第29話 頑張れモーリス!
アンジェ軍の規律では、髪型はスキンヘッドかモヒカン。
その現実を知りモーリスは悩んだ。
ちなみにモーリスは歳の割に髪はフサフサで、白髪をオールバックにしているのが魔導士っぽくて、自分では決まっていると思っていた。
「モーリス殿、どうします?」
「……な、悩みますな」
「やはりスキンヘッドですかな」
モーリスとボルザックは、アンジェ軍の散髪担当の男のテントに辿り着いた。テントの中では、一心不乱にハサミを研いでいる目付きの鋭い男がいた。
「こいつは散髪担当のジョーです」
「ちわす。ジョーと申しやす」
「今日からお世話になります、モーリスと申します」
モーリスはボルザックに促されて、散髪用の椅子に座った。
「で、ではモヒカンでお願いします」
「お、そうきましたか、モーリス殿」
モーリスは70歳でも髪があるのが自慢だった。なのでスキンヘッドだと普通の髪の無いジジイだと思われるので、結局モヒカンを選択した。
「モーリス殿、では私は外にいますので」
「了解致しました。案内ありがとうございます」
モーリスは散髪をジョーに任せて、静かに目を閉じた。
「あ、そうそう、ジョーは隙を見せると暗殺しようとするので、十分気を付けてくだされ、モーリス殿」
「───!?」
モーリスが目を開けると、自分の首元にはジョーのハサミがあった! モーリスは慌てて魔法障壁を作って首をガードする。
「……はぁ……はぁ…… 」
「……ち、勘のいいジジイだぜ」
「く、狂人めが!」
ジョーは諦めて素直にモーリスの髪を切り出した。
「ジジイ、俺は髭そりも得意だぜ?」
「断るに決まっておるだろうが!」
「ち、勘のいいジジイだぜ」
散髪が終わると、ボルザックがテントに入って来た。
「おお、モヒカンが似合いますな」
「それはどうも」
「でもアンジェ軍はモヒカンが多いからなぁ」
言われてみれば、確かにアンジェ軍はスキンヘッドとモヒカンばかりだと、モーリスは思った。
そしてボルザックは、モーリスに提案した。
「そうだ、髪をピンクに染めましょう」
「……ピンク!?」
「ボルザックさん、オレ面倒くせえですよ」
「面倒くさいだと!?」
ジョーの言葉に腹を立てたボルザックは、なんとジョーの耳に噛り付いてそのまま耳を引きちぎってしまった!
「ぐあぁぁぁああー!」
「バカ野郎が、モーリス殿がピンクにしたいと言っているだろうが!」
…何も言ってねえよ! とモーリスは激しく思った。
「いや、すみませんねぇモーリス殿」
「いや、私は染めなくても…」
「え? 今何て言いました?」
ボルザックの表情が鬼の形相になる。
「…ぜひピンクにしたいです」
「おぉ、やはりそうでしたか!」
こうしてモーリスの髪型は、ピンクのハードモヒカンになった。
「それから、あとは装備ですな」
「装備も規律があるのでしょうか?」
「ええ、新入りはレスラーパンツ1枚です」
「パンツ1枚!?」
「あぁ、あとブーツは履いてOKですよ」
ボルザックの言葉にモーリスは呆然としたが、すぐにレスラーパンツとブーツが用意され、モーリスの装備が新調された。
♨
モーリスのイメージチェンジも終わり、今度は幹部の女兵士ニーナによる基礎トレーニングがモーリスを待っていた。
「あら、モーリスさん素敵ですね」
「そ、それはどうも」
ニーナの前には、髪をピンクに染めたハードモヒカン老人が、パンイチ姿で立っていた。
アンジェ軍じゃなければ、ただの痛いジジイである。
「ボルザックとかジョーの相手は大変だったでしょ?」
「いや、まぁ……」
「この軍は野蛮な男が多いから」
「はは…」
「私は無理させないから安心してね」
「どうぞお手柔らかに」
ニーナはアンジェ軍の中では異色の存在だった。あどけなさの残る顔と華奢な身体。モーリスは少し大きな孫と接している気分になり、自然と笑顔になった。
「じゃ、モーリスさん」
「はいはい」
「さっそく基礎トレーニングをしましょう」
「ええ、どうぞよろしく」
ニーナは少し考え込んだ。
「モーリスさんて転移の魔法使えます?」
「使えますが、もう魔法は……」
「あぁ、捨てたんでしたっけ」
「……いや、必要なら使いますよ」
ニーナの癒し効果で、モーリスの決意は薄らいでいた。
「じゃあ、オレガノンの滝までお願いします」
「オレガノンの滝ですか?」
「ええ、出来れば大きい滝がいいので」
「了解しました。転移しましょう」
こうしてニーナとモーリスは、大陸最大を誇るオレガノンの滝へと転移した。
♨
モーリスの転移魔法で、2人はオレガノンの滝の上流付近に辿り着いた。
「さて、じゃあ基礎トレーニング開始しましょう」
「はいはい」
「ところでモーリスさん?」
「何でしょう、ニーナさん」
「モーリスさんは、楽な道とイバラの道、どちらが好きですか?」
モーリスは「イバラの道」と聞いて、セロニアスを思い出した。困難こそが人を成長させるという、彼の言葉を思い出したのだ。
「もちろん、イバラの道です!」
「正解よ! じゃあいってらっしゃい!」
「──え!?」
ニーナは強烈な回し蹴りで、モーリスをオレガノンの滝に突き落とした。
「──うわぁぁぁぁー!!」
「モーリスさん、魔法は禁止ですよ」
モーリスは滝の激しい水流に飲み込まれた。
想像を絶する水圧が彼を襲い、幾度も硬い大岩に身体を打ち付けられる。
「…く、苦じい……息が……」
「モーリスさん、ファイト〜」
モーリスはニーナを可愛い孫のように思っていた自分を呪った。
「……あ、あいつも狂人、いや悪魔だ」
モーリスの修行はまだ始まったばかりだ。
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