオーク達は、一体何だったんだろうね?」
「……そうだな。あのメスオークは、私の母上の様な気がするよ」
「え? ザイちゃんの母上? …はは、ザイちゃんも面白い冗談を言うね」
「ははは。まぁな」
私は本当は冗談を言った訳ではない。何となく本当にそう思ったのだ。
遠くから見たあのメスオークは、私を助けに来てくれた母上なんじゃないかと、何故かそう思えるのだ。
♨
私の名はアンジェ。
元王国の王女だが、今では一国の女王をやっている。
私の幼い頃からの夢は「世界征服」だった。なので私は帝国を滅亡させてその領土を全て統治しようと考えていた。
「アンジェ様…」
「何だ、ニーナ?」
「またセロ様からの伝言が届いてますよ」
「兄上からか。それで伝言は何だ?」
「弱い騎士団長を送るから鍛えて欲しい、との事です」
「弱い騎士団長だと?」
「はい、確かに弱そうな騎士が一人近くに来ております」
私の眼の前には、元王国騎士団長のカーターがいた。カーターは表情を引き攣らせている。
「ア、アンジェ様、お久しぶりです!」
「カーターか。久しいな」
「実はセロ様が、アンジェ様の所で修行して来いって言うので」
「うちは厳しいぞ」
「で、ですよね。…ははっ」
兄上セロニアスは、私の想像のはるか上を行く人だ。
私が帝国を滅亡させようと計画を立てていたら、兄上はあっという間に皇帝と帝国を支配してしまった。
そして大森林に魔物の大群を住まわせ、各国が戦争をしない為の抑止力にしようとしている。
本当に兄上には勝てないな。
しかしその偉大な兄上の役に立てるのなら、私はそれだけでも嬉しい。
「カーター、覚悟はいいな?」
「いやぁ、そのお手柔らかに…」
「やるからには、最強の騎士を目指せ」
「そ、そうですよね」
「兄上の右腕になるのだ」
「わ、分かりました!」
「ボル、今度の鍛錬はモーリスより厳しくしろ!」
「はは! モーリス殿の3倍マシでいきましょう!」
「──えぇぇぇえーっ!?」
今私が統治しているアンジェ王国は、元々の帝国領の半分に当たる。つまり帝国と肩を並べる程の大国になる。
私は私にしか出来ない事をやるだけだ。
父上も母上も、きっとどこかで私達を見守ってくれているはずだから。
それにしても、私は兄上の妹で本当に幸せだ。
今度会った時は、ゆっくり酒でも交わしたいものだ。
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